探し物とガトーショコラ⑦
美術室の前で寄りかかって待っていると階段を登ってくる足音が聞こえてくる。
この足音の軽さは多分言ノ葉さんだろう。彼女の足取りはやけに軽いので一瞬でわかってしまう。
「あれ馬場くんは?」
言ノ葉さんは到着すると辺りをきょろきょろと見渡している。
「なんか用事思い出したとか言ってついさっき帰ったよ」
「えーそうなの?」
「まあ最初は二人だったわけだから振り出しに戻ったということで」
「そうだね!」
本来であれば人手が減って落胆するべきところなのだが、やはり言ノ葉さんの表情は先程よりも柔らかくなっていた。
「それじゃ探そっか」
僕は言ノ葉さんから鍵を受けり美術室の鍵を開ける。
「言ノ葉さんは机の中を確認してって、僕は教卓回りを探すから」
「わかった〜」
ここですんなり見つけてしまったら逆に怪しいだろか?かと言って場所がわかっているのにも関わらず小芝居をうつのも面倒く非効率で二度手間だ。
なので僕はまっさきに教卓の引き出しに手をかけた。
「あった」
決められた台本を演じているかの如く、教卓から言ノ葉さんの教科書を取り出す。
「ほんと?あって良かった!」
「多分だけど先生が見つけてくれて教卓の中にしまってくれたんじゃないかな?」
「確かにそれはあるかもしれないね、結局私が忘れてたってことかー。忘れた記憶ないんだけどな〜」
事前に考えて置いたそれっぽい話をしたが変なところはなかっただろうか?先生なら忘れた教科書を教卓に閉まっておくことはある....と思うから怪しまれることはなはず。
「まあ忘れた人はだいたいそう言うよね、ある意味お決まりっていうか」
「も〜達右くんは私をいつもそういった目で見るんだから〜」
言ノ葉さんの表情を見るに多分気づかれてはいないだろう。
「それじゃあ次は教室の方向かう?」
「うん」
僕と言ノ葉さんは美術室を後にし言ノ葉さんが在籍するクラスへと再び向う。
旧校舎から出ると外の空気は肌を指すくらい冷たく夕方と夜の狭間、どちらでもない時間が妙に心地よかった。
「でもさ教室探すって言っても私の机とロッカーのくらいじゃない?それ以外にありそうな場所ってある?」
「その事なんだけど、さっき馬場くんが俺のロッカーに混じってたって言っててさ。だからその見つかったっぽい」
「えーっそうなの?!、でも他の人の教科書混じっちゃうってあることかな?」
「あれじゃない、この時期入試の季節だから机の中空にしないといけないじゃん。それで先生か誰かが間違って馬場くんのロッカーに入れたとかじゃないかな?」
北東高校は二月の中旬から三月にかけて入試を行っている。それ故に普段使っている教室も使用することになるので机の中を空にしなければいけないルールがある。
故に机に物語入っていたりするとどこかに持っていかれてしまうか、捨てられてしまう恐れがある。
「あくまで可能性の話だけど.....」
今回の僕の仮説はたまたま起こったこととしては不自然さはないとは思うが、いかんせん僕が言ノ葉さんの教科書を隠したみたいになっているのは気のせいだろうか。
「結局は私がまた忘れたってことなんだね」
彼女は沈みゆく夕日を見つめる目はどこか満ち足りているように感じた。
「そう.....なるんじゃないかな」
そして今回言ノ葉さんに嘘をついてしまったことは一生忘れることはないのだと思う。真実を見破りたいやつが真実を覆い隠してしまう様は言ノ葉さんにはどう映っているのだろう。
「馬場くんも言い出しずらくて言えなかったみたい」
「言い出しずらいか〜」
太陽に雲が陰り、ほんの数十秒間だけ世界が暗く染め上げられる。
「達右くんは優しいね」
「優しい?」
「うん、優しい」
「それってどういう意味?」
僕の疑問とは裏腹に雲が過ぎ去ると言ノ葉さんを光が包む。
「優しいは優しいそのままの意味だよ達右くん」
彼女の放った優しいという一言は何を指していたのだろうか。僕のことを本当に優しいと思ってくれたのかそれとも馬場くんを庇ったことを指摘していたのか。
「言ノ葉さん今回のことって.....」
「なに?」
「.....」
一瞬、口に出掛けた言葉をグッと飲み込み押し殺す。
「いやなんでもない」
この関係が崩れるのが怖かったわけではない。
ただ言ノ葉さんを前にすると真実を明かすことが怖くなる時がある。彼女が時々見せる底知れない内側の暗さは真実すら覆い隠してしまうそんな気がする。
「へんなのー、でさ今日馬場くんと改めて会ってみてどうだった?」
「最初にあった印象とはだいぶ違ったかな、いい意味でも悪い意味でも」
「え〜どんなとこが?」
「そうだね、最初は怖い人かなって思ったんだけど違くて、でも悪いやつでだけど実際は憎めないやつだったみたいな」
「ちょっとなに言ってることよくわかんない」
実際のところそうだったのだから仕方がない。
最初は怖いと思ったが最後はそうは思わなかったし、悪いやつだけど話を聞いてみると憎めないしで人間味がかなりあったのだから。
「そう....だよね」
言ノ葉さんの反応は馬場くんの裏の顔を見てない視点なのだからかわからないのも当然である。
「でも一つ言えることがあるとすれば」
言ノ葉さんは一瞬間を置き沈黙が流れる。
「私から見て達右くんは馬場くんと出会えたことを楽しんでたってこと」
