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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

elementer(仮)

作者: haruki.i


これは小説というよりは訳あってマンガを描くこととなったためにその原作として書いたものです。

なのでいつもよりかなり読みにくいです。


一応、知り合いの文字書きに添削はしてもらいました。

がまだまだ甘い部分があります。

絵としてできたときには、希望があればお知らせさせていただきます。



頑張って書きはしましたので、

期待しないで読んでやってください

よろしくお願いします


────西暦xxxx年。現世。




「はぁ…はぁ」

切羽詰まるような息遣い。

ニット帽を深く被り軽装な青年は狭く暗い路地裏を駆け抜けていた。


「この……っ」

「弱いくせに逃げ足だけは速いな」


その後を学制服を身に纏う少年が追いかける。息も絶え絶えな少年の言葉を代弁するかのようにベストの胸ポケットから小さな声が付け足すかの如く聞こえてきた。ちょこんと見せる頭はかなり小さく手のひらに収まるくらいだった。


「くっ、しつこいな、くそ!」


いつまでも執拗に追いかけてくる少年に─小さな存在には気付いていない─ニット帽の青年は舌打ちをした後、叫ぶように怒鳴れば向きを変えると少年に向かって突進をする。手にはいつの間に出したのだろうか、カッターナイフが握られていた。刃は半分くらい出されてるように見える。


「うわ、危なっ」

「幼稚な手だな」


少年はカッターナイフを上手く流し手首を掴めば反らすように曲げてさらに斜めへ捻るようにひねりあげた。それと同時に青年は声にならない叫び声をあげて地へと伏せる。

どさっ。鈍い音がこだました。逃げたしぶとさの割には余りの呆気無さに小さな存在はため息を吐く。つまらないとでも言うかのように。

少年はしゃがみこめば青年の身体を見つめる。何かを探しているようだ。


「ディーネ、こいつの<回収>はどれなんだ?」

「チョッカーだ。まだ<同化>してないから普通に取れると思うぞ」

「チョッカー…チョッカー、よし取った」


首にぴたりと密着したチョッカーを外せば少年は鏡を取りだした。何もへんてつないように見える、普通の安物な折り畳み式の鏡。

しかしその鏡にはペンタグラムの軸で構成された紋章が描かれていた。曇りのない鏡に浮かべられた青い筆記。はみ出しながらもチョッカーをそこに乗せる。


「やれ、亮介」

「人使いが荒いんだから、もう」


少年は鏡の上に手を掲げ大きく、ではなかったが静かに口を開いた。


「"隠世に生きる者よ。汝の場所は現世には在らず。さ迷い果て塵と化する前にあるべき姿に戻りあるべき場所にへと還りたまへ。開け、繋ぎの扉よ。隠世に生きる者を正しき所に誘え"!」


鏡の紋章は彼…亮介と呼ばれた少年の言葉に反応し眩い光を放てばチョッカーは引き込まれるようにへと消えた。

光が消えチョッカーが消えたのを再度確認すればポケットにへと鏡を押し込む。あまりにもの無造作にディーネと呼ばれた小さき物体はまた小さく息を吐いた。とても少年の耳には入らないような小さい声で。


「こんなところかな」

「お前にしては上出来だ。悪人から無事に<回収>できたしな」

「何もしてないくせに偉そうだな」

「お前、やめほっぺだけはひっひゃるにゃぁ(引っ張るな)」


胸ポケットからディーネと呼んだ小さい体を取り出しうにーと頬を摘まんで引っ張った。あまり延びないようだ。

うにうにと弄りたおしていたが、飽きたのか満足したのかその手を離しまた胸ポケットへと彼をしまう。


「さ、帰ろっか、ディーネ」

「ん。今日の晩御飯も期待してるぞ」

「あはは、一応頑張るよ」


──この世は二つ存在する。

一つは動植物が生存する世界、現世(ウツシヨ)

もう一つは精霊や悪魔が生存する世界、隠世(カクシヨ)

普通ならお互いに干渉は来さない。

しかし現世の生物は隠世の住人に力を借りて生きるものもいた。

能力を借りるもの。

即ち、契約をし、<同化>をして全てを借りるもの。

これら力を得ているもののことを、契約者(エレメンタラー)という。



───隠世の住人は現世では仮の姿をしている。たとえばその首から引っかけられた指輪だ。お前が見えてるこの俺は普通の人間には見えない。契約者は別だがな。だから人前では俺に話しかけない方がいい。話しをするなら頭の中でだ。変な目で見られるぞ。いや、元から見られてるか。

───うるさい!余計なお世話だ!!


