10:
「で、何の用?」
お弁当を持ったまま、王子様の背中を追ってやってきたのは屋上だった。
秋も中盤まで来ると、晴れていても少しばかり肌寒さを感じる。
‥ブレザー、持ってこればよかった。
「そんな警戒しないで座れば?」
王子様はフェンスに背中を預けて座ると、持っていた袋からパンを取り出した。
王子様の真向かいに座ってお弁当をひろげる。
お弁当のふたを開けると、今朝早起きしたおかげで手間をかけた中身が表れた。
うん、満足。
ここが教室で、隣に聖がいたら、大満足だったのに。
なんで横にいるのがこいつなんだ。
「生徒手帳、返して」
「はい」
王子様はこの前とは正反対なくらい清々しく生徒手帳を返してくれた。
この前のこともあって、ちゃんと中身を確認してポケットにいれた。
「で、今度は何の用」
「相変わらずきっつい性格してんなぁ」
クツクツと笑う王子様は、王子様らしからぬ笑い方をする。
顔がいいだけに、王子様らしからぬ行動をしても様になってるからムカつく。
「俺言ったじゃん。監視をやめる気はないって」
「‥言ったけど、」
「あんたが付き合う以外って言ったから、わざわざアプローチ方法変えたんじゃん」
「で、その結果がこれ、と」
これはこれで厄介だよ。
まさか人が一番多い昼時に教室まで遠路はるばる来てくれるなんて。
なんの嫌がらせよ。
「迷惑には変わりないんだけど」
「でも監視しなきゃな」
「とか言って楽しんでるだけにも見えるんだけど」
「そうだな、4割は楽しみんでるかもな」
「‥性格悪」
誰よ、こいつのこと人格者だとか言ってた盲目的信者は。
歪んでんぞ、こいつ。
「ていうか、こうやってされてる時点で、おんなじようなもんでしょ」
「そうだな。それもねらいだし」
笑う王子様は本当に綺麗だ。
そりゃあもうこっちがイラッとするくらいには。
「もう付き合っちゃおうっか。誤解解くのも面倒でしょ」
「簡単に言わないでよ」
「俺がばらさないだろうなって思うまでの間じゃん」
「だから、簡単に言うなって言ってんの」
ああもうイライラする。
せっかくのお弁当がまずくなるじゃない。
「ていうか、この辺で喧嘩しなきゃもうばれないし、いいんじゃないの」
「それがわかんねぇから言ってんの。この前腹いせで北高の奴ら殴り飛ばしちゃったわけ」
「…あんたってバカ?」
北高と言えば、この辺で有名な不良校だ。
ガラの悪いお兄さんばっかりで、警察沙汰もしばしばだって聞いた。
そんな高校の生徒に、ただの腹いせで殴り飛ばしちゃったの?
え、なに、この人。
バカなの?
「少なくとも神崎よりは頭いいな」
「言ってくれるわー」
そりゃあ学年トップにかなうかはわかんないけどさ。
「いやでも喧嘩してるあたりバカと変わりないか」
「あのな。俺だって好きで喧嘩してるわけじゃないの」
「腹いせで喧嘩する人が何言ってんの」
どこの悪がきだよ、腹いせで喧嘩って。
せめて器物破損にしとけよ。
「‥あんたって、すぐ手出すタイプ?」
「そうかもな。昔からやんちゃばっかしてたから」
「……やんちゃ?」
王子様の言葉に箸を止めてしまう。
この、キラッキラな笑顔を振りまいてるみんなの王子様が、やんちゃ?
小さい悪がきがするようなやつじゃない、よね?
「俺、中3の冬にこっちに越してきたからな。みんな知らないの当たり前」
「生まれ変わりも甚だしいね」
やんちゃな奴がどう更生すれば王子様になるんだよ。
「別に見境なく人殴ってるわけじゃねぇよ」
「それだったら今ごろ一緒にいませんけどー?」
「誰か絡まれてるとか、勝手に俺に絡んでくるとか、そんな時にしかやらねぇし」
「なに、実はいい人?」
「どうだろうな?キレると何するかわかんねぇってよく言われたからな」
ククッとのどを鳴らしながら笑う王子様は、いつもと変わらない笑顔なのに、どことなく寂しそうに見えた。
…‥おっかしいの。
「ていうか、そんなこと話さないでよ。どんどんどツボにはまってきてるような気がする」
「気がするんじゃないよ。はめてるもん」
「もんじゃない、もんじゃ。私を巻き込まないでよ」
「今さらでしょ?俺につきまとわれるか、恋愛ごっこするかだったらどっちがいい?」
パンを食べ終えた王子様は綺麗な笑顔を向けながら言う。
この前と同じ質問に、私はほほを引きつらせる。
「王子様と恋愛ごっこなんて死んでも嫌」
「じゃあつきまとわれる?」
「それも嫌」
「じゃあ恋愛ごっこしよっか」
「だから、」
「ま、どんだけ言ってももうすごい噂になってると思うけどね」
「…この確信犯」
わざわざ教室に来たのはそのためか。
ああもう、箸が折れないのが悲しい。
「しばらくよろしくね、神崎」
「よろしくしたくない」
「じゃあ今から訂正しに行く?俺、帰りも迎えに行くつもりだったけど」
しれっと、さも当然といわんばかりに、私の目の前に座るイケメンはのたまわってくださった。
箸にさしたウインナーを思わず落としてしまった。
「心配しないで。俺が好きになることなんてないから」
「よかった、そこは気が合うみたいだね。私も王子なんてごめんだわ」
「王子じゃなくて俺は桐生澪」
ふわりと王子と呼ぶことを否定した彼は、綺麗な笑顔を私に向ける。
あんまり王子って呼ばれたくないのかなって考えてしまう。
ていうかフルネーム、初めて知ったかも。
「神崎さんがそういう人でよかったよ。下手に好きになってもらっても困るから」
「絶対ない。ありえない。顔が良い人は嫌い」
「はっきり言うね」
「自分に正直なのよ」
エセ王子と違ってね!




