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MIO side
今日は午後から降水確率が80%だと、昨日の天気予報で散々言っていた。
あの、当たらないと評判のお天気お兄さんですら、今日は雨だと予報していた。
天気予報も馬鹿にならない、とはまさにこのこと。
午後から天気は急降下して、放課後の今じゃあ空はどんよりと暗く、地面に叩きつけるようにして雨が降っている。
傘にあたる雨粒が、かなり大きな音を立てて流れていた。
そんな雨を気にしながら、俺は職員室から下駄箱へと向かう。
すでに薄暗くなりつつある校舎は、思っているよりも不気味に見えた。
「澪、今帰りか?」
教室の前を通りかかった時、そんな言葉がかけられた。
俺のことを名前で呼べるのは、ごく限られた人間だ。
声が聞こえた方を見ると、吹奏楽部の部長がトランペットを持って窓から顔を出した。
「ああ。伊織は?その様子だとまだって感じだな」
俺の言葉に、百目鬼伊織は苦笑しながら頷いた。
伊織は俺の高校からの友達だが、1年の時、俺を見てすぐに本性を見抜いた。
「コンクールがもうすぐなんだよ。3年が抜けたばっかで恐ろしいくらいかみ合ってなくてな」
「雨の日でも自主練か」
「吹奏楽部に天候は関係ないからね」
「確かに」
「今日もあの子と帰るの?」
伊織はトランペットを近くにあった机の上に置いてから、もう一度窓から顔を出す。
どうやら自主練はこの後でするらしい。
俺は首を縦に振って肯定を示した。
「今日でどれくらいになる?」
「半月、くらいか?」
しっかりと数えてるわけじゃないけど、感覚で言うなら多分それくらいだ。
自分で言って、少し驚く。
たった半月、もう半月だ。
「いつまで続けるんだ?」
「いつまで‥」
「2週間も一緒にいるんだろ。そろそろどういう子かってわかるだろ。あの子もモテないわけじゃないんだ。お前がいつまでも縛ってられるような子じゃないだろ」
伊織は真剣な顔でそう言うと。「どうなの?」と目だけで俺に問いかける。
俺はなにも言えずにため息だけをこぼした。
「お前らが恋愛するならそれはそれだけどな。そうじゃないなら、澪はあの子の恋愛を台無しにしちゃってるんだからな」
伊織の言葉は、今の俺には重くのしかかる。
正直、気付いていたことだから。
「そうそう、聞いた話じゃ、サッカー部の五十嵐っていう1年があの子のこと好きらしいぜ?」
「‥お前どっからその情報得てくんの」
「お前なー、俺が何部にいると思ってんの?噂大好きな女子が部員の9割を占める吹奏楽部だぜ?」
「そういやお前ハーレムつくるの好きだったもんな」
見た目を裏切らない軽さしてるよ、お前は。
「まぁあの子がどんな答え出すかは知らないけどさ、五十嵐がアクション起こしたら面倒だと思わない?」
「まぁ‥厄介ではあるな」
「でしょ?でもって今日サッカー部は中練で早々に部活切り上げてるよ。そんでもって、さっき下駄箱に向かう五十嵐を見たよ」
にやにやと、人をわざと煽るように言う伊織は、ちらりと見えもしない下駄箱の方を見る。
あの場所には、あいつが、いる。
「‥帰る」
「はいはーい、精々送り狼にならないでよー」
「余計なお世話だよ」
つーか、学校でそんなことデカイ声で言うな。
しかも王子様モードの俺に向かって。
と、内心で毒づきながら下駄箱へと向かう足はだんだんと加速していく。
なにをそんなに急いでるのかわからない。
だけど気付けば小走りで、俺は下駄箱へと向かっていた。
そして、見えた。
最近、隣にいるのが当たり前となってきている、存在が。
彼女は、どこか儚げに雨空を見つめていた。
その憂いた表情には、惹きつけられるものがある。
思わず、見惚れてしまった。
そして聞こえた。
「先輩、好きです」
凛とした、雨の日にはあまり似つかわしくない声。
返事の声は聞こえない。
代わりに、告白をした彼は、言い逃げるようにしてその場から去って行く。
もう一度彼女を見ると、彼女は困り果ててますと言わんばかりの顔をしていた。
その表情をさせているのは、彼だろうか。
それとも、俺だろうか。
君は一体、今、何を思って、そんな表情をしているのだろう。
そして、どうして。
どうして俺は、こんなにも、彼女のことを気にかけているのだろう。
「ごめん、待たせた?」
「‥ううん、今来たとこ」
彼女、神崎は眉を下げながらそう言って俺の顔を見る。
さっきのことを知らなくても、何かあったとかその言葉が嘘だとか、すぐに気付いてしまいそうになるくらい、下手なウソ。
それが今の俺には、無性に腹立たしかった。
「…‥そ。お前傘は?」
「忘れた」
「は?」
「だから忘れた」
「今日天気予報で午後からの降水確率80%ってどのニュースでも言ってただろ」
「イッテマシタ」
「じゃあなんで傘無いの」
半ば神崎にあたるように、俺は言ってため息をつく。
神崎はそっと、空を見上げて、言葉をつづけた。
さっき見たのと同じ、神崎のその動きは、やはりどこか惹きつけられるものがあって。
何度見ても、俺は目を奪われる。
「‥持って来いよ」
「そうやって旭も言うけどね、いつもちゃんと傘にいれてくれるの」
「……それって俺に傘の中に入れろって言ってる?」
「桐生?」
「置いてくぞ」
「え、」
「えじゃねぇ。なに、お前濡れて帰んの?」
ぶっきらぼうに言えば、神崎は「帰る」と言って、嬉しそうな顔を見せた。
その表情がさっきの顔と別物みたいに見えて、俺は不覚にもドキッとした。
彼女は気付いているだろうか。
自分の取っている行動にどんな意味があるのか。
そして、どれだけ人を惑わせているのか。
相合傘だと気付いた神崎は、表情をコロコロ変えながら、結局傘の中におさまる。
普段ならんで歩いている時よりも近い距離に、普段なら感じないにおいが鼻を掠めた。
女の子だと、認識した、そんな瞬間。
思わず、離れそうになった彼女の肩を抱き寄せた。
誰かが見ていたかもしれない。
でもそれすらどうでもいいと思えるほど。
もう少し、このままで、と。
願ってしまったのは、どうしてだろうか。