「(…普通、か…)」


ディーネと契約当初に交わした言葉。それを学校の下駄箱で思い出していた。

自分のところを開け取り出し自分の靴を入れた。スリッパのそれを履いてパタンと閉める。足の幅によってベルトの調節ができる少し便利なタイプのようだ。


「(ディーネといる俺は普通には戻れない…)」


うつむいていた顔を上げれば、二人の男女が視界に入った。誰かと見れば、女子の方ならすぐにわかったが男子は思い出す前に少女と別れてしまった。廊下にこだまして聞こえてくる会話。


「じゃあね、深雪さん。また帰りに」

「…うん」


女子の名は一之瀬深雪。

同じクラスの女子だ。顔は整っており少し茶色がかった黒髪は右斜め下に結われていた。隣の男子は…誰だったかわからない。


しばらく身を隠すようにその場で立ち止まり、だいぶ間を空けて亮介は歩き出した。


「………」


その間にもディーネはポケットの中で眠っていた。寝顔はとても可愛いのに、寝顔は。

五分は経ったか。

始業にはだいぶ時間があるからなのか生徒はほとんど校舎にはいない。そんな静かな廊下を反響してくる音の元である教室の扉を開けた。朝早くから騒がしいのが、自分の教室だ。


「おいブス!!こっち見んな!!」

「あははははほんと醜いな」

「おいもっとやれってっ」


そのクラスは相変わらずだった。

幾人のも暇人がクラスメートを苛める日常。数人で取り囲まれた輪の中には今日も変わらずその標的である一之瀬深雪がいた。顔は悪くない。整っている。だけど地味で喋らない空気みたいな存在の亮介よりも根倉なことからこうして毎朝苛められている。

「(おい、亮介)」

「(…わかってる、けど)」


ディーネに咎められても亮介は助けようとはしなかった。

助けたかった。

だけど、以前に止めに入ろうとしたところでやり返されてしまった。所詮は弱い存在なのだ、彼は。それを知っているディーネは二度はしない。

ただ、輪を見つめて座った。


『………許さない』


「(!…今のは)」


「ギャハハハハ!!きったねぇ、拭いてきれいにしてやろうぜ」


何か聞こえた気がした、とばかりにディーネは瞳を開けた。が、何もなく首を傾げる。その僅かな時間でも苛めは活発していく。

一人の言葉に図ったようにふたつモップを持ってこれば用意されたバケツに浸した。そのまま塗りつけるように、広げるように擦り付ける。汚れたバケツの水を振りかけられた。当たり前の、光景。当たり前になってはいけない光景。

少女はなすがままだった。抵抗一つ見えない、乱暴に扱われる玩具のようにひたすら時が過ぎるのを待っているようだ。

ただ、その瞳は、生きていた。

その真っ直ぐな瞳を、亮介は見てしまう。


「(駄目だ、やっぱり俺…)」

「(待て、亮介。何か嫌な──)」


『……こんな奴ら、死んでしまえばいい』


「(!)」


それは、一瞬だったかもしれない。ディーネは先程よりも強く声を感じた。亮介には何も聞こえなかったし見えなかった早すぎたのだ。ただ亮介には僅かで1秒にも満たない時間が止まって見えた。止まった中で悪寒を感じたような気がする。何か光った訳でも風が起きたわけでもない。たった、一瞬。何かが起きたような気がした。

