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弓道とは、精神の統一である。
弓道とは、心の目で見るものである。
と、依然どこかの誰かが言っていた気がする。
心の目云々は素直にうなずけないが、精神の統一というのはうなずける。
精神の乱れは矢の乱れ。
心してかかれと、昔から言われていた。
…そう、矢は乱れるのだ。
「陽向さん、今日は大荒れですね。ご乱心ですか」
「…放っておいてください」
「そう言われても‥ねぇ?なんですか、あの的。ぶれっぶれもいいとこですよ」
「…わかってますから」
ちらりと私の数十メートル先にある的を見る。
ものの見事に、的のいたるところに矢が刺さっている。
‥おっかしいなぁ、いつもなら気持ちいいくらいど真ん中しかうち抜かないのに。
「陽向さんはいつでも精神状態が弓道に出ますね」
「全く嬉しくないんですけどね」
弓道を嗜む側の人間としては。
精神状態に左右されすぎでしょ、あれは。
的を見てため息をつく私を見ながら、弓道部の部長である2年の朝倉瑛太は苦笑する。
この学園の王子様とは違ったタイプのイケメンの瑛太は黒髪黒縁メガネの純和風だ。
大和撫子という言葉がしっくりくる感じの人。
「弓道は素直なんですけどね」
「本人が素直じゃないみたいな言い方やめてくれません?」
サラッと笑顔で毒吐くから問題なんだよ、この人。
文字通り、黙ってればモテるんだ。
「何かあったんですか」
「なきゃここまで乱心してない」
「それもそうですね」
いや認めんのかよ。
手にしていた弓を見ながらため息をつく。
「陽向さんがここまで乱されるということは…あれですか。学園の王子様関連ですか」
「……」
「そうですか、図星ですか」
「‥私なにも言ってないよね」
「沈黙は肯定ですよ、陽向さん」
にっこりと笑いながら、瑛太は立てかけていた弓を手に取って私と同じ場所に並んだ。
スッと、静かに腕を上げた瑛太は、じっと、遠くの的を見つめる。
涼しげで、泰然で、静かなのに存在感のある彼の姿に、今でも魅入ってしまう。
「ずっと弓道してればかっこいいのにね」
「それ暴言ですよ」
瑛太はそう言いながら、弦をひく。
ぎりぎりまでひいて、放された弓は的のど真ん中を射抜く。
相変わらず、どんなことをしてても手だけはブレない。
「で?彼ですよね」
「そーですね」
「王子様と付き合ってるってのは事実みたいですね」
「…そー、ですね」
「おや、そこは少し違うみたいですね」
私の返答の違いに、瑛太は気付いたらしくくすくすと笑った。
「桐生とは接点なかったからね」
「それがどうすれば付き合ってるとまで話が進むんですか」
「それはこっちが聞きたいよ」
同じクラスどころか、会ってたかすらわかんないのに。
誰かひとりくらい否定しろよ。
「で、何があったんですか?」
「‥ちょっと予想外なことが起こって消化不良起こしてるだけ」
「消化不良ですか。そういえば今日の桐生君、どことなく機嫌が悪かったですね」
「機嫌悪かったって‥瑛太6組だっけ?」
やだわー、とうとう王子様のクラスまで覚えちゃったわ。
「あれ言ってなかったですか?彼と同じ6組ですよ。名簿で並べば席が隣になるんで結構話したりするんですよ」
「で、機嫌が悪かったと」
「そうですね。あとは今日はよくお腹をさすってたような気がしますよ」
いや、見すぎだろ。
いつもよりお腹をさすってたような気がするとか。
たまたまお腹がめちゃくちゃ空いてたとか、そんな感じじゃないのか。
「痛そうでしたよ」
「気のせいって言う割にはけっこう見てるじゃない」
「無意識に頻繁にさすってましたからね」
瑛太の言葉に昨日の桐生の喧嘩を思い出す。
いつ殴られたのかは知らないが、多分昨日の喧嘩のあの人にやられたんだろうな。
ていうか北高の人と喧嘩しておいて、それだけで怪我が済むって、それはそれでどうなんだろう。
「それと何か関係があるんですかね」
「‥わかりやすい誘導尋問はやめてくれません?」
「わかりやすくても、陽向さんなら引っかかってくれるでしょう?」
「サラッと笑顔で侮辱するのやめてくれませーん?」
すっごく傷付くんですけどー?
いつからそんなにブラックなキャラになったのかな、瑛太くーん。
昔はもう少し可愛げがあったと思うんだけどなー。
「まぁ機嫌が悪いのはそれだけじゃなかったみたいだけど」
「というと?」
「今日の昼休みとさっきだったかな。僕が部活に来る前くらいだったけど。桐生君、女の子に呼び出されてたんですよね」
あー‥告白ですか。
モテますもんね、王子様。
エセだけど。
「昼休みの子は知りませんけど、放課後ちらっと見えた感じだと、けっこう手こずってる感じでしたよ」
瑛太はその様子を思い出したのか苦笑交じりに言った。
「まぁ昼から機嫌が悪かったのは事実ですから、まぁお昼の子もよっぽどだったんじゃないですか」
「王子様、機嫌悪くてもわかんないようにするんじゃないの?」
「見た目にはですけどね。よくよく見たらわかりやすいですよ。気になりますか?」
そう聞いた瑛太はにこにこーと、裏のありそうな笑みを私に向ける。
「まったく」
「素直じゃないですねぇ」
ぷいっと瑛太から顔をそらしたあとに、瑛太がくすくすと笑う声が聞こえてきた。




