第3話 無責任なアドバイス
徐々に雨宮さんの態度が軟化してきている。
最初の頃は塩対応気味だったし、挙動不審なところも多かった。だが、懸命に話しかけ続けた結果……。
「お、おはよう。今日も……早いね」
進んで挨拶するようになったし、軽い世間話もしてくれるようになった。いやあ、成長が目覚ましいねぇ。
「雨宮さんも早いね。女子は支度に時間がかかるだろうに」
化粧をしていないとはいえ、男子よりは時間がかかるはずだ。具体的にどこで時間を食っているのか知らないけど、遅刻しない限りは好きなだけかけりゃいいさ。
「ちょっと寝癖直すくらいだよ? 他の子達は、お化粧とか頑張ってるけど」
うーん、〝頑張ってる〟ねぇ。そりゃまあ、努力しているってのは、間違いないんだろうけども……。
「校則違反だけどね」
「そう……だよね。あはは」
歯切れの悪い返事をしながら、力なく笑う。なんだ? 思うところでもあるのか?
「まあ、教師がスルーしてる以上、気にしなくていいと思うけどねぇ」
時代が時代だから、よほど目に余る厚化粧じゃなければ、スルーする方針なんだろうな。どうせ社会に出たら、嫌でもやらなきゃいけないんだし。
そう考えると前時代的な校則だよなぁ。メイクする子としない子でヒエラルキーができるとか、その辺の事情もあるのかもしれんけど……。
「私は……化粧がしたいなら、放課後とか休日にすればいいと思う……」
おっ? 珍しく自分の意見を出してきたぞ? だいぶ打ち解けたなぁ。
「キミに同意するよ。キミは正しい」
「そ、そうかな? あはは」
打ち解けてはきたが、あの時の笑顔は見せてくれない。きっとアレはナチュラルな笑顔だったんだな。もう一度見たいけど、こればっかりはどうしようもないよな。
「雨宮さんはメイクとかするの?」
「え? ええっと……」
「ああ、ゴメンゴメン。聞くまでもないよね」
このご時世にメイクしない女子高生なんて、存在するわけがない。我ながら馬鹿なことを聞いたもんだ。
「……どうせ根暗ブスだよ」
……うん? なんて?
「どしたん? 急に」
なんかめっちゃネガティブな発言が飛び出たけど、どういう流れなんだ? ここ最近の雨宮さんは、ポジティブシンキングをするようになったと思ってたんだが、まだまだ闇は深いらしいな。それとも俺が地雷を踏んだ?
「だって……化粧なんてするわけない……みたいな言い方したよね?」
え、被害妄想癖をお持ち? 誓って、そのような発言はしてないんだけど。
「……してないけど?」
「……したよ? 鳩山君、酷いこと言ったよ?」
どういうことだ? 酷いことなんて一切言ってないと思うのだが、どこですれ違いが発生した? 何か、聞き間違えられたか?
「化粧してるに決まってる……って言っただけだよ?」
「本当に? 私の耳には……『お前なんかが化粧するわけないよな』って言い方をしてるように……聞こえました。はい……」
うーん、打ち解けたのは嬉しいんだけど……まだまだネガティブよね。さすがに言いがかりすぎないか?
「違う違う。でもそう聞こえたなら謝るよ」
「あっ、いいのいいの。頭上げてくれるかな?」
優しい……。勘違いとはいえ傷ついたのに、あっさり許してくれたよ。
「女子は皆メイクしてるって前提で話してたんだ。偏見だった、ゴメン」
「いや、いいよ、別に。間違ってないし……」
間違ってないのか……。メイクなんて金も時間もかかるだろうに、裕福な上に暇で羨ましい限りだ。
「それはさておいてだ……」
「……? えっと?」
「さっきの発言は聞き捨てならないよ、雨宮さん」
真剣な話なので、少しだけ顔を近づける。反射的に顔を反らす雨宮さんだが、話し始めた当初よりは反らしが甘い。俺の距離の詰め方に慣れてくれたようで何よりだ。
「ち、近いって……」
「キミはさっき自分を卑下したね? 根暗だの……ブスだの……」
「だって……そのとおりだし……」
いかんな、実にいかん。遺憾だよ。卑下すればするほど、ネガティブ思考になるんだよ。自信がないと、本当にダメな方向にいくんだよ。ブスだと思いこんだら、どんどんそっち方向に退化していくんだよ。いずれ寝癖すら直さなくなるんだよ。
「キミは根暗じゃない。おしとやかなんだ」
「そんな……」
「令和の大和撫子だよ」
「……」
今ひとつ納得していない様子だ。おためごかしだと思われてるのか?
