出会いとマドレーヌ⑥
――だが胸の奥にひっかかる違和感を隠しきれない。
「そいえば言ノ葉さんってさんは慧とどんな関係なの?」
僕は抑えていた気持ちを吐露してしまう。
「どんなってただのクラスメイトだけど?」
言ノ葉さんは首を傾げる。
「そう....だよね」
言ノ葉さんの返答は至って普通で、ただのクラスメイトであることは変わらない。
「じゃあさ、なんで慧は気まづそうにしてたんだろ?」
だが慧のあの時の表情はただのクラスメイトに向ける表情じゃなかった。僕はその疑念に駆られると勝手に口が動いてしまった。
「教室に入るまではいつも通り話してたよ、だから私に気を使ってたとかじゃないかな」
言ノ葉さんの言動にどこが引っかかるものがある。
「僕は気を使ってるよりかはなんか言ノ葉さんを怖がっていたように感じたけど」
そうあの時、慧は言ノ葉さんのことを一切見ようとせず僕の方を向いてきた。それは彼女を視界に入れたくないという強い意志の現れと感じたのは気のせいだろうか。
「私を怖がる?竹馬谷くんが?なんで?」
彼女の言葉はワントーン下がり空気が張りつめる。
「わからないよ、でも僕は慧が帰る時言ノ葉さんから逃げるように見えたんだ」
僕は恐る恐る言葉を綴る。
「逃げるか〜、心外だな達右くん。竹馬谷くんにも急ぎたい理由くらいあるでしょ」
確かに言ノ葉さんの言う通り急ぎたかったのかもしれない。だが慧のいつもの態度と決定的に違う点があった。
「さっき慧が帰った時帰る理由言わなかったでしょ」
「それがどうしたの?」
彼女は不思議そうに僕を眺める。
「慧は……いつも断るとき僕に理由を言うんだよ」
「でも今回は、それがなかった」
「つまり――咄嗟に嘘をついたんじゃないかって」
僕は太もものすそを強く握る。
「達右くん、いくらなんでも帰る理由を伝えなかっただけで竹馬谷くんを嘘呼ばわりは良くないんじゃない?誰にだって言いたくないことはあるもんでしょ」
彼女は僕のロジックを嘲笑うかのようにほくそ笑む。
「いつもは.....伝えるんだよ、そこに違和感を持つのは友達として当然じゃないか」
僕は自分の制服の胸元を強く掴む。
「友達としては当然だと思うよ。でもそれは達右くんが思ってるだけで実際そうであったとは限らないと私は思うな」
「一番大事なのは論より証拠だよ達右くん」
彼女の言う通り僕の話は憶測の域を出ていない。
そして自分の不甲斐なさに全身が包まれる。
「僕の思い込み.....かもしれない。それでも慧が早く帰りたかったのも、気まづそうにしてたのも実際にあったことだ」
僕は息を飲むと
「いい加減隠すのやめたらどうなの?」
自分の声が段々と熱を帯びていくのを教室の反響音で感じ取る。
彼女は呆れた態度でため息つくと
「達右くんは回りくどいよね、はっきり言っちゃえばいいのに私と竹馬谷くんに何らかの関係があるってこと」
彼女の言葉は僕の心臓をえぐり取るくらい強い力を帯びていた。
「確かにあの竹馬谷くんの表情を見ちゃうと私となにかあったと思いたくなるのもわかるけど、それを説明するロジックが断片的すぎるよ。もう少し磨かないと」
彼女の声は冷たさを帯びており、僕は彼女から目を逸らすことしかできなかった。
けれど、逸らした視線の先に、彼女のバッグが見えた。
そこに――慧と同じストラップが揺れていることに気づく。
「じゃあさ、このストラップはどう説明するのかな?」
僕は鷹のストラップを得意げに指をさす。
「どう説明するってただのストラップなんだけど」
彼女は一瞬目だけ泳ぐ。
「そうかな。僕はこのシリーズのストラップを持っている人、言ノ葉さんを含めて人二人しか知らないんだけどな」
この言ノ葉さんが付けているストラップは慧が持っていた緑色のうさぎのストラップを同じ種類。
その証拠に鷹の色がピンクになっている。
「奇遇だね、私以外に持っている人がいるなんて、でもストラップって誰でも付けるものだし、たまたまなんじゃない?達右くんの考え過ぎたと私は思うな」
彼女はジャラジャラとストラップをいじっている。
「さっき言ノ葉さんは僕のロジックが弱いって言ったよね。その通りだよ、気まづいことと帰った理由だけで関係を断定した僕は浅はかだった。でもこれは流石に言い逃れできないんじゃないかな?」
僕は膝の上で拳を握る。
「言い逃れか〜。まあ及第点かな」
「及第点?」
彼女の後半の方の言葉は上手く聞き取れなかった。
「ううん、なんでもない」
「言ノ葉さんの言う通り奇遇かもしれない。でも二つの事象と合わせと無視できない事象になるのもまた事実だと思うんだけど」
