第五話「優しい尋問」
こんにちは、豆腐です。
今回は、尋問です。
スローン流の尋問、見ていってください。
尋問室。
静かな空間だった。
金属の机。
向かい合う二つの椅子。
壁際には武装した2人の兵士。
だが、その空気はどこか奇妙だった。
張り詰めてもない。
冷たくもない。
スローンが、机に肘をつきながらリュコスを見ていた。
スローンの服は、パステルカラーのパーカー。
この部屋にはあまりにも不釣り合いだった。
「……リュコス。」
たった今、彼女につけた名前を呼ぶ。
リュコスは顔を上げた。
「…なんだ。」
「うん、ちょっとだけ聞きたいことあるんだけどさ。」
スローンは軽く言った。
リュコスは少しだけ間を置いて答える。
「……尋問なのか。」
「うん、尋問ってやつ。」
スローンはあっさりと頷いた。
そして、優しく微笑む。
「でも、怖がらせたりはしないよ。」
長い沈黙。
その言葉の意味を、リュコスは測りかねていた。
尋問とは、もっと痛みを伴うもののはずだ。
もっと、命令と圧力で押し潰されるもののはずだ。
「…何故……」
「何故私に優しくする。」
リュコスは聞いた。
スローンはすぐに言った。
「自分に優しくするのは当然だよ。」
リュコスは黙り込んだ。
スローンは笑顔で続ける。
「それじゃ、始めるよ。」
リュコスは一言。
「…ああ。」
リュコスの顔から、警戒心は消えていた。
スローンは人差し指を立てた。
「まず一つ目。」
スローンは、少しだけ真剣な声になる。
「──君は、なんで私と同じ顔なの?」
リュコスはしばらく黙っていた。
やがて、リュコスは口を開く。
「…わからない。」
スローンは目を細める。
「…分からない?」
リュコスは小さく頷いた。
「私は……」
「誰かに作られた。」
「それだけは知っている。」
ゆっくりと、言葉を選ぶようにリュコスは続ける。
「だが……」
「誰を元にしたのか。」
「何のために作られたのか。」
リュコスの言葉が、一瞬止まった。
「……知らされていない。」
その言葉が、静かに部屋に落ちた。
兵士の一人が息を呑んだ。
スローンは、リュコスをじっと見つめていた。
リュコスは続ける。
「命令は何度も与えられる。」
「戦え、と。」
「殺せ、と。」
感情のない声。
だが、その声にはわずかな揺らぎがあった。
「……それだけだ。」
──しかし、スローンは首を振った。
「──それだけ、じゃないでしょ。」
「だって今、自分で話してるじゃん。」
静かで、優しい声。
リュコスの視線がわずかに揺れる。
スローンは続ける。
「命令で動くだけ、なんて言ってたけどさ。」
「今話せてるなら、それだけじゃない。」
「…そうでしょ?」
しばらく、静寂が続いた。
リュコスの視線がわずかに揺れる。
まるで、言葉を選ぶように。
「……わからない。」
やがて、リュコスがそう答えた。
スローンは、小さく頷いた。
「そっか。」
否定もしない。
肯定もしない。
ただ、その言葉を受け止めた。
リュコスは続ける。
「私は、命令で動く。」
「それ以外、何も知らない。」
「…だが……」
一瞬、言葉が詰まる。
「これは……」
自分の胸元に、そっと手を当てる。
「…この、胸のざわつきは……」
「…一体、なんだ?」
スローンは、リュコスの言ったことを理解したかのように微笑んだ。
「それ、多分さ。」
やわらかい声。
「感情ってやつだよ。」
その言葉が、静かに響く。
リュコスの手が、わずかに震えた。
「…感情……」
「…感情、か。」
リュコスは、何かを感じていた。
まるで、捨てたものが戻ってきたような。
それが何なのかは分からないが、確かに感じていた。
誰も、すぐには言葉を発さなかった。
リュコスは、まだ胸に手を当てたまま動かない。
その感覚を、逃さないようにするために。
スローンは、その様子をしばらく見ていた。
そして、ふっと小さく息を吐いた。
「……ねえ、リュコス。」
やわらかく、優しく呼びかける。
リュコスはゆっくりと顔を上げた。
「……なんだ?」
スローンは、自分の胸を軽く叩く。
「その感覚、消しちゃだめだよ。」
一瞬、リュコスは黙った。
リュコスの目が、わずかに揺れる。
「……消す?」
スローンは、首を少し傾げて問いかける。
「たぶん今まで、消しちゃってたんでしょ?」
図星だった。
リュコスの視線が、ほんの少しだけ逸れる。
「…不要、と言われてきた。」
短い答え。
しかし、スローンにはそれで十分だった。
スローンは目を閉じた。
「…やっぱり。」
そして、語りかける。
「それを消しちゃうと、」
スローンは目を開けた。
「本当に、空っぽの人間になっちゃうから。」
部屋の空気が、わずかに変わる。
兵士の一人が、無意識に姿勢を正した。
リュコスは何も言わない。
ただ、その言葉を受け止めていた。
「…空っぽ……」
小さく、重く繰り返す。
スローンは、少し真剣な声になった。
「…うん。」
「でも君は、空っぽじゃない。」
「感情もあるし、名前もある。」
「──もう、空っぽじゃないんだよ。」
リュコスは、何も言わなかった。
だが──
その手は、しばらく胸から離れなかった。
何分も、何十分も、誰も言葉を発さなかった。
だが、空気は苦しくない。
鋭くない。
やわらかい、優しい空気だけが、そこにあった。
艦橋。
ハルトマンは、何も言わなかった。
ただ、黙って見ていた。
介入する理由が、見当たらなかった。
そして、一言呟く。
「……あいつにしかできん。」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
豆腐です。
次回もリュコスへの尋問です。
かなり短めになる可能性が高いですが、ご期待ください。
第六話「皇帝」




