恋愛恐怖症②
*****
そんなことは、お構いなしで…真澄さんはにっこり笑って、私の手を取り車へ乗り込んだ。
今日は、運転手付きで来たようだ。
「実家でね。母が、久しぶりに光さんと食事がしたいって駄々をこねるのでね。急で申し訳ないとは思ったのですが、迎えに来たんですよ」
真澄さんは、嬉しそうに笑って私の手をしっかり握ったまま離さなかった。
「ちょっと待って下さい…織衣さんが、帰って来てるんですか? もう、身体は大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫です。かなり容態は良いようで、しばらく自宅療養出来るそうです。母はどうしても…光さんと過ごしたいようで、お仕事で疲れてる所をすみません」
「手術は成功したんですね♪」
車中で、どさくさ紛れに真澄さんにギュッとハグされてしまったけど…織衣さんを心配していた私は、ドキドキする間もなく身体を離して真澄さんの瞳を覗き込んでいた。
「そうですね…主治医の話では、成功したようです。安静は必要ですが、自宅に戻れるまでは回復しましたからね。ご心配をおかけしました」
ふと気が付くと真澄さんの顔が…近い近い…顔が火照るのを感じて私はクルッと真澄さんに背中を向けた。
きっと耳まで真っ赤になってる。まだ、この気持ちは真澄さんに悟られたくない…きっと手遅れかもしれないけどね。
車から降りて……玄関を入ると、師匠と織衣さんが出迎えてくれた。
70前のお婆ちゃんなのに……40代半ばの貴婦人にしか見えない妖怪のような織衣さんは、心臓病を患っていて…最近、大手術をしたのだった。
「美人薄命っていうやろ? だから、私が死んでも泣いたらアカンよ!」
手術前に……織衣さんは、笑って私と師匠と真澄さんにそう言った。
「70近くまで生きたら、薄命とは言いませんよ!」
遠慮すること無く…私は、織衣さんに突っ込みを入れていた。
****
4人で食事を済ませて…応接室で入院中の話を織衣さんが話してくれた。
「ほんま……憎まれっ子世にはばかるってよく言うたもんですね(笑)」
私が、織衣さんに向かって憎まれ口を叩くと…織衣さんがニヤリと笑って反撃してきた。
「真澄と光ちゃんの赤ちゃんを見るまではやっぱり死なないことに決めたのよ♪ フフフフ♪」
しかもとんでも無いことを織衣さんは、本人たちの前で口にして楽しそうに笑っていた。
*****
すると、真澄さんが凄く嬉しそうに頷いて同意していた。
この母子は……どこまで本気でどこまでが冗談なのかが、全く私にはわからないから凄く返事に困ってしまった。
「私は、光ちゃんを真澄のお嫁さんにって本気で決めてるからね」
織衣さんは、私を見て真剣な顔をしていた。心の中を読まれてしまったみたいだ。
真澄さんと師匠が、席を外して織衣さんと二人きりになると……織衣さんは、私にわかるように本心を話してくれた。
「私は、光ちゃんの心の傷が癒えるまでは待っててあげるよ」
「私も、織衣さんがお義母さんになるのは嫌じゃないです(笑)」
だから、私も正直な気持ちを織衣さんに伝えていた。
しばらくすると、常駐している看護師さんが来て…身体を休めて下さいと言われて織衣さんは渋々部屋へ帰って行った。
帰りの車の中でも、真澄さんはずっと私の手を握っていたけど……家に着くまでそのままでいた。
「私も冗談のつもりは無いですからね。光さんが望んでくれたら、いつでもお嫁に迎えたいって思っています。徹哉さんを説得するのは、大変そうですけどね」
「そうですね…少しは真剣に自分の気持ちを整理してみます。まだ、時間は掛かるかもしれないですけど」
私は、正直に思っている今の気持ちを真澄さんに伝えていた。
「本当ですか!? やっと、光さんも真剣に私の気持ちに応えてくれるんですね」
予想外の私の言葉に…真澄さんは、気持ちを抑えきれなかったようで別れ際にギュッと私を抱きしめると、私の唇に自分の唇を重ねていた。
私は、突然だったので暫く身動き出来なかった。
我に返って、慌てて真澄さんを突き飛ばして自宅に帰ってしばらく放心状態だった。
勿論……ファーストキスでは無いけれど…もう何年もそんな経験は無かったので、心臓が飛び出しそうな位ドキドキしていた。
「真澄と少しは進展したようだね。良い歳した男女がなかなか先に進まなくて僕は少し苛立ちまで感じていたからね。織衣さんが戻ってきて本当に良かったよ」
夜刀は私の顔を覗きこんで、今日の出来事を喜んでいるようだった。
「でも、一番の障害は光自身では無くて徹哉かもしれないね……。本当に結婚話が進んだら、徹哉が黙っていないだろうから……真澄は、どうするんだろうね」
そう言うと、心配そうに苦笑して夜刀は黙り込んでしまった。