そして何かが起きたあとが、朝の鐘の音と共に彼の頭の中へと理解・処理する間もなく入ってきた。


「………え」

「……」

「……っ…」


喧しい声が止んだ。

声だけではない、動きも、思考も、呼吸さえも、止んでいた。

そうして訪れた静寂に抜けた声と音に鳴らない声が響いた。

静かになった理由、それは一之瀬深雪を苛めていた奴らが全員、その床へと伏せていたのだ。

一之瀬は動かない彼らを見て、不審と怯えた色を称えた瞳で見つめている。

ガタッと立ち上がり手近な生徒の脈にへと触れた。脈無し。

気のせいだ、と仰向けに返せばその顔に後退りかけた。白目を向き口は開き鼻やその口からは汁が出ている。その白目はあまり見なかった─見る気も到底無い─一部赤く血走っていた。苦しんだのたろう。胸に手を当てた。鼓動は感じられなかった。

救えないくらいの早さの死。何が起きたのか、何もわからない。わからなかった。


「──…っ!!」


一之瀬がいきなり立ち上がり、怯えた顔が恐怖…死への恐怖を思わせる顔付きのまま走っていった。

止めようとする間もなく教室から姿が消える。


「…亮介、あいつを追え」

「え…一之瀬を…?」

「…何か怪しい…しかも僅かに同胞の臭いがした」

「同胞って…どっちにしろ早く追わないと!」


生きた者はいないので、音として聞こえてきたディーネの声に亮介は追いかけるために慌ててよろめきながら立ち上がった。


廊下を飛び出たが、彼女の影はもう見えない。階段のある左、下駄箱と別の階段がある右。どちらにしようか迷い、とりあえず左に曲がろうと駆け出した数秒後に何かとぶつかった。

どん、と鈍い音が響く。


「いってぇ…」

「ぅ…」

「あ、ごめん、大丈夫か?」

「こちらこそ、よそ見をしていて…すいません」

「(……はぁ)」


ぶつかったのはどうやら男子のようで相手はすぐ起き上がれば、ぶつかった自分を引き上げてくれた。物腰も口調も柔らかい。服装はだいぶ砕けているが、それ以外は真面目に見える。よく見れば先程一之瀬と一緒にいた人物のようだ。声も同じである。


「どうしたんですか?」

「あ、いや…クラスメートの一之瀬深雪が教室飛び出しちゃって、追いかけようと……どこにいるかわかんねぇ?」

「深雪さんですか?…木々や草が好きな人ですから、校舎裏にいるかもしれませんね」

「そっか、サンキュ!」


話もそこそこに軽く例を言えば階段をかけ降りようとそこを走る。

一階なら、と窓を開ければ飛び降りた。かさついた落ち葉の小さな音と土の音が混じる。

辺りを見渡したが何もいないように感じられた。


「いない…じゃんか」

「いや……移動したな」

「移動した?」

「…お前がモタモタするから」

「はぁ?人の胸ポケットで楽しといて、何文句つけてんだよ」

「ふぁふぁら、ひっふぁるにゃっ(だから、引っ張るなっ)」


小さいからだの襟を摘まめば、その頬に手をかけ限界まで伸ばす。

餅のようによく伸びる頬だ。


「とりあえず、戻るか」

「ついでに、先生も呼ばねぇとな。何て言えばいいんだろ…」

「正直に、いきなり死んだと───亮介!」

ディーネは何かを感じたのは素早く名を叫んだ。その声に亮介は驚きながらも本能で右にへと飛んだ。すればドスドスと鉄棒が空から降ってきた。


「な、何だ!?」

「鉄棒…だな」

「それはわかるよ!つか、なんかまだ降ってくる!?」


よく見えないが、鉄棒の後を追うように何かが降ってくる影が見えた。逃げるようにして素早く避けようとしたが足を上手く動かずに転んでしまった。その真後ろに拳が叩きつけられる。マント、で身を包んでいるせいでどんなものかわからないが、人ではあるようだった。人型という括りのがいいかもしれないが。


