22:
「返事、聞かせてください。俺、来週のこの時間にここで待ってるんで」
「え、」
五十嵐君はそう言い切って、さっきの聖と同じように雨の中を傘をさして走っていく。
それをぼーっと見つめてふと気づく。
「…来週には答え出しとけってこと?」
そういうこと、だよね?
え、いや、今日初めて知り合った相手なのに、1週間で決めろって。
まぁ見た目だけなら優良株だしねぇ。
でもイケメンはノーセンキューだからなぁ。
「でも、どうしたらいいんだろうね」
まさかこんなことになるなんて。
そもそも私、桐生の提案に乗った覚えはないんだけど。
気付けば毎日桐生と肩を並べて一緒に帰ってて。
廊下ですれ違えば、一言二言くらい話すようになってて。
日に日に、桐生との距離が近くなる。
そして、それがどことなく、居心地良く感じてる。
だけど私は、彼を秘密を共有してるだけだ。
「ごめん、待たせた?」
「‥ううん、今来たとこ」
パタパタと廊下を小走りする音が聞こえたと思ったら、桐生だった。
私のそばまで走ってきた彼は、呼吸を乱さずにそう言った。
だから咄嗟に、私は彼に嘘をつく。
「…‥そ。お前傘は?」
「忘れた」
「は?」
「だから忘れた」
「今日天気予報で午後からの降水確率80%ってどのニュースでも言ってただろ」
「イッテマシタ」
「じゃあなんで傘無いの」
王子様はご機嫌斜めのようで、というかここにきて、ものすっごい機嫌を急降下させてる。
もう直角に下がってんじゃないだろうか。
「‥昔から、」
そう言って、空をまた見上げる。
どんよりと重く暗い空からは、横やりの雨が降りそそぐ。
「昔から傘は、旭が持ってきてたから」
「…兄貴が?」
「うん。いつもこうやって、旭の帰りを待ってたの」
今じゃそれがなくなったけれど。
中学までは雨の日はずっとこうだった。
あ、雪の日もこうだったかな。
梅雨の時期と冬は旭大変だっただろうな。
「‥持って来いよ」
「そうやって旭も言うけどね、いつもちゃんと傘にいれてくれるの」
「……それって俺に傘の中に入れろって言ってる?」
桐生はため息をつくと、1歩下駄箱から出て傘を開く。
開いた傘にぶつかった雨粒が、ぼつぼつと音を立てて流れていく。
「桐生?」
「置いてくぞ」
「え、」
「えじゃねぇ。なに、お前濡れて帰んの?」
桐生の言葉に首を横に振ると、また桐生からため息が聞こえてきた。
今日はなんだか、王子様の化けの皮がはがれるのが早いな。
「帰る」
「じゃあとっとと入れ」
舌打ちをついて、嫌そうに傘の半分を空けてくれる桐生に苦笑しながら、空いた隣におさまるように並ぶ。
そして気付く。
…相合傘ってやつじゃないですか、これ。
やばい、見られてたら、やばい。
「バカ、手遅れ」
「へ?」
「俺が下駄箱に来るまでに何人かとすれ違ったから」
「それ先に言ってほしかったんだけど」
「だから傘持ってないのかって聞いたんだろ」
はい、そうですね。
で、私は持ってこなかったですよ、傘。
だってあれ持ってるだけで荷物が1こ増えるんだよ?
邪魔じゃん、あいつ。
「俺はてっきりこれがしたくて傘忘れてきたんだと思った」
「バカ言わないでよ」
べぇっと舌を出して言ってやれば、桐生にひょいと傘をずらされた。
肩にぽたぽたと雨水が落ちる。
つめたいー!
「濡れるってばー!」
「‥っ、」
ていうか濡れたし!
慌てて傘の中に入ると隣から息を飲む音がした気がした。
濡れた肩を見ると、雨がけっこう降ってるのもあって、けっこう濡れてる。
うー‥冷たい。
「あ、ごめん、寄りすぎた。桐生濡れちゃうね」
「え?あー‥いいよ、別に」
「よくないよー。私そこだけど、桐生は電車乗って帰るんだし」
「‥ふぅん?」
桐生は意味深な言葉を言って、口元に弧を描く。
にやりと笑った彼は相変わらず悪い笑みを浮かべる。
いや、王子様の仮面をはがしちゃったら、けっこう似合うんだけどね。
ただ、すっごい悪い予感しかしない。
「えーっと?」
どうかしたかな、桐生君?
思わず、桐生から距離をあける。
いや、あけようとした。
ガッと、身体が離れる前に濡れた肩に何かが当たった。
正確には、何かに掴まれた。
「え、」
「濡れる」
「いや、ちょ、」
グイッと。
それはもう強引なくらいに。
肩を抱き寄せられて、少し大きめの黒い傘の中に2人がおさまる。
桐生と隣り合った肩がたまにぶつかる。
相合傘の醍醐味。
…まじいらない。
「近い」
「濡れちゃうって言ったの神崎じゃん」
「そう、だけど」
なんで傘持ってこなかったんだろう、私。
でも、それ以上に。
傘、持ってこなくてよかったなんて、思ってる自分がいるなんて。




