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王子様のからくり  作者: ゆきうさぎ
<第1部>
2/145

01:

「…ああ、胃が痛い」

「あんた最近ずっとそれ言ってるね」


机に突っ伏している私の頭を幼馴染である綿貫聖(わたぬきひじり)は優しく撫でてくれた。

黒髪ストレートの髪をさらさらと肩から落としながら俯きがちに私を見る彼女は、誰が見ても認めるほどの美人だ。


「なんかあったの?」


心配そうに私の顔をのぞく聖は、そりゃあもう聖母にも女神にも見える。

が、それは表面上だ。

私の幼馴染は、マトリョーシカもびっくりするほどの猫かぶりだ。

その証拠に、彼女の目はそりゃあもうおもちゃを見つけた幼子のように嬉々としている。


「何かあったとして、あんたに言うと思ってんの」

「いいじゃない、言ってくれても。なんでも相談に乗るわよ」

「…なに企んでんのよ」

「んー?旭君とのデートで手うってあげる」

「却下」


旭君、とは私の双子の兄である。

顔は「お前ら本当に兄弟なの?」と言いたくなるほどに、恐ろしいほどに似てない。

現に、今まで初対面の人には、恋人と勘違いされてきた。

そして、聖は私の双子の兄に長年片思いをしている。

私からしたら、あんな愚兄のどこがいいんだって言いたくなるが、あれはあれでモテる。

世の中、本当に何があるかわかんない。


「で、何があったのよ。能天気と楽観的なとことったら、あんたになにが残んのよ」

「聖ひどい」

「だったら言いなよ」


じとっとした目で見られても、正直に答えられない私は、とりあえず唸る。

唸るほかない。

いやだってさ、考えてみてよ。

この学年、ていうかこの学校で、生徒の鏡みたいな人が、この前空き地で殴り合いしてましたって。

いったいどんだけの人が信じるよ。


「嘘みたいなことを、嘘か夢だったって思っておきたいだけだから」

「‥それって結局は起きちゃったってこと?」

「まぁ…そういう、こと」


認めると、なんだかさらに重たいため息がこぼれてしまった。


「起きちゃったことをとやかく言うのは馬鹿のすることよ」

「‥それ旭にも言われた」

「やだ、嬉しい」


なにがだ。

聖は恋する乙女モード全開になったようで、白い頬を赤く染めている。

それだけで眼福ではあるんだけど、その原因がうちの愚兄にあると思うとなんだか複雑。


「そういえば聖、この前のテストどうだったの?」

「テスト?そんなの聞くまでもないじゃない。王子様にまーたもってかれたわよ」


聖は苦笑交じりに言って、最後にため息をついた。

聖は、小学校のころから愚兄に振り向いてもらおうと勉強もスポーツも頑張っている。

そのおかげもあってか、聖はすごーく頭のいい子に育ったらしい。

彼女は常に学年で2位だ。

トップは人格者と謳われている王子様だ。


「どうやったら落ちてくれるのかしらね」


全く…と呟きながら、聖は舌打ちでもつくんじゃないかというほどに顔を顰める。

ただその原因すらもうちの愚兄にあるため、やるせない気持ちになってしまう。


「あの王子様がいる以上、私旭君と付き合えないんじゃないの」

「ははー、そうなっちゃうね」


『学年で1番とれたら付き合ってもいいよ』と、うちの愚兄が付き合う条件に出したのは記憶に新しい。


「王子様が落ちてくれるのを待つより下剋上したほうが利巧なんじゃない?」

「そう思ってもう2年目よ。もう9回目のテスト終わっちゃったし」

「どこぞの無理ゲーって?」

「全くよ。テスト日に運良く風邪にでもかかってくれないかしら」


…運悪く、の聞き間違いだろうか。

顔をひきつらせながら聖を見るも、彼女はどうやら本気で王子様に風邪でも引いて学年トップの座から落ちてほしいらしい。


「そういや、王子様、この前1年生の女の子振ったらしいよ」

「‥どこからそんな情報つかんでくるのよ」

「別に集めなくても、勝手に入ってくるの」


聖はそう言って、どこから取り出したのか、ポッキーをかじった。


「なんならもっとタイムリーな話題もあるわよ」

「タイムリー?」

「そ。昼休みに立花さん、王子様にあたって砕けたらしいよ」

「‥誰それ」


このクラスに立花さんなんて子いたっけ、という意味を込めて首を傾げれば、聖に頭をたたかれた。

聖は何も言わずにあごで「あれ」とある方向を示す。

その方向に目を向ければ、数人の女子に囲まれた、明るめの髪色をした女の子がいた。

顔を俯かせているから、どんな子かはわからないけど、おそらく泣いているんだろう。

彼女は手で顔を覆っているようだった。


「ここで泣くのもどうなのって話よね」

「‥今自習だからねー」


逆に教室から出るほうが怪しいんだよねーと言いながら、もう1度彼女を見る。

数人の女子に慰めてもらってるのか、何か言葉を交わしている。

その様子を見ている聖は、眉間にしわを寄せながら顔を顰めた。


「ああいうのが一番むかつく」

「は?」

「自分は被害者ですって面しちゃってさ。まるで振った王子様が悪いみたいに」


けっと、顔に似つかないことを言った聖は、彼女を見てから、興味をなくしたとばかりに、私に向き直った。









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