「…主人の邪魔はさせない」

「主人、って…」

「バカ、さっさと逃げろっ」

「あ、あぁ!」


マントの人型は拳を握りこめば突き出してくる。亮介は手近にあった枝を手に取れば空を裂くように振り回した。相手が怯んだ隙に元来た道を戻る。

後ろを見た。音は聞こえる。でもまだ姿は見えない。出てきた窓へと飛び込めば、ピシャリと閉めて息を殺した。


「な、なんだったんだ…」

「…さぁな」

「まさか、隠世の住人……だったりして…はは」


「あ、いたっ。探しましたよ」

「! あれ、さっきの…」

滝沢哲(タキザワテツ)と言います。深雪さんには会えましたか?」

「あ、俺は久木内亮介(クギウチリョウスケ)。いや…会えなかった」

「そうですか……それはそうと、今日の授業は中止だそうです。すいません、その…勝手に教室を覗いて先生達に知らさせていただきました」

「中止…そっか、普通そうだよな…」


あの惨状を、ワンシーンだけ過らせてしまう。自分が触れた生徒の顔を思い出して亮介は眉をしかめ、あの異常な光景にやはり滝沢も口を押さえていた。


「…あの。何故深雪さんを追いかけているのですか?」

「……あんたには悪いが…単刀直入に言う。俺は一之瀬が犯人だと疑っている」

「深雪さんが…? まさか! あの彼女がここまでやるなんて……きっと彼らには罰が下ったのですよ」

「罰?………おい、お前…本気で言ってんのか?」

「えぇ」

「…っ…ざけんな!人の死を"罰"とか何かで簡単に片付けんな!」

「!?」


亮介は怒声を上げ、階段の段差により上にいる滝沢の胸ぐらを掴めば低い声で言葉を絞り出す。


「いいか…どんな理由でも殺していい訳がねぇんだ。それが、理に外れた能力なら尚更な」

「理に外れた能力…?」

「あ、いや…なんでもない。ごめん…」

「……いえ、僕の方こそ。事情はよく分かりませんが、良かったら僕も深雪さんを探しましょうか?」

「マジ?それは助かるよ」

「えぇ、僕は下の方を探してみます。彼女のことは僕が一番わかっているつもりですから」


擦れ違う形で別れ、その姿を見送れば亮介は階段を登っていった。


「理に外れた能力で、か……さっきのも含め、お前にしてはよく言った」

「そうやって前にお前が教えてくれたからな。きっとお前ならこう言うんだろうなって」

「…!」

「…"隠世の住人の能力を悪用してる奴から能力を<回収>する"……なんか、ようやくその大事さがわかったような気がする」

「…今頃にか、ほんと馬鹿だな」

「何を!」


呆れた声ながら、ディーネは僅かに微笑んだ。

亮介も言葉こそ怒っていたが本心は怒っていなかった。とはいえ、馬鹿にされたことはムカついたのでまたもや頬を伸ばした。むにむにむにー。みょーん。ぐにゅー。

しばらく引っ張られたあと、解放され頬を擦りながらキッと亮介を睨み付けた。正直、怖くないのでそのままスルーをする。

階段を上がり各階を軽く見て、人気が無いのを感じてまた上がっていく。

下駄箱から遠いせいなのか生徒がまだ登校時間に余裕がありすぎるからなのか、すれ違う人は相変わらずいなかった。

そうこうしない内に残るは最後の一つ、屋上にへと続く扉の前に立つ。そのポケットとベルトに仕込んであったものを握った。上からの感触を確める。


ドアノブを回し、ゴクリと唾を飲みながら扉を開ける。キィと小さな音が耳に入った。


……誰もいない。

そのまま足を進めていく。屋上にはいないだろうと思いつつもつい警戒心をあらわにしてしまう。

亮介のいつまで経っても変わらぬ怯えっぷりにディーネはため息をついた。といってもポケットの中に居たためバレはしなかったが。


屋上には安全のためフェンスが張ってある。

そこへと近付いていき怪しい人影や何か手がかりを探すように見下ろした。目を凝らすが外にはもういないのだろうか、なかなか見当たらない。


「…もしかして、別の校舎に逃げられた?」

「可能性もあるな」

「はぁ、マジかよ…勘弁してくれよな」

「!…亮介っ」


フェンスを掴みうなだれている亮介の名を、ウンディーネは叫んだ。

その声に被さるようにガシャンっという音と何か物体が彼を掠める。辛うじて避ければよろめきながらもその何かが確認できるくらいには間を取った。

その物体は人の拳に見える。拳の主を目で追っていけば、少し、いやだいぶ変わった服装に目を見開いた。

いや服装どころの話ではない。

それは人の形はあったものの何もわからない…灰色以外の色は無かった。体勢を立て直しながらそばにある進入禁止のコーンからその危険カラーの棒を取れば素人な動作でそれに向かって降り下ろした。しかし、煙を断ち切るくらいの手応えしかない。裂かれたその物体は、ふわりと風に飛ばされるように消滅した。