「雨宮さんは可愛いよ。ブスなんかじゃない」
「そんなこと……私は全然だし……」
頑なだな。なぜそこまで卑下するのか知らんけど、俺は自分を曲げないよ? 絶対に認めさせる。自分のことを美少女だと自覚するまで、ひたすら言い続ける所存だ。
「今すぐトイレで鏡を見てくるんだ。キミは可愛い。整った顔立ちだ」
「鏡とか……毎朝見てるよ……」
いかんな、初期の頃と同じくらいテンションが低くなってる。自信を失っている証拠に違いない。
「どこが気に入らないんだ? どこのパーツが気に入らないんだい?」
「ええ……? 目とか……」
「キレイじゃん。心の綺麗さが瞳に表れてる」
「えっと……そんな……全然キレイじゃないよ」
相変わらず手強いな。だが俺は負けんぞ。
「鼻も可愛いよ。許されるのであれば触りたい」
「さわっ……!? き、汚いよ」
「ちゃんと手を洗ってから触るよ」
「そっちじゃなくて……」
何っ? 汚いって、自分の鼻を指してるのか? 別に汚くないだろうに、どこまで自分を蔑んでいるんだ? これはいかんな……。
「耳も口も頬も、全部可愛いよ。可愛くないところがない。性格も可愛い」
「も、もうやめっ……」
俺の褒め殺しに耐えきれなくなったのか、顔を背ける。両手を突き出してきたが、これは掴むべきか? いや、さすがにセクハラになるな。自重しておこう。
「手も小さくて可愛いね」
「うぇ!? 手まで褒めてくるんだ……」
「色もキレイだし、男の俺と違って柔らかそうだよ」
なんていうんだろうか。そんな言葉が存在するかは別として、骨々《ほねほね》しくないとでも表現するべきだろうか?
「そ、それは……男の子と比べたら柔らかいかもしれないけど……」
「血管もあまり見えてない。俺の手なんか、ほら」
美しさに差があることを証明するために、手の甲を見せつけた。まさかこれでセクハラにはなるまい。
「別に血管は……よくない?」
「そうかい? 見えないほうが可愛いと思うよ」
その昔、手や足などの一部だけを撮影するモデルがいたらしい。一応グラビアアイドルになるのだろうか? いや、ならないか。別になんでもいいのだが、その人達は手の写真を撮る時に、氷水で血管を引っ込ませるらしい。それはつまり、血管イコール醜いという式が成り立つことに他ならない。
「嫌じゃなけりゃもう少し見せてくれないかな?」
「い、いいけど……?」
「ありがとう」
困惑しながらも許可を出してくれたので、じっくりと観察する。別に写生しようってわけじゃないぞ。自信をつけさせるために、褒める点を探しているのだ。
「爪もキレイだよ」
「……そうかな?」
ゴメン、適当こいた。いかんな、褒めるにしてももう少し考えないと。
「指毛も生えてないし」
「………………」
……今のは明確にアウトだな。何をやってるんだ、俺。
「白くて細長い指だね。ピアノを弾いてる姿が想像できるよ」
「ど……独特な褒め方だね。ピアノかぁ……」
我ながら下手な褒め方だが、誠意は伝わったような気がする。グッドコミュニケーションかな?
「マニキュアとかしないのかい?」
「マ、マニキュア……? 私みたいな女子が……?」
マニキュアをしていい人間と、ダメな人間がいるのか? オシャレというのは本当に奥が深いな。やりたいことをやったもん勝ちじゃないのか? それが青春だろ?
いや、きっとただのネガティブ思考だ。取り払ってやらねばなるまい。
「きっと似合うさ。俺が保証する」
責任は取れないけど、こういうのは言ったもん勝ちだ。結果がどうなろうと、『似合っているよ』って言ってあげれば、それで解決するんだし。
「……ありがとう。鳩山君は本当に変な人だね」
で、出たぞ。例の笑顔が出たぞ。
この活動に対して見返りなんて求めていないが、この笑顔が見れるだけで報われた気分になるよ。この気持ちは一体……?
「こちらこそ、話を聞いてくれてありがとう。そして良い笑顔をありがとう」
「…………もう」
完全にそっぽを向かれてしまった。余計な一言だったかな?
まあいい、これで更に自信がついたはずだ。次の席替えがいつかは知らないけど、充分間に合いそうだな。




