第2話「初めましては自己紹介を」
召喚獣。召喚獣とは召喚された者の総称だ。人の姿をしていようとも「召喚獣」と呼ばれている。これは最初に召喚された生物が獣の姿をしていた事からそう呼ばれている。
今己がその立場になっているという笑えない状況に皇帝と呼ばれていた青年はため息をこぼす。自分の目の前にちょこんと正座している少女の存在もため息に拍車をかけた。
「あの……、えっと」
目の前の少女の声に青年はうろんげな視線を投げかける。少女にとってその視線は鋭かったのかビクッと体を揺らした。
そもそも青年にとって少女の言葉の意味は届かないのだ。世界というよりは国が違うことによる言語の違いである。厄介だなと青年は知らず眉を顰めた。何処の国の言葉だったか、と遠い記憶を手繰り寄せるも思い出せない。
不機嫌な様子の青年の険悪な雰囲気に少女は思わず泣きそうになった。
「くじけるな、わたし」
と自分を励まし、グッとスカートの裾を握る。少し汗ばんでいるのは緊張しすぎているせいか、この威圧感のせいかは難しいところだ。
「あの。わたしと契約をしてくれませんか?」
自分を見る鋭い金緑の光に少女は挫けそうになるが、めげずに語りかける。もちろん彼に言葉が通じてないだなんて欠片も思わなかった。
『契約、と言ったのだろうか?』
ポツリと青年は少女には分からない自国の言葉で呟く。そして少し考える仕草をしてから、こくりと頷く。
とたんに少女はぱぁと嬉しそうな顔をする。
差し出された少女の手を青年はそっと握る。小さなその手は青年の手にすっぽりと収まった。
「今ここに盟友の絆を結ぼう。姿が違おうとも、言葉が違おうとも、世界が違おうともここに誓う。共に助け合うことを誓おう」
少女は青年を召喚した時のような何かに捧げる歌のように歌い上げた。きっと、この少女は自分の言った言葉の意味を深く理解はしていないだろう。青年はその思考に苦笑した。
『誓う。我らの絆に祝福あれ』
静かに告げる青年の声に少女は微笑む。繋がれた手の温かさに、声の優しさに顔が綻ぶのを止められない。
ふと青年の方を見ると胸元に手を当て少し苦い顔した。鎖骨の真ん中の少し下に当てたその手の下から青い光が零れている。しばらくするとその光も止んだが、彼はそこに当てた手を退かさずに法衣を握る。ほぅと溜めていた息を吐き出す。
「とりあえず、契約は済んだ訳か。さて、お前は……」
「はい!これからよろしくおねがいします。とりあえず自己紹介をしませんか?」
「は?」
にっこりと嬉しそうに言った少女の言葉に間の抜けた声が漏れてしまったのは致し方のない事だとおもう。言外に、「私の名前はお前などではない」と言われた気がしたがそれは青年の気のせいだろう。
「わたしの名前はマリアです! マリア・バースと言いますっ!」
元気一杯な様子の少女、マリアに青年は観念したかのように目を伏せ、
「グラディス・W・ヴァレス・ウェルティだ。長いからグラディスだけ覚えていればそれでいい」
「え?ぐらでぃすさんっていうんですか?」
「頭の悪そうな発音だな」
滑舌が悪いのかとグラディスが鼻で笑う。なんか態度がわるいですねとマリアはふてくされる。
「だって舌かみそうな名前なんだもの」
「だったら好きに呼べ」
ばつが悪そうにぼそぼそと喋るマリアにグラディスは興味がなさそうに提案する。
「うーん……。ぐら……す、うん。グラスさんでどうでしょう?」
「はぁ……。そんな変な略され方をされねばならないのか」
特大のため息を吐くグラディスにマリアは、
「むぅ……。不満があるなら自分で考えればいいじゃないですかぁ」
頬を膨らませて不満を露わにする。マリアの膨らんだ頬を無意識にグラディスは突付く。マリアはますます不貞腐れてむむぅとうなる。何故だか可笑しくて笑えた。もちろん、心の中でだが。
「まぁ、そう不貞腐れるな。“グラス”と呼んでも別にいい」
「え? 本当?」
さっきの不機嫌は何処へやら嬉しさ全開の笑みを浮かべるマリアの笑みにグラスはただ目を細め口元に微かな笑みを浮かべた。
□□□
「で?」
「で? って?」
自分の問いかけにこてりと首を傾げるマリアにグラスはすぐさま故郷へ帰りたくなった。無論、無理だが。この少女、見た目小動物のようにか弱そうなのに意外と大物なのかもしれない。
「何で人の法衣の裾を握っているんだ?」
さっさと放せ、とマリアの手を解きにかかる。
「うん……。ただ、グラスさんのコレ、スカートなのかなと」
「はぁ?」
マリアはコレと言いながら法衣の裾を引っ張る。捲ろうとするその手の動きをグラスは阻止した。前言撤回、これは大物なんて大層なものじゃない。ただの馬鹿だ。それも特大級の。
「誰がスカートなぞ穿くか。馬鹿者。これは法衣と言って中々高性能な衣服なのだぞ。それにちゃんと下は穿いている」
「だれがばかですかだれが。ってこうせいのう?」
ちゃんと下は穿いていると説明するグラスの言葉でマリアはまた掴んでいた法衣の裾を捲ろうとする。グラスの片手がぺしりとその手を軽くはたく。
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。で、この法衣はそれぞれの布に意味が込められている」
「いみ、ですか?」
「そう。“神の加護”、“神の祝福”、“神の奇跡”とな」
法衣に青やら金やらで刺繍されている模様達を指で指し示しながらグラスは説明する。
「神様づくしですねぇ」
「あぁ。だって私は」
一拍の間を開け、グラスは自嘲の笑みを浮かべた。
「“神の傀儡”らしいからな」
そう苦い笑みと共に言った彼の言葉の意味は正直分からなかったけれども。
「もう一つ、しつもんいいですか」
「ん?」
「どうして握りっぱなしなんですか?」
それ、とマリアはグラスの胸元にある法衣を握る手を指差した。心配そうな笑みと共に告げられた言葉にグラスは苦笑を禁じえない。馬鹿なのか聡いのかよく分からない子供だ。とても侮れたものじゃない。
そろそろ限界も近い。じくじくと痛むそれは熱を持ちグラスの意識を蝕む。痛みは鋭く淡く輝く契約印に置く手も微かに震える。
「ああ……。やはり無理があった……な」
ふ、ふふ……と掠れた笑い声とともにグラスの体がマリアの方へ傾く。無理が過ぎるとテンションが高くなるのか、とどこかで冷静な自分の声をグラスは聞いた気がした。
どさりという音が再び使われなくなって久しい客室に響き、同時にマリアの「にゃぁああ!?」と間の抜けた情けない声が静かな黒き森に響いたのだった。
マリアはグラスの体の重さに耐え切れずにそのまま後ろに倒れたのだが、潰れそうになったので思わず悲鳴をあげた。グラスはその悲鳴にマリアが潰れる前にマリアの位置をずらす。そのまま落ちるように眠るグラスの優しいぬくもりに寄り添いマリアは頬が緩むのを止められなかった。
二話目です。意味不明と思えるかもしれないですね。マリアの家族は召喚長の叔母だけです。マリアの叔母さんは偉い人なので多忙です。だからあまり家にいません。マリアがグラスさんに心がノーガードなのは彼がずっと一緒にいられる人って思っているからかもですね。
あれ?思ったよりシリアス……?あれ??