僕のロジックが弱いという彼女の言葉は事実だ。
だが、それにもう一つの要素を足すと無視できないのもまた事実。
彼女はそれをどう受け止めるのか。
「それに慧は僕と会ったときストラップを大切そうにしてたんだ、だから慧にとってあのにはストラップは何か大切な思い出が込められていたんじゃないかなって」
「思い出の品ね〜。私は可愛いから付けているだけなんだけどね」
彼女は何かを懐かしむような目でストラップを眺める。
「竹馬谷くんはさ、ああ見えて案外惹かれやすくて心配性なんだよね。私から言えることはこれくらいかな」
惹かれやすくて心配性。
彼女の言葉が何を意味しているのか、その一瞬では理解できなかった。
たが、慧や包島さん、そして言ノ葉さん、それらの人と会話を繋ぐとある線が見えてきた。
「これはあくまで僕の憶測だけど」
――僕は憶測を綴る
「包島さんは慧への不信感から山田くんと関係を持ったけど、実際は前後が逆だったんじゃないかな」
「要は慧が事の発端でそれに関与しているのが言ノ葉さんだったと僕は思ったんだけど違う?」
「う〜ん、どうだろ」
彼女の口角が少しだけ上がる。
もしかしたら慧が関係を隠そうとしていたのかもしれないし、言ノ葉さんが慧の弱みを握っていたのかもしれない。
慧と言ノ葉さんさんの関係は結局わからず終いだ。
「で結局、どうなの?」
僕ははっきりしない態度をとる言ノ葉さんに我慢ができずに口が開いてしまう。
「私からは何も言えないな〜」
彼女は含み笑いを浮かべる。
「言う気が無いわけじゃないよ、約束があるから言えないだけ」
「約束?」
「そう約束。だからこれ以上追求されても何も答えられない」
彼女に何かを隠している素振りはなく、ありのままを喋っている印象を受けた。これ以上追求しても無駄だと思い僕は身を引くことにした。
「それはそうとしてさ達右くんは竹馬谷くんに嘘つかれたと思ってるわけでしょ。それについてはどう思ってるの?」
「どう思っているも何も残念だよ。ただ僕を欺きたくてついた嘘とはどうしても思えないし、慧にも慧なりの事情があるから今回のことは水に流すことにする」
「それでいいの、嘘つかれたんだよ?」
彼女は少し驚いた表情でこちらを見てくる。
「別に実害があった訳じゃないし、それに慧に限らず誰しもが違う一面を持ってるのは普通じゃない?」
「達右くんって友達思いかと思ってたけど、大事な一線は踏み越えないよね。それは過去に何かあったからなのかな?」
「さぁ、どうかな」
僕は立ち上がるとグランドの方を見つめそう告げる。
「竹馬谷くんに限らずみんな誰にも見せない一面は持ってるものだよね」
そう誰もが違う一面を持っている、かく言う言ノ葉さんも。
「もし私にそういった一面があったら達右くんは受け止めてくれるのかな?」
鏡越しに映る彼女と視線が合う。
能ある鷹は爪を隠すように言ノ葉さんも爪を隠しているのだろうか。僕がその爪を見てしまった時、彼女と付き合っていけるのだろうか。
そんなことが頭をよぎった。
「それは....どうだろう」
不安交じりの返事をしてしまう。
「そこは嘘でも受け止める!って言って欲しかったな」
彼女は天井を見上げ、届かないないものを見ているように感じた。
「言ノ葉さんはさ何をしたかったの?」
「私はただ、達右くんのお菓子を食べたかっただけだよ?」
彼女は机にひじをつき頬杖をつく。
「なんとなく、慧が言ノ葉さんを見ていなかった理由が何となくわかった気がするよ」
正直、言ノ葉さんがどこまで関与しているのかわからなし、包島さんと会ったことすらも彼女の掌の上なのかもしれない。
「それは褒め言葉として受け取っておくね」
「そうしておいて、それと、はい今日のお菓子」
僕はポケットの中から帰りに食べようと思っていたマドレーヌを取り出し言ノ葉さんに渡した。
「うわぁ〜ありがとう!てことは関係は継続ってことだね」
彼女はそう言うと、嬉しそうにマドレーヌを頬張った。
彼女は口元についた赤いラズベリーソースを指で拭い指を舐める。
「一度約束しちゃったしね、これからよろしくね言ノ葉さん」
言ノ葉さんの裏に何が隠されているのかはわからないし、慧が嘘をついた理由もわからない。
僕には雑な推理とあった出来事を受け止めていくことしかできないのである。
「こちらこそよろしく、達右くん」
これにて出会いとマドレーヌは終わりになります。
次回から本格的に達右くんと言ノ葉さんの関係が始まっていきますのでよろしくお願い致します。




