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「すいませんでした」
放課後の新聞部の部室。
隣にはご立腹の桐生が足を組んで座っている。
少し暗くなりつつある外を見ていると、聞こえてきたのは、謝罪だった。
ぺこりと頭を下げた彼は、いまだに頭をあげずにいた。
その言葉に、私の隣に座る桐生はにっこりという笑みを見せた。
…怒ってる。
すごく、怒ってる。
思わず私の顔が引きつったくらいだ。
「言葉だけの謝罪はいらないんだよね」
笑みを携えてそう言った桐生の声は低めで、鋭さがどこかあった。
その言葉に、頭を下げていた彼はぐっと頭をあげて桐生の顔を見た。
その目には「何言ってんだ」と物語っていた。
「なんで謝罪が今になったのか、その理由を教えてくれる?」
「……それは、」
「それは?」
にこにこーっと人の良さそうな笑顔ほど怖いものってないと思う。
私の隣にいるこの男もキラキラの笑顔なのに目が笑ってない。
「君、自分は悪くないなんて馬鹿なこと思ってるでしょ?」
桐生の言葉に後輩君はなにも答えなかったけれど、目を少しだけ見開いた。
正直者だなーと思いながら、私はまた窓の外へと視線を向ける。
こんなことをしている時間があったら、私部活に行きたいんだけど。
まぁこの時期に行ったって、寒いしたいして練習にならないんだけどね。
「そんなこと、」
「あるよ」
後輩君が言い終るよりもはやく、桐生は言って後輩君を見る。
見るっていうか睨みつける感じだったけど。
そんな桐生に後輩君は少しばかり怯んでいるようで、その隣に立っている部長も面食らっているみたいだった。
「わかってると思うけど、僕けっこう怒ってるんだよね」
なんだか本性が溢れ出ているような気がしてならない。
さっきから隣から不穏というか、真っ黒な空気が。
ああもう怖い。
ただでさえドアから隙間風が吹いてきて寒いっていうのに、隣から冷気発せられるとか…なんの拷問!?
リアルがくぶるだ。
「だから謝ってます」
「うん、だから、形だけの謝罪はいらないって言ってるの」
「ですから頭を下げてます」
「誠意が全くもってこもってないよ」
…押し問答だ。
さっきからこの会話がずっと続けれていて、遠巻きに話を聞いているほかの部員がすっごく可哀想だ。
ちらちらとこちらを気遣わしげに見ているが、その顔には疲れが色濃くなっている。
早く終わってくれと、切に願っているのがヒシヒシと伝わってくる。
その思いに私も強く同感だ。
と、いうか、どうして私までここに連れてこられたのだろう。
いや、まごうことなき当事者ではあるんだけど。
「佐久間、」
桐生の視線に耐えかねてか、新聞部の部長は後輩君の名前を呼んだ。
その言葉に、後輩君は抵抗のごとく否定的な目を向ける。
えらく反抗的だなぁと、後輩君もとい佐久間君を見て思った。
「今回は相手が悪い」
「なんでですか!みんなが関心のあるネタを記事にしただけじゃないですか!」
それのどこがいけないんだと、憤慨する佐久間君は部長の男の子を睨みつけた後に桐生を睨みつけた。
睨まれている桐生はどこ吹く風という感じで、その視線をないものとして平然としている。
それが余計に気に入らなかったみたいで、顔を顰めてしまった。
「確かに…生徒に読んでもらうためにいいネタを掴めって言ってはいるけど、」
「これ以上ないネタじゃないですか!みんな関心があったし注目だってあった!」
なんでダメなんですか!と大きな声で言った佐久間君はキッと桐生を睨みつける。
「だいたい俺は事実をただありのままに載せただけだ!」
まるで咎められる理由などないと。
悪いことはしていないと。
そう言い張るようにして。
彼の言うことは確かに一理あるとも言える。
部長自体も興味があったことなだけに、なにも言えないでいるらしい。
私も、そんな彼らをただ何も言わずに傍観している。
ただ1人、私の隣で絶対零度を浴びせるこの男をのぞいて。
「へぇ?」
桐生は意味深な笑みを浮かべて目の前に対峙する2人を見る。
その笑みは惹きつけられるほどに艶めかしく、色気の含んだものにも見えた。
だけど、知っている。
この笑みが、桐生の怒りの象徴だということを。
どうやら、佐久間君の言葉は、桐生の怒りの地雷を踏んだらしい。
「それってさ、裏を返せば、事実なら何を記事にしてもいいって聞こえるんだけど?」
そういうこと?と聞く姿は美しいけれど、その目は笑っていない。
「それとも、新聞部にはプライバシーというものがないのかな?」
「そんなこと、!」
「ない、なんて言わないよね。こんなことしといて」
とんとんと、机に置かれた掲示板に貼られていた記事を叩いて桐生は言った。
じわじわと外堀を埋めるようにして責める桐生に、思わず私の顔まで引きつってしまった。
こいつが味方でよかったとつくづく感じる。
「これ、明日までになんとかしてくれなかったら、こっちもそれ相応の対応をするから。考えといて」
それ相応って?と首をひねっている私をよそに、話は済んだとばかりに桐生は立ち上がった。
「帰るよ」
「へ?」
「へ?じゃなくて。もうここにいる意味ないでしょ?それとも神崎はまだなにか言い足りない?」
桐生の言葉に私は首をぶるぶると横に振って立ち上がると、さっさと出ていってしまった桐生に続いて新聞部の部室を出た。