だが今度はおかしなうめき声と共に殺気じみた妙な気配を感じ、別の方向へと跳ぶ。

見れば人のようだ。それどころか見覚えのある顔だった。


「な…んで、さっき…死んだ……」

「…操られているようだな」


先程、一之瀬を苛め、何かわからない内に死んだ奴ら、3〜4人が並んでいた。表情はあのときのまま。思わず口を押さえる。

ゆっくりだった足はいきなり瞬発を見せ、間一髪で亮介は避けた。

ウンディーネもこの状況に舌打ちをする。

繰り返される攻防。だが、少しずつ防戦一方となっていく。仲間討ちを狙って避けてもなかなか倒れなかった。


だが、彼らの動きがいきなり鈍くなった。まるで身体が動かない、とばかりに。


「…死んだ身体を無理矢理動かして、筋肉が悲鳴を上げたんだろうな」

「…死んだ人間を何だと思って──…あれ?」

「どうした」

「仮に、あくまで仮にだ。一之瀬が能力を借りてあいつらを殺したとしても操ると思うか?」

「…複数犯とでも言うのか」

「その可能性はあると思うんだ」

「…俺は殺すことに疑問を感じる」

「何でだ?」

「お前、見たろあの瞳。あんな"見返す"とか"負けない"と思っている奴が殺しなんてしないで正々堂々といきそうじゃないか?」

「……確かに」


鈍くなっても相変わらず襲ってくる操られた死体。避けて防御してまた避けて。攻撃する暇が正直ない。

棒をぶつけてもあまり飛ばせず、すぐに這い上がってる様子に疲労が重なっていくのがわかった。

仕方ない、とばかりに棒を持ち直せば顎を思い切り打ち付ける。

激しい音が響いた。


ようやく倒れた死体達に、息切れをしながら目をやる。

だが休む間もなくまた何かに襲われた。

持っていた棒でそれを防いで正体を確認すれば目を見開く。

先程自分を襲ってきた、マントの人型だった。

素早く、裂くくらいの力で横に振るったがマントしか剥げなかった。


「お前、さっきの…てか牛!?翼!?何あれ!!」

「落ち着け」

「………」

「いや、でも…」

「主人の邪魔はさせない」


亮介が言い訳の言葉を紡ぐ前にそのマント…だった男がまたもや襲ってきた。ディーネと同じくあまり喋らないタイプのようだ。

先程と同様に握られた拳が突きだされ、無意識に棒で防ぐ。が、限界だったのだろうか。無惨にも欠片を飛び散らしながらそれは砕けた。


「嘘!?」

「…亮介、もう使え」

「了解っ」


繰り出される拳を避けながらベルトの辺りを探る。あった。掴んで引き抜いたのは、白いタイプの拳銃。名前があるようなものではない。拳銃のような形を作っているだけなのだ。

