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MIO side
テストまであと、5日。
悪夢の日まで、あと6日。
俺の気分は日が進むたびに憂鬱になっていく。
それもこれも、去年のあの日があったからだ。
「よ、…って、あれ。めちゃくちゃテンション低いじゃん」
放課後の教室で居残りをしながら勉強している時だった。
窓から声が聞こえてきて、まぁ相手を見なくても声でわかるんだけど、伊織が手をあげて立っていた。
伊織は俺の姿を見ると、教室に入ってきて俺の前の席に座った。
その手には参考書が握られている。
こいつも勉強していたんだろうか。
「どうしたの、黒板の日付睨みつけちゃって」
「うっせぇ」
俺は字を書いていた手を止めて、伊織を見る。
伊織は日付と俺の顔を交互に見てから苦笑した。
「もうすぐバレンタインだもんね」
去年のバレンタインを思い出したのか、伊織はぷっと噴き出して笑った。
俺も思い出してしまって、思わず顔を顰めてしまう。
「そんな顔してやるなよ。女の子達だって一生懸命作って、勇気振り絞ってお前に渡してんのに」
「勇気振り絞ってんのは手渡しのやつだけだろ」
手渡しより下駄箱に詰め込まれてたのが多かったぞ。
「お前あれ、持って帰ったの?」
「持って帰れる量じゃなかっただろ」
紙袋どんだけいると思ってんだよ。
2つじゃおさまりきらないくらいあったんだよ。
「え、じゃあ去年のあれどうしたの?持って帰ったと思ってたんだけど」
「そういうことにしてるけどな」
「実際は違うんだ?」
「あんなの持って帰ったって食えないだろ」
俺そんなに甘いの好きじゃないし。
あの匂い嗅いでるだけで胃もたれ起こしそうになる。
「じゃあどうしたの?あれ」
「やった」
「…誰に」
「姉貴」
「お姉さんに?あげてどうすんの、女じゃん」
「職場に配ってもらった」
「……なんかそれで騙された男が可哀想」
「それ言われた」
姉貴が職場で配るものだから、みんな舞い上がっちゃって大変だったって。
もうあんなことすんなって、一条さんにすっげぇ形相で言われた。
警察署内が骨抜きになってしばらく機能しなかったらしい。
「でも今年も同じ感じだろ」
「…テストとかぶってなかったら学校来ないんだけど」
「残念だな、テストまっただ中だもんな」
そう言って、伊織は俺の机に開かれたノートに目を落とした。
「今年はどうやって処分すんの?」
「‥処分って、」
「間違ってないだろ」
言い返せないあたりがちょっとな。
「今年は受け取らない」
「でも下駄箱に突っ込まれてる可能性があるだろ」
「それな。どうしたらいい?」
「知るかよ」
伊織は吐き捨てるように言って鼻で笑った。
その態度にかなりイラッとはきたが、確かに伊織に聞いたって仕方がない。
俺は深めのため息をはいて、どうしたものかと思案する。
「持って帰らないこしたことはないか」
「うっわ、ひでぇ」
「1人もらったらあとが大変だからな」
自分のも、自分のもってこられたら、結局去年の二の舞だ。
それだけはマジで勘弁だ。
「本当に受け取らないのか?」
「なにその意味深な言い方」
おまけにその気色悪い笑みはなんだ。
じろっと伊織を見ると、伊織はにやりと口角をあげて俺を見る。
「陽向ちゃんのも受け取らないつもりか?」
「は?」
なんでそこで神崎が出てくるんだよ。
意味わからんという顔をして伊織を見ると、逆に意味わからんという顔を返された。
「陽向ちゃんくれるかもよ?」
「なんで?」
「なんでって…一応お前らより戻したことになってるんだろ?」
「そうなの?」
「え、そうなの?って違うの?」
「別にあれ以来、神崎とすれ違った時は話くらいするけど、別に一緒にいるわけじゃない」
「なーんだ、つまんねぇの。結局なんの動きも無しかよ」
「何に期待してんの、お前」
呆れたように言った俺にたいして、伊織は「じゃあさ、」と切り返してた。
その言い方に、なにかよからぬものを感じたのは、伊織の顔がニヒルな笑みだったからだろうか。
「陽向ちゃんから欲しいとか思わないの?」
「…は?」
「思わないの?」
「神崎、からねぇ‥」
そんなこと思ったことなかったな。
神崎からチョコをもらいたいかどうかなんて。
どうなんだろう。
「好きなら思うだろ」
「俺の返答聞いてから言ってくれる?」
「だって顔に思わないって書いてる」
「嘘つけ」
「えー、じゃあ陽向ちゃんがほかの男にあげててもいいの?」
「神崎がほかの男にやってること自体、スクープもんだけどな」
それこそ、15日に新聞部が掲示板に『速報!』とかいって貼りだしそうじゃん。
神崎だって、モテないわけじゃないだろうに。
「確かにそうかもね。あんな可愛い子からチョコもらったら舞い上がるよね。お前以外」
「一言余計だ」
「じゃあお前も可愛い子からもらったら舞い上がるの?」
「‥‥さぁ」
「さぁって。お前が舞い上がるのって陽向ちゃんだけだろ」
伊織にそう言われて、「そうじゃない」と断言できない自分がいた。
でも、わかってるんだ。
あいつが俺にそんなことしないことくらい。
俺だって、ちゃんと、わかってる。




