間話、その夜の会話
グラスが黒の森を彷徨った日の夜。マリアが寝たのを確認したグラスは与えられた客室(もうグラスの自室だが)のベットに腰掛けた。そして耳につけているピアスの片方に触れる。
「我が呼び声に応え、起きるがいい。我が使い魔となりし者よ」
『んぁ?んー……おう、グラディスか。久しぶり……だよな?』
グラスがつけているピアスの片方の宝石の部分から若い男性の声が聞こえる。電話越しのようなその声は陽気で軽薄そうな印象を与える。
グラスの付けているイヤリングは通信機能を備えている。どんなに離れていても同じ端末を身につけている者同士なら会話可能という優れものだ。
「起きたか。ちなみに80年ぶりだな。貴様の声を聞くのも。もっともあの頃はそんなに軽そうな男の声には聞こえなかったがな」
『わぁ……。お前相変わらずというかむしろ悪化してんじゃねーか。その人間嫌い。んでもって40歳の頃と比べてんじゃねーよ。流石に変わるって』
グラスの通信相手の名はレイス・メイビアと言い、かつてグラスの一番信頼の置けた忠臣でもあった。
「私が言っているのは話し方もだ。もう少し威厳があっただろうが」
『無茶言いなさんな。こんな若い頃に戻って気分も戻ったんだよ。てかお前仮にも昔馴染兼悪友にむかってそれはねぇーよ』
「悪友ね……。まぁお前はある意味“悪”友だったな」
悪という文字を強調してグラスは言った。口調はどこか楽しげだ。
『うぐッ……。悪かったよ、あんときゃ。けどよ、お前にもその原因はあったんだぜ?』
「反省の色はなしか」
『へいへい。反省しておりますよ。で?俺を“起こした”理由は?何か困り事か?』
「ん?ああ、少し…な。お前、私の代わりをやれ」
『おいおい。今なんつった?代わりをやれとか聞こえたような。幻聴は辛いねぇ』
「ふざけるな。幻聴ではないぞ」
『えぇ!?なんでまた……』
「む。それは……だな」
グラスは今までに起きた事を簡単に話した。何故か召還された事、マリアの事、そしてしばらく帰れない事等を。流石に恥ずかしいところは飛ばしながら。こいつにマリアの言葉で泣いた事を知られたら死ねるとグラスは本気で思っている。
『ぷッ。おお前そんなちっちゃい子に召還されちゃったの?あはははは!ご愁傷さん!』
「首かっ飛ばれたいか?」
レイスの笑い声に苛立ちを覚えたグラスは淡々と無機質な声で告げた。何の感情もこもっていない声ほど恐ろしいものはない。
『スミマセン。そんなに怒らんといて。つーかお前その子になんて呼ばれてんの?皇帝陛下様はないんだろ?』
「当たり前だ。あの子は私の身分なんて知らないだろうな」
『じゃなんて?』
「…………グラスさん」
ポツリと聞き逃しそうな小さな声でグラスが呟いた。
『ぶ』
レイスは耐えた凄く耐えた。とても笑いたい。だって天下の、神様仏様グラディス様と言われるアイツが完全無欠超人が。しかも、グラスディスが無邪気に笑っているところなんて残念ながらレイスは見たことがなかった。それが「グラスさん」なる親しみを覚える呼び方で呼ばれていようとは。一瞬でも幼女と戯れて笑っているグラディスの図が脳内をよぎったのをレイスは心底恨みたくなった。首がさよならしてしまう。
「しかもマリアってなんでか愛しく感じるんだよな。娘がいたらこんな感じだろうか」
『ブフォ!?』
止めの一言。あ、駄目だ俺のライフはもうゼロだ。
レイスはそんな事を思いながら笑いを堪えた。よく耐えた、俺と自画自賛しながら。
グラスの実に幸せそうな声を聞きながらレイスは、
『お前、それ恋じゃね?』
「ば、馬鹿を申すな!?わ、私がいつ恋愛感情を語ったというのだ?!」
『ハイハイ、そういう事にしといてやんよ。んじゃお前の身代わりやっているわ』
「あ。おいッ!」
一方的にレイスの方が通信を切った。
「相変わらず人の話を最後まで聞かない奴だな。もう一つ頼み事があったというに。それにマリアの事は娘のようだと言っただけではないか」
元戦友の変わらぬ様子にグラスは苦笑を漏らす。それでも彼の変わらぬ様子にほんの少し嬉しく思ったのは内緒だ。レイスという人物は一見すると軽薄な人物に思われがちだがその実恐ろしく聡い人物だった。晩年の彼は皇帝の右腕として随分恐れられていたものだ。懐かしいなとグラスは淡い笑みを浮かべた。自分の不老不死がなければ彼とはずっと親友でいられたかもしれない。「悪友」と形容しなくとも。
「まぁ今更何を悔いても仕方がないか。それに“悪友”と“親友”に大差はないしな」
あくまでそれは一般的な解釈の意味で自分達が指している意味とは違う事を知っていた。
グラディスの昔を知る人物が登場しました。
グラディスの過去を少しずつ明らかに出来たらなと思います。