母親と地縛霊②
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終業時間になって、私も順子もタイムカードを押して部署を出て、1階のロビーへ降りて宮田君が来るのを待っていた。
その間、順子は私のことを心配して気遣ってくれていた。
「ほんとに大丈夫? 病院やねんで! 無理しなくてええんやで!」
「大丈夫やって、お守りもあるし……出来るだけ力を抑えて行くから心配ないよ!」
私は順子の肩をポンポンと叩いて、お守りを見せて笑った。
20分ぐらいして、宮田君がエレベータから降りてきた。
「ごめんごめん! 待たせてしまったな! 得意先からの電話が長引いてしもて…神宮さんまで待たせてしまって、本当にごめん!」
「謝らんでええよ! そんな頭下げられたら困るわ。私が無理言って呼び出したんやし、予定もあるのに…ほんまごめんね」
待たせたことを詫びて、頭を下げる宮田君の身体を慌てて起こしながら、私は急に呼び出した理由を歩きながら話すことにした。
三人で会社を出て、駅へ向かいながら宮田君に病院へ一緒に行ってお母さんに会わせてほしいと頼むと、宮田君は目に薄っすらと涙を浮かべて喜んでくれた。
「そんな風に順ちゃんが、おふくろのこと心配しててくれて、俺……嬉しいわ。ありがとう」
どうやら、話を詳しく聞いてみたら…宮田くんも順子とデートが出来なくて色々と悩んでいたらしい。
「今日は、兄貴らとおふくろのことをどうするかの話し合いを病院で会ってするつもりやけど……俺はどうしても、もう少し目を覚ますのを待ちたいって思ってる。兄貴も兄貴の嫁さんも、もう諦めようって言うねんけど……俺はどうしても諦められへん!」
駅から病院へ向かうバスの中で、宮田君は自分の本心を熱く語っていた。
「身体が寝たきりでも、きっとお母さんの魂が見てるはずって光が言ってくれてん。光には見えるから、一緒にお母さんに会いに行こうってことになったんよ!」
「え!? それほんま?」
「大きな声では、言わんといてね」
私は、驚いている宮田君に顔を近付けて念を押しておいた。
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病院に着いて、正面玄関を入った所で夜刀の声が聞こえた。
「僕が結界を張って地縛霊たちには気付かれないようにしているからね。そのまま病室まで行って大丈夫だ」
私は心の中で夜刀にありがとうとお礼を言って、病室へ順子たちと向かった。
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病室へ入ると…宮田君のお兄さん夫婦がいたので、順子と一度廊下へ出て待つことにした。
結界は張られてはいるものの…嫌な感じはやっぱりする。
黒い影が幾つか見えるし、うめき声のようなものも聞こえる。宮田君のお母さんの病室の前にも、一つ影が佇んでいた。
宮田君のお母さんでは、無い…凄く嫌な感じがする。
しばらくして、宮田君が部屋からお兄さん夫婦と出て来た。
「おふくろに会ってやって、俺は少し下で兄貴らと外の空気吸ってもう少し話をしてくるから……」
宮田君はそう言って、私と順子を残して病室を出た。
病室へ入ると…順子はベットの横に座って、意識のないお母さんの手をギュッと握っていた。
「初めまして仲川順子です。優さんとお付き合いさせて頂いてます。未熟者ですが宜しくお願いします」
宮田君のお母さんに順子は、笑顔で挨拶をしていた。
病室は北向きの暗い部屋で、善くなりそうなものまで……逆に悪くなりそうな病室だった。しかも、この部屋には地縛霊が住み着いているようだった。
もしかしたら、あれのせいで意識が戻らないのかもしれないと思っていたら…頭の中で夜刀の声が聞こえた。
「光、宮田くんのお母さんを見つけたよ」
「ほんまに?」
「光が心配してるように……この部屋の地縛霊が原因で、身体に戻れないようだね。お母さんは、まだ魂と身体が繋がっているから戻れるはずだ。でも、早くしないと戻れなくなる」
夜刀の話を聞いて、私は少し考えてから順子に言った。
「順ちゃん、お母さんは…まだ生きてるみたいやわ。きっと、助けられるよ!」
そして…念の為に龍安師匠に連絡をして病院へ向かってもらうことにした。
「夜刀、結界を解いて! 地縛霊と話がしたいねん」
カバンの中から数珠を取り出して、私が叫ぶと…夜刀は結界を解いた。
大きく深呼吸をしてから、私はそこにいる地縛霊に語りかけた。
「私の声が聞こえますか? この白い光が見えますか?」
すると、病室の隅から黒い人の形をした影が呻き声を上げて姿を見せた。
これも長い間ここにいて、人の意識を失いかけてるみたいやから…このままでは、話は出来そうに無かった。
私は、この間…真澄さんに頂いた『浄めの塩』をカバンから取り出して、その黒い影を囲うように撒いて手を合わせた。
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すると……黒い影は、中学生位の女の子の姿に戻って立っていた。その横には、宮田君のお母さんも寄り添っていた。
「この子は悪くないんです。私が勝手にこの子が心配で、身体に戻らないだけです。信じて下さい!」
お母さんは、必死に彼女を庇っている。
「自宅で倒れて…気がついたら病院だったんですけど、身体から魂が出てしまっていて途方に暮れてたら、この子が来て「早く身体に戻れ」って言ってくれたんですけど……寂しそうなこの子を見たら、心配で身体に戻れずに…二年も経ってしまって、その間にこの子は口も聞けなくなってしまいました」
子供を持つ母親なだけに……そのまま彼女を放っておけなかったようだ。
「大丈夫です。別に彼女を祓う訳ではありません。彼女を私が向こう側へ渡れるようにします」
私がこれから始めることを説明をしていると……黙っていた彼女が話し出した。
「お母さんを身体に戻して下さい。早くしないと本当に戻れなくなる。この病院にいる地縛霊や浮遊霊を狙っている悪霊がいるんです」
確かに自分たちの力を増幅させるために悪霊は人の魂を喰らうと、師匠も言っていた。
「あなたは自殺したんやね。自殺したことを今は、悔いてますか?」
「はい。……凄く悔やんでいます。治療が辛くてこの部屋から飛び降りたんです。楽になれると思っていたので……でも、楽にはなれませんでした」
彼女は、正直に自殺した経緯を語ってくれた。とても治療が辛かったんやね。
でも、自殺は絶対アカン! 絶対アカンねん! もっと苦しむだけやねんから!
「これから私に憑依して、この経文を悔いる思いを全部込めて書き写して下さい。そうしたらお焚き上げをして、向こう側へあなたは渡れます」
彼女は私の言葉に頷いて、悔いる思いを込めて経文を書き留めていた。
そうしてる内に師匠が駆けつけて、病室に結界を張ってくれていたので…私の所へ地縛霊たちがなだれ込んでくることは何とか避けられたので、夜刀も私もホッとしていた。