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「じゃあこれで私提出しとくねー」
そう言って教室から飛び出していく女の子の後姿を見ていたら、自然とため息が出てしまった。
ヒラヒラと手に持っているあの紙をすっごくぐしゃぐしゃにしてシュレッダーにかけたい。
「なにこの世の終わりみたいな顔してんの」
「‥たとえひどくない?」
「なに、死んだ魚とでも言ってほしかった?」
「‥いや、もういい」
私なんか聖に悪いことしたかなー‥。
いつもより3割増しくらいで言葉にトゲがあるのは気のせいかな。
「いいじゃない、別にスウェーデンリレーに出るくらい」
「またそう言う。自分が出るってなったら嫌がるくせに」
「当たり前じゃない。私、自慢じゃないけど体育はそんなに得意じゃないもの」
「知ってる」
そうだよ、あんたは運動音痴だよ。
それをそんな偉そうに言うか、普通。
「しかも私が300っておかしくない」
「なにもおかしいとこないじゃない。あんたよりあの子遅いし」
「‥あれ仮にも陸上部なんだけど」
それを遅いって。
運動音痴がそれ言っちゃだめなんだ。
「かっちと一緒に1位とってきなさいよ」
「うーん‥1位をとるのはいいけど、かっちと一緒って言われると素直にうなずけないなぁ」
「それもそうね」
「だからお前ら、俺の扱い!」
かっち離れた席にいたのにちゃんとツッコんでくるんだね。
なんていうか目敏いね。
だから聖にこうやって弄られるんだよ。
「あ、旭君の学校のさ、学園祭の日って知ってる?」
「旭の?さー‥あいつそういうの言わないから」
中学の頃から、そういう行事について親とか日和に知らせてたのって私だし。
旭って言わなさすぎて、高1の時お母さんがやいやい文句言ってような気がする。
「そっかぁ。私も旭君が通う高校に友達いないからさ、いつか全然知らないんだよね」
「‥え、ていうか行くつもりしてたの」
「当たり前じゃない!旭君に会えるんだよ!?」
いや会えるけど。
でも家隣だし、旭だって毎日家に帰ってきてるわけじゃん。
会ってないわけないんだからさ、え、そこまでして行きたいの?
「旭君とさ、朝も帰りも時間合わないんだもん」
「そりゃーね。あいつ朝練で朝早いし。部活で帰りもけっこう遅いときあるからね」
いったいいつ勉強してるんだろうね、あいつ。
「聞いてもいいけどさ。多分教えてくれないよ?」
「だよねー‥日和さん伝いでとかは?」
「日和伝い‥も厳しいんじゃない?日和も最近忙しいみたいで帰り遅いんだよね」
この前も家に帰ってきたの午前様だったし。
まぁこれは飲み会の帰りらしかったけど。
「学生のうちに試合くらいは見に行きたいんだけどね」
「旭の?昔散々見たじゃん」
小学校の時からいつも父兄に混ざって上の観覧席から見てたくせに。
中学校のときだって、キャーキャー騒ぐ女子に混ざりながら、旭のこと見てたじゃん。
まだ見たりないのか。
「絶対今のがかっこいいもん!」
「あーはいはい。確かに年をとるごとにかっこよくはなってますよ」
最近じゃあ色気まで感じますよ。
男に色気って必要ないと思うんだよね、私。
「陽向はわかってないよ、旭君のかっこよさ」
「そりゃ旭は私の実兄だからね」
それも双子の。
自分の兄貴がめちゃくちゃかっこいいとか言ってるようなブラコンじゃないからね、私。
近親相姦も夢じゃないとか言ってられないっての。
「羨ましいよね、あんた」
「は?」
「いつだって旭君を近くで見れるんだもん。私も旭君を見たい、話したい、デートしたい」
「いや旭とデートした覚えないから」
そもそも、聖も旭と2人っきりでデートなんてしたことあったか?
「2人で出かけてたら十分デートじゃない。あんた、買い物の時、いつも旭君と行くでしょ」
「‥目敏いなぁ。よく知ってるね」
「部屋の窓から2人が出かけていくのとか、帰ってくるのよく見る」
あー‥そういえば、聖の部屋の窓ってちょうど道に面してるんだっけ。
よく見てるっていうか…目敏い。
レーダーかなんかついてんじゃないのか。
「親に頼まれて買い出しに行ってるだけじゃん。それをデートって…大げさだってば」
「それでも2人でいれるんだからいいじゃん。十分羨ましい」
「みんなに2人で行ってこいって言われるの。仕方ないじゃん」
「2人でいれる口実があるっていうのがいいよね、ほんと」
むぅっとほほを膨らませて私を睨む聖は、ついさっきのブラックな笑顔が嘘なくらい可愛らしい。
そして男はこういうところに惚れるらしい。
聖談だけど。
「そんなもん?」
「そんなもんよ、恋なんて」
聖にそう言われて、最後の言葉に思わず顔を顰める。
そんな私の顔を見た聖はくすっと笑った。
相変わらず口元を隠しながら笑うのが似合う。
「わかんないなんて顔しないの。あんただって今は恋してるんでしょ」
「弓道に?」
「…バカ」
「痛い」
「自業自得よ。まさかとは思ったけど、気付いてないのね。鈍い鈍いとは前々から思ってたけどここまで鈍いなんて」
聖は大きなため息をついて、また私の頬をつねる。
地味に痛い。
赤くなったらどうしてくれんの。
「報われないわね、相手も」
「誰の話よ」
「さぁね。まぁもっとも、相手も気付いてなさそうだけど」
「不憫よねぇ」と哀愁漂うふうに言った聖は、私の頬を引っ張ってから、自分の席に戻っていった。




