第5話「小さな愛らしい友人」
頂点に立つ者は大なり小なり孤独を抱えるものなのだと聞いた事がある。
それを聞いた時は納得したものだ。
過去に友と言える者達もいたが皆もう故人となっていた。
一人佇むソコは恐ろしく寒々しい場所なのを覚えている。
つい最近まで立っていたその場所が。
□□□
「グラスさん、おはようー!!」
「くッ?!」
ボスンッと勢い良くグラスの体の上にダイブしたのはマリアだった。元気よく飛びついた当人は至ってご機嫌だ。にへらと緩むその表情が憎らしいとグラスは思った。七歳の子供と侮る事なかれ。布団の上からとはいえ、あの遠慮なしのダイブは中々の威力だ。
「マリア」
「なぁに?グラスさん」
不機嫌丸出しのグラスの声にマリアは人懐っこい笑みを浮かべた。グラスはその笑みに毒気を抜かれた。馬鹿らしい。
「いいから、そこを退け。起きられん」
「えー!ぶーぶーだよ!」
いつまでも布団の上(グラスの上)でいるマリア。グラスはため息を付いてグイグイとマリアを押しのける。盛大なブーイングがマリアから聞こえたがグラスはそれをスルーする。
「全く、言うことを聞かない悪い子はこうだ」
「わふっ」
グラスは上半身を起こし、盛大なダイブをかましてくれたマリアの頭をわしゃわしゃと撫で回した。マリアはくすぐったそうに笑う。
随分懐いたなとグラスはマリアの頭を撫でながら思った。
しかし、皇帝としての彼の姿を知る者がここに居たならば口をそろえて言うだろう。「アンタ誰だ」と。グラスのデレは無意識に発動していた。ついでにマリアの前では威厳も崩壊している。
グラスが黒の森を彷徨った日の翌日。二人は急速に仲良くなっていた。傍から見たらずっと一緒に過ごしているかのように見えるだろう。
「マリア。随分起きるのが早いのだな?」
「えへへ~。グラスさんと学校かよえるのがうれしくって!」
いつもより早いんだ~と頬をピンクに染めはにかむマリアにグラスの頬は緩む。可愛い何だこの小動物。グラスは今まで味わった事のない衝動を堪える。
「ん?」
「?」
ちょっと待てよとグラスは小首を傾げる。それにつられてマリアも首を傾げる。
「学校……?え?一緒?」
「うん!わたし、召喚術学校にかよっているの。それで契約した召喚獣も一緒にかよえる校則があるんだよ」
「もう少し早く言って欲しかったな……!」
言うの忘れてたねと照れるマリアにグラスはそれ聞いていないぞと頭を抱えた。
「あとグラスさん。グラスさんの種族ってなぁに?エルフかな?」
「ああ、うん。ちょっと待とうか」
何処からともなく書類を取り出し話を進めるマリアにグラスは待ったをかけた。
「?」
不思議そうに見つめる無垢な瞳にグラスはこれからどうしようかと溜息を吐いた。
□□□
グラディスがマリアに完全にデレるまでの経緯は黒の森から帰ってきた所まで遡る。
「ほら、手と足出せ。手当をしてやる。あと消毒だな」
「う。痛いのはやだよー」
グラスのマリアに対する声は恥ずかしさからか冷たい。一方のマリアはグラスが家族になる宣言を聞いてからすっかり心を許していた。マリアの敬語も無くなっている。
「……それに懲りたらもう無茶はしない事だな」
「えー」
少しの罪悪感をにじませるグラスにマリアはぶーたれる。
「“えー”じゃない。まったく……。女の子がこんなに傷を作るものじゃないぞ。跡が残ったらどうする?嫁の貰い手に困るだろう?」
「ふふふ」
手際良くそして優しく手当をしていくグラスにマリアは笑みを浮かべる。不機嫌な声は低いものの、内容がマリアを心配したものだったからだ。マリアにとってくすぐったいような心地良い優しさは久しぶりだった。ああ、家族の優しさに似ている。マリアは心底安堵した。
「何故笑う?馬鹿にしているのか」
グラスは瞳に剣呑な光が宿る。マリアはにこやかに笑い、
「ちがうよ。グラスさんやさしいんだもの。うれしくって」
「優しいだと?冗談はよせ」
「やさしいよ。グラスさんは。わたしにとってもやさしくしてくれてるよ?」
「はあ?」
何言ってんだこいつと眉をしかめるグラスにマリアは増々笑みを深める。嬉しくってたまらない様子だ。
グラスにとって当たり前の事をしているだけだ。マリアの怪我だって元を辿れば黙ってバース邸を抜け出たグラスに責任がある。だから怪我の手当はするし、マリアを心配するのも当然なのだ。
「そもそも、簡単に他人を信用し過ぎだ。これが他の奴だったら、マリアは今頃無事じゃないだろうな」
「ほら」
不用心だとまた説教じみた事をいうグラスにマリアは指差す。
「は?」
「やさしいよ」
疑問符を浮かべるグラスにマリアはもう一回、
「そう言うのがやさしいって言うんだよ。だってやさしくなかったら注意なんてしないし、手当だってもっといい加減にやるもん」
言い聞かせるように語る。グラスのマリアに触れる手は丁寧で優しさに満ちていた。
思わず言葉を失うグラスにマリアは手を差し出した。
「グラスさんは信じられないんだね。じゃあさ、わたしと家族とともだち両方になろう?」
何を信じられないのか?なんで家族と友達なのか?色々と聞きたいことはあったけれども。
「なんで……友達なんだ?」
とりあえず一番突拍子もない事をグラスは質問した。
「だってともだちだったら教えられるもん。グラスさんがどれだけやさしいのかとか。グラスさんの良い所もたくさん見つけられるし」
見つけたらグラスさんに教えるね!マリアは満面の笑みをグラスに向けた。
「ッ!?」
グラスは確かにこの時、何かに心臓を撃ち抜かれた音を聞いた。只の幻聴かもしれないが。グラスは気がついたらマリアの差し出した手を握っていた。
「……よろしく。私の小さな愛らしい友人よ」
グラスは泣き笑いの表情で言葉を紡いだ。マリアは花の咲いたような笑みで頷いた。
『ともだち』という繋がりを得た二人。
これからグラスさんのマリアへのデレが加速します(笑)