それを男に向けて撃つ。一塊で出たのは水の塊で、かなりの威力があったのかその足を止めた。


「よっしゃ!」

「馬鹿、油断するな」

「……っ」

「その小さな彼の言う通りですよ」

「!」

「まさか君が<契約者>だったとは…誤算です」

「扉だ、亮介」


ぱっと扉を見やればその柱に体を預けて佇む人間がいた。

白いパーカーに制服という。砕けた着こなしとは反対の柔らかい口調。亮介よりは艶のある黒髪に細いフレーム。その全てに見覚えがあった。


「滝…沢…」

「……申し訳ない、主人」

「気にする必要はありません、ウトゥック。僕も、読み違えましたから」

「もしかして、お前…」

「えぇ、僕も君と同じ<契約者>。そして……あそこに転がる彼らを殺したのも、です」

「………何で殺した」

「殺されて当然でしょう。苛める方が悪いんですから」

「……っ」

「これは戒め。そして彼らに対する罰でもある」

「……」

「ふざ、けんな…」

「は?」

「ふざけんなっつってんだよ!何が戒めだ、何が罰だ。そんな理由で人を殺してんじゃねぇよ!」

「…何怒っているんですか。僕は、彼女の為に正しいことをしたまでです。もちろん、心配をかけたくはないので一言も話していませんがね」

「…一之瀬が殺るならまだわかる。だけど、頼まれてもねぇのに、お前が殺して良いわけないだろ!!!」


吼えた。虚勢ではなく、身勝手さに対する怒りを亮介は吐き出す。握った拳が震えた。銃もミシリ、と歪な音を立てた。ポケットの中に潜むディーネはただただ目を閉じたまま。

それを気にせず─否、気付かなかったのかもしれない─滝沢は亮介を見つめる。そしてゆっくりとその手を宙に翳した。


「君に何を言われようと、僕は正しい」


声を合図に、影のようにひっそりと、亮介の背後に何か──ではなくウトゥックが忍び寄る。


「正しいことしかしていない…!」


その広げられた手を強く強く握りしめた。それと同時に背後のそれは亮介の頭目掛け握り合わせた両手を降り下ろす。

しかし亮介は落ちていた棒を拾い構え直せば背後からの拳をそれで防いだ。

それと同時に一気に弾き返す。

拳の主は後ろに飛べばその威力を殺し、且つ亮介と距離を取った。


「!」

「…またもや申し訳ない」

「防がれたものは仕方ありませんよ、ウトゥック」

「…ウトゥック…?」

「ウトゥック。<契約者>としてのパートナーです。苦痛を招く能力を持っています…素晴らしいと思いませんか?」

「…あいつは妖精とも悪魔とも言われるやつだ、気をつけろ」

「気をつけるも何も、無茶苦茶厄介な能力抱えてんじゃんあいつ!<回収>する自信ねぇよ正直!!」


語尾の辺りで、突進してきたウトゥックの拳を再び交わしながら亮介は叫んだ。ディーネの忠告に今にも泣き出しそうな声色を吐き出す。

本来の用途が侵入防止用だったそれとは違い、ただの廃材でしかないそれは脆く見えた。拳を防ぐ度にみしり、またみしりと音を立てる。廃材を振りかぶって打ち当てたが腕によって防がれてしまった。それだけではなくまたもや欠片を散らしながら砕けた。

亮介はまた銃を手にして撃つが所詮は水。妖精であり悪魔とも呼ばれるなら銀弾なら有効だったのだろうか。

後悔をしながら撃ち続けた。怯むのは一瞬だけ。拳どころか蹴りまで出されるようになった。拳は避けれても蹴りには反応が鈍く腰に入ってしまった。勢いよくフェンスにとぶつかる。

ガシャッ

金属音を側に聞きながら噎せた。

飛んでくる何かを察して身を屈める。直ぐ様低い体勢のまま横に転がった。少し掠ったか。

見ればウトゥックの拳が自分の頭があったところに突き刺さっている。

抜いてる隙を狙って引き金を引いた。出ない。焦らず水のボトルを取りだし給水しようとした。だが察したウトゥックはそれん蹴り飛ばし亮介の頭をも蹴った。

ゴロゴロと身体が転がる。

蓋の開いたままのボトルから水が溢れていく。それから小さな小さな水溜まりが作られた。それを視界の端で捉える。そんな亮介の体力はかなり消耗していた。

抵抗もだんだんと出来なくなっている。頭からも血が出ているのか、汗なのか何か伝ってくる感触がして腕で拭う。血だ。

それ以外にも所々、自身の血によって服が赤く染まっている。土汚れも酷い。ぼろぼろなのが手に取るようにわかった。手から水が入っていた銃がカランと乾いた音を立てて地に落ちる。もう中には数滴の水しかなかった。

