暗闇の動線
「こりゃ、ひどい嵐だな?」
と、沢木が愚痴った。彼は、ソファでワインを飲んでいた。
「この屋敷、誰もいないの?食べ物はあるのに?」
と、純子が不満をこぼす。
「まあ、仕方ありませんよ。お互い、雨宿りで居合わせている者同志だし?」
と、鏑木慎一朗が、本から目を離さずに言った。
「俺、ちょっとトイレに行ってくる」
と、黒眼鏡の吉川が、ふらつく足取りで立ち上がると、食堂からフラフラと出ていった。
「あたしも」
と、由紀恵が立ち上がった。
「台所で、何か食べるもの見てくるわ?」
しばらく沈黙があった。
嵐の夜であった。吉川と由紀恵はなかなか帰ってこない。
鏑木が、本から顔を上げて、小首を傾げた。
その瞬間、部屋が停電になって真っ暗になった。
「おい、どうしたんだ?暗いぞ」
沢木の声がした。何も見えない。
うぐっと、くぐもるような小声がした。そして、しばらくして、部屋の電気がついた。
「きゃ!」
純子が悲鳴を上げた。
無理もない。ソファで、沢木がうつ伏せに倒れ、その背中に深々と短剣が突っ立っていた。
駆け寄った鏑木が沢木の身体を調べていたが、
「残念ですが手遅れですな。死んでますよ」
その時、食堂の扉のところに、吉川と由紀恵が突っ立って、引きつったような顔をしていた。
「殺されたの?」
と、由紀恵が言った。
「そのようです」
鏑木が言った。
「たぶん、ここにいる誰かに」
「驚いたな」
と、吉川が黒眼鏡を外して言った。
「でも、犯人なら分かりましたよ」
と、鏑木が言った。
「なぜ、犯人はあんな短い停電の間に、迅速に犯行を成し遂げたのか?それなら簡単です。灯りがついている間から、目を閉じていれば暗闇に目が慣れていられる訳ですから」
と、鏑木が説明した。
「例えば、吉川さん、あなたのように黒眼鏡を掛けていれば目を閉じていても分からないでしょうね」
吉川は、黙っていた。
「そして、あなたは目を閉じたままトイレへ行くと言って、目を閉じてますから、ふらつく足取りで部屋を出た。そして、手探りで配電盤のブレーカーを落とした。一瞬で暗闇です。そこであなたは、目を開き、闇の中が見える目で、ナイフを持ち、一気の速度で食堂に駆けつけると、沢木さんの背中を一撃した。違いますか?」
吉川が、黙ってうなずいた。皆も黙っていた。沈黙が屋敷を支配していた.....................。




