歪さとフルーツ味②
時計針は十六時を指している。ついにこの時間が来てしまった。
ホームルームが終わり部活動に行く人、友達と遊びに行く人、帰宅する人それぞれが有意義な放課後を楽しもうと教室をあとにした。
僕はというと青木さんに「教室で待っていて」
と言われたのでいつものように帰宅することができずにいた。
だが隣を見ると青木さんがいない。
「あれ教室であってるよね」
そんな独り言が零れてしまう。
ホームルームが終わった直後クラスメイトから卒業式の実行委員の連絡事項を聞かされており、そちらに意識が集中していた。ホームルームの終わりまで確かに居たのだが教室から姿が消えていたのだ。
クラスの人たちが帰るまで二人で待つのも周りから見るとおかしな話なので、それを気にしてのことだとは思うだが、どうせ話すのだから待ってればいいのにとも思ってしまう。
それから十分程が過ぎただろうか。廊下の方から足音が聞こえてきた。
「ごめん、お待たせ」
僕は声が聞こえる方を向くと、そこにはいつもと雰囲気の違う青木さんがそこにはいた。
「あれ、なんかいつもより雰囲気違うね」
普段よりも長いまつ毛に、淡く色づいている唇。瞳は立体的で光と影のコントラストが際立ち、彼女の瞳をより一層引き立たせていた。
そう青木さんはメイクをしていたのだ。
女子高生ならナチュラルメイクくらいするのが普通だろうが、校則などの兼ね合いなどもあり北東高校ではする人はまあ少ない。
そして何より普段そういった素振りを見せたことのない青木さんがまさか学校でメイクをしているというギャップに驚いてしまう。
勿論出かけた時などはするとは思うが学校でするとは誰も思わないし、だからこそいつもより大人びた彼女を見て胸の鼓動が高なってしまった。
「どうかな?」
「凄く似合ってると思う。なんか大人の女性って感じがして」
メイクだけで大人になるわけではない、それはもちろんわかっている。だが目の前にいる青木さんは大人で何も変わっていない僕とは遠いい存在のように感じた。
「.....」
「達右くん?」
色香に惑わされるその意味を理解した。男の心というものなど単純で何一つ子供の頃から変わりはしない。変わっていく彼女に見とれ変わらない彼女を求めてしまう。どこまでいっても女性には敵わない。
「あっ、いや....正直あまりにも綺麗で見とれてた」
「そう言ってもらえると頑張った甲斐があったよありがとう」
頑張ったということは彼女はなれないことをしたということだろうか、この時のために。
それは僕が考えていた展開が来るということだろうか。
「そ、それでさ話ってなんのことかな?」
「その前にひとつ聞いてもいい?」
「何かな?」
「今日の朝柳原くんと話してたでしょ。たまたま聞こえてきちゃって.....それで話してた子って達右くんとはどういう関係なの?そこの部分だけ聞き取れなくて」
彼女はやけに不安そうな顔を浮かべている。
柳原くんが大きな声で話していた弊害がここにまで及んでいたか。正直こういったパーソナルな話をする時はもう少し僕や周りに配慮して話して欲しいものだ。
「なんていうか建前の関係?」
「建前?」
「そう建前。なんていうんだろ、互いの足りないところを埋め合わせる関係....みたいな感じかな。付き合ってるとかじゃなくてね」
「付き合ってはないんだね?」
「そうだけど」
「なら良かった。これから話すことに関わるからさ、一応確認しておこうと思って。それでさ.....本題なんだけど」
静かな教室に彼女の息遣いだけが残る。
面と向かっている彼女の姿は凛々しく大人びた瞳は僕の姿を写していた。
「私前から達右くんのことが気になってて良かったら付き合って欲しい」
青木さんはスカートの裾を掴み足は震えていた。
想いの言葉、それを聞くのは僕にとって初めての経験で戸惑いを隠せなかった。
告白というイベントは高校であるならそれなりに起こりうるだろうし噂等でも耳にすることが多い。だが万年客側であり、ステージを夢見ることさえしなかった僕がステージ側に立つそんなことがあっていいのか。
「気持ちは嬉しいよ、ありがとう」
自分を好いてくれる人がいることは嬉しい。だがそれ以上に人の想いに向き合わなけいけないことが怖い。自分の選択が他者に大きな影響を与えてしまうということが僕にとってどれほど大きなことか。
「でも今は答えは出せない」
「それって.....ダメってこと?」
「いやそうじゃないんだ。ただ少し考える時間が欲しい」
僕自身答えは決まっている。答えは決まってはいるが選択できない。それは彼女の想いに覚悟を決められていないからだ。
そして今の僕には他者を内側に招き入れるキャパシティはない。
そんな曖昧な状態だからこそ決断を先送りにしたい。言い訳だ、わかっている。でもそれしか今の僕には選択できない。
「そう.....だよね。いきなりこんなこと言われても困っちゃうよね。うんいいよ、私達右くんが答えを出すまで待ってるよ」
「ごめん、ありがとう」
中途半端な気持ちでここに来てしまったことそれ自体が場違いだった。予感がした時にある程度の気持ちは作っておくべきでその場の雰囲気で来るべきじゃなかった。
人の想いに向き合うとはどれほど重いことなのかということを痛感した。
「今日達右くんのためにメイクしたんだよ、普段しないから慣れてないかもだけど。一番可愛い私を見て欲しくて....」
掴んでいたスカートの裾は酷くくしゃくしゃでまるで彼女の内面を表しているかのようだった。
「この気持ちだけでも持って帰って欲しいな。そして聞かせて」
「わかった。今日はごめん答えを出せなくて」
「全然いいよ私の方こそなんかゴメンね。明日からはいつも通りにするから。達右くんも変に気を使わないでね」
「善処するよ」
「それじゃあまた明日ね」
「うん、また明日」
青木さんは自分の鞄を持つと廊下の方へと重い足取りで向かっていく。だが敷居をまたぐ際、戸に手を当て振り返ると
「私の想いホンモノだから」
そういうと僕の返答を聞こうとする素振りはなく青木さんは教室を出ていった。
教室には静けさと自分の不甲斐なさだけが残っている。ものの数分前の出来事であるがこれほどまでに自分の選択に嫌気が差したことはなかった。
彼女の言う「ホンモノ」とは何を指しているのだろう。僕はその答えを知る由もなかった。