撃ち出せるような量はもうない。

対するウトゥックは傷ひとつ、は大袈裟だが亮介と比べて大きな怪我が見えない。もはや、かやの外と化している滝沢は勝利を確信した笑みを浮かべた。


「諦めるのも立派な選択肢の一つですよ。どのみち君が死ぬことには代わりありませんが」

「……」

「(……亮介…)」

「…俺は、いじめの苦、しみなんて、知らない……いじめられてる奴、を見て、見ぬふりまでした…」

「…そうですね。だから、知らないふりをした君も含めそのクラスを全員殺す予定です」

「だけど、どんなに復讐だからって、殺していいわけないだろ!お前は、命を何だと思ってるんだ!?」


震える足を無理矢理に立たせ。ずび、と鼻をすすり叫んだ彼から涙が出ていた。一体、その脳内には何を浮かべていたのだろうか。

亮介の幼い頃を知っているディーネは俯いた。亮介には両親はいない。今は親戚の叔父に預かってもらっているのだ。両親を亡くしたと同時にディーネと契約を交わしたから、彼はその過去を知っている。俯いて、ニヤリと不適に笑った。


「気に入ったぞ、その言葉。久しぶりに力を貸してやる」

「…青色…?」

「! あれは…」


ディーネはポケットから出てこれば地にへと下りる。属性を表すようなその色を見て滝沢は目を細める。ディーネの合図に亮介は例の鏡を取り出せば垂れていく自分の血を塗りつけた。その上にこぼれ落ちてしまっていた銃を拾い上げそれから残りの数滴の水をかける。慣れた手付きに滝沢はただただ見ていた。

ウトゥックはその様子に構えを解かないで臨戦態勢を保つ。

整わない息使いのまま、封印解除、と声を出す。その瞬間、眩い光と風がディーネを中心に起きた。

ふわり、と風が止めばそこには青年が佇んでいた。それはたった一瞬の間の出来事。

何とか両足で体を支えていた亮介だったがもう体力の限界なのか、膝が崩れコンクリートへと落ちた。いや、落ちそうになった。腕を引かれ落ちかけた体は青年のそれとぶつかり、受け止められる。


「世話の焼ける奴だ」

「ごめん、ディーネ」

亮介をゆっくりと座らせれば、ディーネは前へと向き直った。亮介と同じネックレスのリングが鈍く輝く。腕組みが余裕を表していた。不敵な笑みは崩さない。


「…本来の姿はそれですか…」

「……主人」

「でも、僕達の敵ではない…やりなさい」


動揺はしたものの、落ち着きを取り戻せば、滝沢は腕を横へと払った。ウトゥックはその言葉に素早く動き出せば拳をつき出そうと身をわずかに引く。しかし、ディーネは相変わらずな笑みを崩さないまま、パチンと心地好い音で指を鳴らした。それと同時に亮介がウトゥック相手に足掻いた際、撃ち出し地へと落ちた水から剣のような物が生まれ、ウトゥックの拳を防ぐ。

低く体勢を立て直しながらウトゥックは渋い顔で彼の顔を見た。

滝沢も唖然と光景を見る。


「水…の妖精…?」

「ウトゥックは手で触れた物に苦痛を与える…なら触れさえしなきゃいいってな」

「…貴様…っ」


ウトゥックは廃品を手に取れば思い切り投げた。そのすぐ後ろにつき走る。ディーネは剣で切り裂けばウトゥックからわずかな死角を作り背後に回って裂いた。

しかし翼のあるウトゥックは宙に飛んでそれをかわす。

裂いたり蹴られたり。かすったり一蹴を浴びせたり。似たような攻防を繰り返しているがやはりディーネは意地の悪い笑みを浮かべていた。


劣勢を感じ取ったのか、滝沢には冷や汗が見える。

バシャバシャとあの水溜まりにウトゥックが踏み込んだ。それを待っていたとばかりにウンディーネはまた指を鳴らした。ほんの一瞬、亮介の持つ鏡と同じペンタグラムの紋章が現れれば水溜まりから水柱が立った。逃げる間もなくウトゥックは閉じ込められる。


「あのウトゥックが圧されている…!?」

「俺、のパートナー…ディーネ、……ウンディーネ、は水の精霊…しかも四大精霊の一人…」

「四大精霊…! 封印の理由はそこからですか…」

「あぁ、強すぎる力…だからな。お前の、パートナーくらいなら余裕、だろうよ…」

「…パートナーが強くても<契約者>はどうですかね」

「! う゛!!」

「亮介!」


滝沢は満身創痍の亮介に近づけば押し倒しその首に手をかけた。

じわりと、尚且きつく締めていく。


「はな……せ……か、は…!」

「離せと言われて離す馬鹿などいませんよ、久木内くん…」

「……っ……ぁ……」

「紋章が無いので、能力による苦痛が与えられないのが残念です」

「苦痛か…やられるのは嫌だが与えるのは悪くないな」


水の残骸が足元にあったのが運のつきだった。左手でパチンと軽い音を鳴らしウトゥック同様に閉じ込めた。いや、足元にあったというよりは、亮介はあらかじめそこを狙って座らされていたのだ。万が一に備えて。