「馬場くんと出会えたことを楽しんでる、僕が?」
出会いを楽しむという理由がよく分からない。
確かに人との関係を築くことは悪いことではない。
交友関係が広くなればなるほど頼れる人や助けてくれる人が増えるし、新たな価値観や考え方に出会えるので自分自身のためになり人生においても有意義になるのは明白である。
だがそこに楽しさがあるかというと僕はそうは思わない。
言ノ葉さんはスマホを取り出し内カメラを僕に向ける。そこには満足気な顔を浮かべる僕の顔が映っていた。
「ほらね」
自分の顔を見て言ノ葉さんの言っている意味をようやく理解した。それは僕が人と会うことに楽しんでいるという意味ではなく人が犯したこと、それを追求していくことを楽しんでいると言っているのだと。
「.....」
何も言えなかった。皮肉にもレンズ越しに映る自分の顔が何よりも自分の感情を映していたから。
振り返ってみれば僕はなにかと見ないふりをしてきたことが多かった。それは知れば面倒事は避けられなくなるし、更には自分にまで危害が及ぶ恐れがあるからだ。
今回の一件はどうだろうか。馬場くんが引いた理由は確かに自責に耐えられなくなったこともあるだろう。
だがそれよりも言ノ葉さんがいた事が彼がすんなりと身を引いた理由であり僕自身も言ノ葉さんがいたから真実を追求した。つまりは僕も馬場くんも言ノ葉さんいたからその選択を下し行動できたのだ。
「私を建前にしていいよ。達右くんはそういうの望んでたんでしょ」
全てを見透かしたような笑みは僕の心臓の鼓動を加速させた。
「望んでいたかわからないよ、でもこの先言ノ葉さんと一緒にいたら出逢えるかな....」
僕は真実を追求するための理由を探していたのかもしれない。言ノ葉涼という存在が建前になってくれるのなら、これから先起こるであろう後悔や未練を持たなくて済むのなら。
この関係を結んぶ意味も生まれるのかもしれない。
ただの友達でもなく恋人でもない、別の何かへ。
そしてようやく本当の自分を見てもらえる。
「出会えるよきっと」
信じていい確証なんてない。だけれど言ノ葉さんの言葉には不思議と惹かれてしまう、魅せられてしまう。
それだけじゃないけれど、でも自分の直感を信じてみよう。
「望みたい。僕は言ノ葉涼という建前を望みたい」
嘘偽りない僕の言葉、それを受け止めてくれる人がようやく現れた。
怖さもある、だけれどそれよりももっと欲しいものが目の前にある、だから逃したくないつかみたい。
「私も達右くんが居たことで叶った望みがあるから、だからこの先も私も達右くんっていう建前を望みたい」
その声は力強くもどこか儚さを感じさせた。
「こんな関係で.....いいのかな?」
「いいんじゃない、人それぞれ色んな関係あるんだし。それに関係を築くのに必ずしもいい理由が必要だと私は思わないな」
結局のところ人間は自分の感情には逆らえない。どんなに自生効かせたところで必ずぼろが出てしまう。だからこそのこの関係なのだろう。
「だってそうでしょ?人間はどこまで行っても利己的で自分しか見てない、自分のことにならないと動かない。今回だって馬場くんも達右くんもそれに私だってそうなんだから」
「だから割り切れと?」
「そういうこと」
言ノ葉さんの考えを聞いた時、寂しい考えだなと思ったが自分をそして馬場くんを見て結局みんな気づいてない、あるいは気付こうとしていないだけで皆利己的なんだと感じた。
そして言ノ葉さんは全てわかった、あるいは知った上で行動しているのだと。
「それだと人は変わらないって聞こえるんだけど」
僕は立ち止まったが言ノ葉さんは進む足を止めない。
先を行く言ノ葉さんに芯の強さと明確な意志を感じた
「そうだよ」
言ノ葉さんの振り返り僕の方を向くとその表情からは期待も不安すらもない冷たい無機物を見るような目をしていた。
「言ノ葉さんのスタンスはわかったよ、そして僕自身も自分の知らないことに気付けた。それには感謝してる。でも人間は変わる生き物でしょ?だから僕も言ノ葉さんも変わる可能性があるんじゃない?」
「それはあるかもね。変わることを目的にする訳じゃないけど、変われたその時がこの関係の終わりなんじゃない」
「そうだといいね。僕も今日気づいたし言ノ葉さんも気づいてる、だけど変われない」
言ノ葉さんは知っているのだ、人がそう簡単に変われないことを、自分自身が変われなかったことも。
「それを確かめるのもこの関係だからこそできる事なのかもね」
「達右くんがこの関係にどういった期待をいだくかは勝手だけど、私はそこまで思ってないよ。あくまで自分のため」
「わかってるそれでいいよ、でも僕は言ノ葉さんも変われるって信じたいんだ。だってそれが人間だから」
利害だけの関係かもしれない。でもそこから一歩進めるのなら。
「もう達右くんは〜」
「だってそれが僕だから」
「そっか!これからは退屈に事欠かないね達右くん!」
「退屈か〜これからは何かと大変そうだね」
それはあの時食べたガトーショコラのように甘くて苦い、だけれど時たまお酒の余韻が残るような、そんな出来事だった。
これで探し物とガトーショコラは終わりになります。
次回のお話も書きますのでよろしくお願い致します。




