体育とカルパス②
遅くなりました。
結局登校した生徒は全体の七割くらいで僕の予想通りでインフルで休んでいる人が大半だった。
ホームルーム前の青木さんとの出来事が頭から離れず気付けば四限が終わり昼休みが訪れる。
弁当の匂いや菓子パンの匂いが忘れていた空腹を呼び起こす。
すぐさまお昼ご飯を食べたいところなのだが、いかんせんお弁当を持ってくるのを忘れてしまい現状食べれるものが手元にない。僕の家は申告制なので作ってもらう際は前日に伝えなければいけずこの有様である。
「はぁ、仕方ない」
「あれ?達右くんどこか行くの?」
「いやお弁当忘れたからさ売店に行こうと思って」
「そっか、今日はお弁当一緒に食べれると思ったのに」
「ごめんまた今度ね」
以前から席は通り同士だったが一緒にお昼を食べるというよりかは別々で食べているという感覚が強かったらそれら互いに距離があったからだ。
だが今となってはそれが一緒にご飯を食べるという感覚に昇華している。人の感覚とは不思議なもので同じことをしていても思い方次第で在り方がいくらでも変わってしまう。
こういった日常のひとコマが青木さんとの関係を意識してしまうのである。
「わかった。では今度.....私がお弁当作ってきていい?」
「青木さん料理できるの?」
「できるよ」
「本当に青木さんってなんでもできるんだね」
「何でもはできないよ。料理に関しては私の分のご飯用意されない時とかあるからさ.....それで覚えたんだよね」
高校生で料理をできる人の母数は多分少ない。それは当たり前ではあるが両親がご飯を作ってくれるからである。家庭内での料理というものはいわば両親からの愛を一番わかりやすい形で反映しているものであり、親が子供にご飯を食べさせるという家庭内でのごく当たり前の行為すら機能として損なっていることに言葉も出なかった。
ちょっと前に「ご飯を出してもらえないと」言っていたばかりなのに、そこからこういった自体があることを連想できない自分に嫌気がさす。自分の吐いた言葉が無神経なこと、それらに気づいた時には既に遅かった。そして立ち上がったと思っていた足はいつの間にか座っていた。
「昔はみんな自分のお母さんの手作りのお弁当持ってきていて羨ましかったんだけど、でも今は達右くんのために作れるから良かったなって」
「好きな人のために」という言葉にすれば聞こえはいい。だがそれだけで片付けていいものなのだろうか。
家庭のあり方は人の数だけあり、そこに外野が何かを言うことは野暮であるのはわかってはいるのだが、愛情表現にしてはあまりにも歪だと感じてしまう。
「僕は.....さ青木さんのために何ができるかはわからないけど、でも必要とされたいっていう関係を結んだんだから僕はそれに答えたい」
「それって食べたいってこと?」
「そうなる.....かな」
そう、あの時は確かに雰囲気に流された気持ちもあった。だが今となっては自分でもよくわからないのだが彼女に寄り添っていきたいという気持ちが芽生えている。
それが同情か承認欲求なのかはわからない。ただ今は目の前の彼女を悲しませたくはないという気持ちが強かった。
「えっ、いいの?じゃあ今度作ってくるね!」
断られると思っていたのか彼女驚いた様子だったが、すぐさまその表情は変わりにこりと笑顔を僕に向けてくる。
「それとさ.....ちょっと言いづらいんだけど達右くんって回りくどいよね」
「それクラスの人にも言われけど、やっぱりそうかな?」
「言いたいことだったり伝えたいニュアンスは伝わってくるよ.....でもそれを汲み取れる人じゃないとわからないっていうか」
僕自身がストレートな表現が苦手という面もあり、それを避ける形で分かりずらい言い回しや言葉選びをしていると自覚はある。だが元を辿れば中学生の時のとあることがきっかけでこういった喋り方になってしまいらそれ以降これが自分の中で定着してしまった。
「私はもっとわかりやすくてもいいと思うよ。達右くんって....なんかこう自分を抑えてる感じがするから」
「青木さんには僕がそう見えてるんだね」
言ノ葉さんとは関係は僕が僕自身でいられる建前を前提にした理由だけの関係。それだけで良かった....はずなのに。
ダメだ、このままいったら....。
「だから私は」
「僕そろそろ行くね」
彼女の言葉を遮るように僕は席から立ち上がる。
「でも.....まだ話の続きが」
「その言葉は今じゃない気がするからまた今度聞かせて」
この言葉はいま聞くべき言葉ではない。それを聞いたら本当の意味で戻れない気がするから。
「わかった、いってらっしゃい」
「それじゃあまた後で」
送り出す彼女の言葉は戸惑いともうひとつの感情を押し殺したような感じだった。
「はぁ結局僕は肝心なところで」
教室を出るとため息とともに心の声が口に出ていた。
逃げたという言葉が良く似合うなと自分でも思う。どこまで言っても踏み込むことも踏み込まれることも避ける。それが僕で昔から何も変わらない。
僕の悩みとは裏腹に体は正直である。
購買へ向かっていると体育教師の森宮先生の声が聞こえてきた。
「お前は何回言ったらわかるんだ」
生徒指導室の中なので上手くは聞き取れないが多分生徒を叱っている時の声色だ。
「次また同じことしたら、わかってるな?」
「はい」
怒られているのは多分女の子なのだろう、小さな声も聞こえてきた。でもどこかで聞いたことがあるような。
「なんだその顔は?」
森宮先生の声は外まではっきりと聞こえるくらい響いている。
「文句あるのか?」
「先生、それは........ください」
嫌がっているようにも聞こえるけど森宮先生はなにかしているのか。あまりにも少女の声が小さすぎて聞こえ辛く判断しかねない。
「なんでだ?お前は悪いことをしたんだから、罰を受けるのは当たり前だろ?」
罰?一体中で何が行われているんだ。盗み聞きするつもりはなかったのだがあまりにも内容が気になってしまいその場を離れることができなかった。
「私、もう行きます」
「おい待て話は終わってないぞ」
あっ、やばい。僕は慌ててその場から離れ、廊下の隅からその場を除く。慌てて隠れてしまったがよくよく考えてみるとそんなことをしなくても良かったと頭をよぎる。
すると生徒指導から出てきたのは小柄で長い髪を揺らした少女、そう言ノ葉さんだったのである。
彼女は隅から除く僕に気づいたのか一瞬こちらを驚いたようすで見て来たのだが、そのまま自分の教室方へと向かっていった。
そして後から体育教師の森宮先生が出てくる。
「ちっ、なんだ言ノ葉ノリが悪いな。だいたいあいつが悪いんだから誠意くらい見せろってに」
いつもながらに口調が荒くそして横柄な態度で声を荒らげている、少し離れている僕にも届くほどに。
「それにもう少し触らせてくれても良かったのによ。そういうとこなんだよな今の若いやつって」
触らせる?もし僕の想像が正しければ、あってはならないものを聞いてしまったということになるが大丈夫だろうか。あくまで聞いただけでありその場を見ていないので推測の範囲を出ないのだが。
「まあいっかまた呼び出せばいいし」
そう言い残すと森宮先生は職員室に入っていった。
「いや考えすぎか」
またも僕の中の感情が動き出す。だが何かを繋げあわせるにも判断材料が足りない、それでは何も始まらないし始められない。
頭を回そうにも空腹が邪魔をして思考が鈍る。
「とりあえず売店か」
色々と考えたいがまずは腹ごしらえ。僕は言ノ葉さんの後を追うのを諦め購買へと向かった。




