歪さとフルーツ味④
前の投稿からちょい空いてしまい申し訳ないです。
見慣れた天井が視界に映る。時刻を見る時計の針はと六時を指していた。
「結局3時間くらいしか眠れなかったか」
ここから二度寝する気持ちにも慣れず気だるい体を起こす。考えがまとまらず寝れなかったのは久しぶりだ。せっかくだし今日は早く学校へ行こう。そう思い朝は早いが慧に「用事があるから」と連絡を入れた。
だがすぐに既読になり返信が返ってくる。
「おけ!なんかあったら相談しろよ」
弟や妹たちの面倒があるため早起きとは聞いていたがまさか毎日早起きしているとは恐れ入る。
相変わらず理由を聞いてこないあたり実に慧らしい。僕から打ち明けるまでは理由を聞かないで待っていてくれるのがいつもの事ながら安心する。
いつもより早起きに母は驚いていたが急いで朝食を作ってくれ、そのほかの身支度を済ませ僕は七時に家を出た。
いつもの時間ならば確実に誰か教室を開けていてくれるので職員室に鍵を取りに行かなくてもいいのだが、この時間ともなると誰もいないであろう。僕はそう思い学校に到着すると真っ先に職員室に向かった。
「失礼します」
ノックと同時に戸を開ける。職員室というものは独特の空気感がある。鍵を取りに来ただけなのだから緊張しなくても良いのだが、先生たちが多くいるという事実とピリピリとした大人の雰囲気が漂う空間ではそう思わざるを得なかった。
鍵が陳列されている所へ足を伸ばすも僕のクラス、一組の鍵がなぜかなかった。
「あれ?ないな」
僕の見間違いかと思い左右のプレートを見てみても一組のではなかった。
「失礼します」
疑問が残ったが誰か開けた可能性を信じ職員室を後にし一組の教室に着くと戸が空いていた。
やっぱり誰か先に来て開けていてくれたのか。当たり前ではあるが空いているという事実に僕は安堵のため息が出た。
誰だろうかと思いながらも恐る恐る教室へと入室する。するとそこには青木さんが一人読書をしていた。
「おはよう達右くん。今日は早いんだね」
「おはよう青木さん。青木さんこそ早いね、いつもこんなに早いの?」
「うん、まあね」
彼女は小説に栞を挟むと机の中にしまった。
にしても部活をしているわけでもないのに朝早く登校するのは正直すごい。僕の場合なにか特別なことがない限り朝早く来ようとは思わないわけだから、青木さんもなにか早くこざるを得ない事情があるのだろうか。
「達右くんがこんなに早く来るの珍しくない?何かあったの?」
「いや、そういう訳じゃなくてあまり寝れなくて起きちゃったから、それなら早く来ようって思ってさ」
「そっか。達右くんは覚えてないかもしれないけど、一回こういった感じの時あったんだよ」
「そうだっけ?」
確かに朝早く来たことは何度かあったが青木さんと話した記憶はまるでないし覚えていない。そんなことあったか?
「うん、あの時の私ってさ両親に必要とされなくなっちゃったんだ」
「親に必要とされなくなる?」
「私の両親って厳しくてさ、テストの点数とか習い事とかでいい結果出さないと私のこと認めてくれないの。だから成績とか悪かったら口も聞いてくれないし、ご飯も出して貰えないくて」
青木さんにそんな事情があったとは思いもしなかった。学校では成績優秀で皆から一目置かれる存在だからこそ、順風満帆なんだと勝手に追い込んでいたが僕の思い違いであった。誰しもが悩みや抱えているものがあるというごく当たり前のことを忘れていた。
「それで、ああ私って結果出さないと親から必要とされてないんだって気づいて。それで必要とされる人の元にいけばこんな思いしてくて済むって思って....だからその私の噂だいたいあってるの」
そういうことだったのか。言ノ葉さんの話していた青木さんの噂というのは青木さん自信が自分を守るため、必要とされるために取っていた行動で彼女の愛の形が歪んでしまったが故のことだったのだ。
親からの愛情は誰しもが無条件に受けなければいかないもの。それを受けられないというのが子供にとってどのくらい過酷なことか。青木さんの真実がようやく見えた気がする。
「.....」
彼女にかける言葉が思いつかない。慰めの言葉も同情の言葉も表面的な言葉でしかなく、ここで彼女の気持ちを理解した気でいることは僕にはできなかった。
「でもさ、そんな時達右くんに救われたの私」
「僕に?」
