体育とカルパス
新章始まりました。よろしくお願いいたします。
カーテンの隙間から僕は向かって光が差し込んむ。
そして見慣れた天井が視界に映る。
「そっか昨日青木さんと会って」
昨日青木さんの家での一件以降、自宅に戻り夕ご飯も食べないまま寝てしまったと微かな記憶を頼りに思い出す。
「ああ体がだるいでも行かなきゃ」
そんな僕の疲れとは無縁で学校いつものようにあるのがいつもの日常を感じさせる。
時刻を見ると慧との約束の時間まで僅かだった。朝食を食べる暇などなくまたもや何も食べずに家を出ることになってしまった。
公園に着くと慧がスマホを見ながら待っていた。
「おはよう」
「おお結斗おはよう。今日は時間通りだな、てか顔めっちゃ疲れてね?」
「いや昨日色々あってさ。あと夜と朝食べてないのもあるかも」
流石に二食を抜いてしまうと、いくら成長期といえど体に応えると改めて思った。
「それ大丈夫なんか?」
「まあ水は飲んでるから大丈夫かな」
人は何も食べなくても水さえ飲めば最低三日間は生きられるって言うし。
「そういうこと言ってるんじゃなくてよ」
「わかってるって」
そいえばあおきさんから貰ったフルーツ味のお菓子がまだひと袋入っていたのを思い出す。
「ちょっと食べながら行っていい?」
「あんじゃねーか!食え食え。なんでもいいから入れた方がいい」
「ありがとう」
そいえばこれから始まったんだっけか。
つい先日の出来事であるのだがあまりにも濃密な時間だったからか長く時がたったかのような感覚を覚える。
「なんだ食わないのか?」
ぼーっとした僕を見かねたのか慧が現実の世界へと引き返してくれる。
「ううん食べる食べる」
「だいぶ疲れてるんだな結斗」
「まあそれなりに.....ね」
一口かじったフルーツ味のお菓子は苦く、そしてパサパサとした感覚口のなかに残る。そしてあの夜の出来事と同じく僕の喉を通って流れ込んでいった。
「おはよう青木さん」
「おはよう達右くん!昨日はよく眠れた?」
「いやそんなに寝れなかった....かな」
「そっか。私はぐっすり眠れたよ」
青木さんが睡眠のことを聞いてくるなんて珍しい。それほど僕の顔が酷いということなのか。それとよく眠れたということはそれほど嬉しかったという意味合いだろうか。昨日の出来事のせいで考えなくていいことまで考えてしまう。正直頭の中がしっちゃかめっちゃかだ。
「なんか今日人少なくない?」
「そうだね、いつもより少ないと思う」
教室を見渡すといつも来ている時間の人達の顔が見受けられず、僕たち含めて四、五人くらいしか教室にいない。まあ少し早い時間というのもあるが。
「他のクラスの子から聞いたんだけど、インフルエンザ流行ってるんだって。だからもしかしたらそれのせいなんじゃないかな?」
確かに担任の守川先生も言ってたっけ「インフルが流行ってるから気をつけるように」って。
「そうかもしれないね。それが原因で学級閉鎖になったりして」
クラスの何割かは忘れてしまったがある程度休むと学級閉鎖が起こるからこそ、学生としては密かにそれを期待してしまう。
「私は達右くんと会えなくなるから嫌だな〜」
「まあそれもそうだね」
咄嗟にこういった言葉を言われるとドキッとしてしまうからやめて欲しい。
「ねぇ達右くん、私たち付き合ったんだし、せっかくだから名前で呼び合わない?」
青木さんは口元に手を当てると僕だけに聞こえる声でひっそりと囁く。
「名前?」
「うん!だって私たち付き合ったんだよ」
「なんかちょっと恥ずかしい気もするんだけど」
幼少期の頃は名前呼びが多かった記憶があるが小中高と珍しい苗字のためか周りからは苗字で呼ばれることが多く、名前呼びされることに気恥しさを感じてしまう。
それに大人になってくると異性への線引きがどんどんと進むからこそ、小さい時のように気軽に名前を呼ぶことに対する抵抗感を感じてしまうのは僕だけだろうか。
「昨日あんなことしておいて名前呼びは恥ずかしんだ」
「それは.....」
それを言われると何も言い返すことができない。青木さんらしからぬ言動が僕たちの関係を表しているかのようで付き合ったんだという感覚がふつふつと湧いてきた。
「冗談だよ冗談。でも.....本当に名前で呼んで欲しいの、ダメ?」
彼女は冗談を流すように笑ったあと上目遣いを僕に向けてきた。
ダメではないし恋人同士なら名前で呼び合う方が普通だし自然だろう。だが僕的にはどうしても周りの目が気になってしまう
「ダメじゃないけどさ、ただ青木さんは.....その.....周りとか気にならないの?」
「えっ、私?」
彼女は驚いた表情で自分に指を向ける。
「うーん考えたことないかな。だって私の好きなんだよ、周りなんてどうでも良くない?」
言ノ葉さんから聞いた青木さんの噂は本当だった訳だが、心のどこかで相手に利用されていたと僕は考えていた。それは青木さんが必要とされることを求めていたからこそそこに漬け込んだ輩がいたと考えたからだ。だがこの言葉を聞いてそれが大きな見当違いだと悟った。
青木さんは心の底から相手を好きになり尽くしていた、それが彼女の強さであり弱さなのだとようやく理解した。
「僕は気にしちゃうかな」
周りからの目。これは学生時代に気にしないというほうが無理である。ポジティブな面、ネガティブな面どちらにせよ気になってしまうのがこの時期の子どもの性であり、避けることの出来ないこと。それ故に青木さんが気にしていないというのが僕としては信じられなかった。
「そうだけど.....。冷やかされたりとかからかわれたりとかするくらいなら隠しておいた方がいいと僕は思うな」
周りからの目を気にしないということは好きなことに対する自信があるということ。青木さんは過去の経験があったからこそ自己を肯定する力が成長した反面、逆に普通という感性を取り入れることがなかったが故に歪になってしまったのであろう。
「いきなり二人とも名前呼びしたらそういう関係ってバレちゃうもんね。達右くん的にはそれが引っかかってるってことなんだね」
「だから」
「でも」
僕と青木さんの言葉が被る。青木さんは僕の方を一瞬見ると続けざまに綴る。
「私はそれでも呼んで欲しいな。私を好きな私が好きな達右くんに」
本来なら「可愛い彼女の頼みだから」なんて言葉が出てきてその提案を受け入れるのだろう。だが僕はどうしても受け入れることができない。ここを譲ってしまったのなら本当の意味での関係になってしまう感じがするから。
「ごめん青木さん。それはもう少し待って欲しい」
彼女の目に僕はどう映っているのだろう。不甲斐ない男、意気地無し、チキン野郎、自分でもそれらの言葉が似合っているとすら思う。青木さんを受け入れておいて何を今更と言われるかもしれない、それはわかってる....わかってはいるが。
「そっか人それぞれだもんね!じゃあ達右くんが周りのこと気にならないくらい私のことを好きにさせればいいってことだよね」
彼女は悲しさを隠すように僕に微笑みかける。
「ほら、授業はじまるよ」
「ああ....うん」
僕向けていた体が前を向いた。
心臓を突き刺す痛みは僕への罰、そんなことすら思う暇はなく授業が始まる。




