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王子様のからくり  作者: ゆきうさぎ
<第1部>
10/145

09:

事件は、私と王子様が放課後に話をした3日後に起こった。

それはもう唐突に。

嵐の前の静けさも感じられないくらい唐突に。

生徒で賑わう昼休みに、それは突然やってきた。


「神崎陽向っている?」


4限目が終わってすぐだった。

お腹空いたーって言いながら、机の上にお昼ご飯のお弁当をひろげようとしている時だ。

廊下からそんな声が聞こえてきた。

ざわっと、廊下に近い子たちのざわめきがあった。


「陽向呼ばれてない?」

「呼ばれたような気がするけど、別人じゃない?」

「現実逃避もそこまでいくといっそ清々しいわね」

「私ご飯食べるので忙しいの」


廊下で名前が呼ばれたかもしれないくらいで、ご飯を中断するなんてありえない。

しかも今日の弁当は、朝早めに起きれたから少しばかりこってみたのだ。

邪魔されるなんてもってのほかだ。


「神崎ー、お呼び出しだ」


私と聖がご飯を食べようとしているところに声をかけたのは、クラスのお調子者の宝条克己(ほうじょうかつみ)、通称かっちだ。


「不在って言っといて」

「いや、さすがにそれは無理あるだろ」

「私ご飯食べなきゃ」

「へー‥それ呼び出しの相手知っても言ってられんのかねー?」

「は?」


かっちはにやにやとしながら、ちらちらと呼び出した本人がいる廊下の方を見た。

廊下に面した窓に隠れているせいで、顔は見えないし、シルエットしかわからないため、誰がいるのか判断できない。


「あれ誰よ」

「誰だと思う?」

「もったいつけてないで言いなさいよ」

「別にお前が行けば問題ないだろ」


いやそうなんだけど。

でもさ、行きたくないのよ、どうしても。

ご飯、食べたいから。


「待たせてないで行けよ。王子様がお待ちかねだ」

「……は?」


時間をたっぷり使って、かっちの言葉を反芻する。

誰が誰を待ってるって?


「間抜け面してないでとっとと行けって。王子様待たせるなんてもっての外だって」

「相手が王子様なら尚更行きたくないんだけど」


ていうか梃子でも動くもんか。


「でもそこで待ってるぜ?」

「だからいないって言ってよ」


私は王子様には会いたくないんだってば。

二度と!

ていうか金輪際!

あわよくば死ぬまで!


「居留守はよくないんじゃない?神崎さん」

「人違い、人違いですから」


私は神崎陽向じゃないですー。

ということで回れ右。

頼むから他を当たってくださーい。

でもってお願いだから、そのキラッキラの笑顔をしまってくださーい。

クラスの女子が卒倒しそうでーす。


「あんた面識あったの?」

「ないない。私人見知りだもの」

「神崎が人見知りぃ!?ありえねー」

「ちょ、かっちうるさい。あんた黙ってなよ」


でもって神崎言うな。

王子様の目が光ってるから。


「俺のお誘いは無視かな?」

「呼び出しがお誘いになっちゃったけど、どういう脳内変換してんのかなー?」


呼び出しとお誘いじゃあ意味合い的に天と地くらいの差はあるよー?


「だから私は神崎じゃないんですよねー」

「3日前も一緒にいたよ」

「人違いじゃないですかー?」


私の記憶が正しかったら、3日前に一緒にいたのは真っ黒な悪魔みたいな笑顔を浮かべる、そうだなー、今目の前にいる王子様とちょうど真逆のような人間だなー。


「僕と秘密を共有したの、忘れちゃったの?」

「誤解を招くような言い方しないでもらえますー?」


だいたい、私の秘密はないし、共有なんてものじゃないでしょうに。

つーかあれは秘密の共有じゃなくて、ただの脅しだ。

生徒手帳を人質にして、あ、物だからちょっと違うか…私を脅しただけじゃない。


「神崎、お前王子となんかあったの?」

「何にもあるわけないじゃない」

「忘れるなんてひどいなぁ」

「いかにも自分が可哀想なんて顔するんじゃない!かっちはいい加減黙れ」


王子が眉を下げるだけで、女子からの視線が痛いんだよ。


「生徒手帳を拾って届けたんだよ」

「…生徒手帳?」


聖が王子様の言葉に何か引っかかりを覚えたみたいだけど、正直それどころじゃない。

そうだ、生徒手帳だ。


「あんた、よくも自分の生徒手帳渡してくれたわね!おかげで先生にすっごい訝しげな目で見られたじゃない!」

「神崎、王子の生徒手帳持ってたの?え、なんで?」


……しまった。

はっと、口元を手で覆ってみたものの、時すでに遅し。

周りの子たちは私の言葉をしっかりと聞いていたらしい。

極め付けとばかりに、かっちが馬鹿でかい声でそんなことを聞くから、興味のない子たちまでこっちをちらっと見てきた。

はっはー、終わったー。


「神崎さん、僕ね、話があるんだよね」

「…行ってやろうじゃないの」


ぐっと、箸を持っていた手に力が入ってしまう。

折れはしないものの、プルプルと震えてしまったのは不可抗力だと思う。


「そうこなくっちゃ」


そう言ってほほ笑んだ王子様の顔は、あの時と同じ悪魔のような笑顔だった。









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