「そう。必要とされる人の元に行ってもだいたいすぐ関係が終わっちゃってさ、みんな表面的な私しか見てくれないの。本当に私を理解してくれる人なんてどこにもいなくて私の心は満たされなかった。でも達右くんは違ったの」
そうか思い出した。あれは夏休みに入る前くらいだったか、夏の蒸し暑さが本格的に始まる前の出来事。
僕は今日みたく早く起きてしまったため朝早に登校することにしたのだが、その日教室でぱったりと青木さんとあったんだ。
やけに落ち込んだ顔をしていて、その時クラス内での彼女の立ち振る舞いが妙に引っかかっていたのでそれを指摘したんだ。たしかその時初めて会話したんだったと思う。
「その時達右くん、私に無理に好かれようとしなくていいんじゃないって言ってくれて。達右くんがなんでそういったこと言ったのかわからないけど、でも私その言葉に救われたの」
僕自身、あの時は彼女の行動が見るからに歪に見えたから指摘しただけなのだが、まさか僕が思っていた些細な一言が彼女を救うことになるとは。
「思い出したよ。でも実際僕は気になったから言っただけで故意な意味はないんだ」
「そんな気はしてたよ。でもいいんだ私が救わたのは事実だから」
「そっか」
必要とされる、好かれたいという感情は元来人間が持っている承認されたいという感情だ。それを抜きにして人間は成り立たない。だがそれに依存してしまえば自分を犠牲にして他人に尽くす奴隷に成り下がってしまう。青木さんの感情は間違っていない、ただ適切な方向と力加減を間違えしまっただけなのだ。
「両親は私を必要としなくて理解もしない、みんなは私を必要とするのに理解しない。でも達右くんは必要としなくても理解はしてくれる」
理解、言葉としては確かに合っている。僕は青木さんを理解しようとした、だがそれは自分の信念に沿ってのもの。決して彼女を知りたいと思って探ったわけではない、人の行動や原理への興味それだけが僕を動かし導いた。
「達右くんは私が満たさない本当の理由に気づかせてくれた。こんなこと私には初めてのことだった、だから私は達右くんの事が好きになったんだ」
僕にとってそれは違う。それは誤解であり、間違いであり、彼女の思い込みだ。真実その一点しか僕には映っておらず、向けられる行為そのものが彼女の作り上げたものでしかなのだ。
「じゃあ仮に必要としてくれて理解してくれる人が現れれたら?」
「面白いこと言うね達右くん。白馬の王子様はどこにもいないんだよ。白馬の王子様は私が見つけて私が決めるの、それが白馬の王子様だから」
彼女の向ける笑顔はぎこちなく、仮面を貼り付けたような笑顔だった。
「僕にはその意味がよくわからないけど、でも結局自分を理解してくれる人なんて自分が理解してもらってるって思えるかそれ次第なんじゃないかな?」
「そうかもね。でもやっぱり私の乾きを満たしてくれるのは達右くんしかいない」
彼女の承認という病はここで断ち切らなければいけない。ここで僕が彼女を受け入れてしまったら僕も彼女も後には戻れない気がするから。
「この前の返事.....言っていい?」
「待って」
青木さんは食い気味で僕の返事を遮った。
「その返事は違う場所で聞いてもいい?」
「違う場所?」
「うん、違う場所」
どこで聞こうが僕の返事は変わらない、青木さんがどんなに求めようとも僕の意思は変わらないのだからどこだって同じなのに。
「それはどこ?」
「私の家に来て欲しい」
「えっ?」
咄嗟に声が出てしまう。
「僕の聞き間違い?もう一度いい?」
「私の家に来て欲しい」
青木さんは何を言っているんだ?意味がわからない。なぜ返事を聞くのにわざわざ自分の家に僕を呼ぼうとするのか?
「おかしくない?なんで僕が青木さんの家に行くことになるの?」
「わかってる.....でもだから私からの最後のお願い.....聞いて欲しい」
青木さんにとって家は休まる場所では決してないだろう。だからこそ彼女の提案に違和感を覚えてしまった。彼女が学校へ早く来る理由も恐らく親が関係しているのだから、わざわざ自分が窮屈と感じる場所で僕の決まりきった返答を聞く意味がよくわからない。
「最後のお願い.....ね」
「ダメ?」
正直....行きたくない。この青木さんのわけのわからなさから距離を置きたいそんな気持ちを感じた。でも彼女の表情、これから僕が伝えることを考えると断るという選択肢を選べなかった。
「わかった.....行くよ」
「達右くんならそう言ってくれると思った!」
先程の表情とは打って変わり、本当の意味での笑顔を僕に向けていた。