水泡の音がこだまする中で。ディーネが小さく呟いた言葉に亮介は目を細めた。


「………どんな奴でも、殺されていい訳ねぇんだよ」




意識を失ったのを見計らえば、二人を解放した。這いずりながら亮介は滝沢に近付く。やたらと気にしていた手首を見れば、ウトゥックの付けてるものと同じ金属の輪を発見した。抜き取って、例のペンタグラムの鏡に乗せ手を掲げる。


「"隠世に生きる者よ。汝の場所は現世には在らず。さ迷い果て塵と化する前にあるべき姿に戻りあるべき場所にへと還りたまへ"。"開け、繋ぎの扉よ。隠世に生きる者を正しき所に誘え"」


<回収>の呪文を唱えれば、ウトゥックの体も何もかも消えた。しかし彼の記憶は残ったままだ。きっと。

ディーネは確認すればぽん、とまた小さな姿に戻った。


「まぁお前にしては頑張ったな」

「……あぁ…」

「…死んだ奴らは帰らないぞ」

「知ってる、それくらい」

「……浮かねぇ顔すんな、ただでさえ冴えない顔がもっと残念だぞ」

「んだと!? ディーネのくせに生意気だな」

「ほっへをひっひゃるにゃりょうふけ(ほっぺを引っ張るな亮介)」

「…帰ろっか」

「あぁ、腹減った」

「……今日は疲れたからコンビニな」


───ディーネの不満は、ポケットに押し込まれて聞かないふりをした。

滝沢は学校を辞めたのか、学校で二度と見ることはなくなった。

なぜそうなのかと言えば、一之瀬が一人で登下校しているからである。


朝。早くから来るのは少なかったけれど、それでもクラスは明るいような暗いような複雑な感じはするけど。


「おはよ、一之瀬さん!宿題やった?」

「…おはよう。うん、一応」

「じゃあさ、見せ合いっこしようよっ」

「いいよ」


一之瀬の差別はなくなった。いじめが怖くて何も出来なかったんだと思う。パシりとかあるわけもなく。見せ合うとか一緒に、という行動ばかりだ。笑う姿が可愛い。

そう思ったときに、席につけと担任が入ってきた。


「────朝のSTを始めるぞ。……君達に悲しいことを告げなければいけない。相田、山崎、金田…他にも別のクラスの生徒数名が急逝した。保護者との判断の結果は、事件性はないとするそうだ。警察も同じ見解だ。肺から急性的に発作が起きたらしい。保護者の方は最期を一緒に見届けて欲しいと言っている。午後7時からだそうだ。」


担任の話が終わって、黙祷をした。

クラスの何人かは笑っている。死を何だと思っているのだろうか。

確かに、苛めた奴らは悪い。だけど、その死が笑われていい筈がない。

一之瀬は、複雑で、悲しいような責任のような表情を浮かべていた。薄ら涙が見えた気がした。

担任の声と共にそのまま授業が始まった。

彼女に意識を向けたままだった俺は、黒板を写そうと前に向き直った、そのとき。


「(…同胞の臭いがする)」

「(はぁ、また!?)」

「(亮介)」

「………先生…お腹いたいんで保健室行ってきます」

「またか久木内。ほら行ってこい病院で今度見てもらえよ」


ディーネの発言におずおずと理由を述べれば教室を抜け出して、彼が言う方へと足を進めた。

きっとまた悪人から<回収>しなくてはならないんだと思う。


「急げ」

「わかってるっつーの!」


吐き捨てながら、下駄箱から靴を拝借し一回の窓から校舎を出た。そのまま人目のつかない場所を狙って学校の塀から飛び降りるように抜け出た。





<契約者>と<妖精>の生活はまだまだ続く。



-END-

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