出会いとマドレーヌ①
最初に断っておくと派手めの物語ではないです。
日常の中のちょっとした出来事に主人公が遭遇する物語になっています。
卒業式が近づく二月の始め、寒さがまだ肌を刺す放課後。
僕は手作りのお菓子を手に、別の教室に向かっていた。
ガラリと戸を開ける。
「おう、結斗!」
と聞きなれた声が飛んでくる。
その声の先に目を向けると、中学時代の同級生――竹馬谷慧が机に座っていた。
「ごめん、少し遅れた」
「全然いいよ」
慧はいつも通り髪がボサボサで疲れた顔をしている。
「はい、今日のお菓子」
「今回も悪いな。うちのチビたちがお前のお菓子好きでさ、食べたい食べたいって聞かなくてよ。まじで助かる!」
「いいよ全然。僕も作りすぎて対処に困ってたから、貰ってくれて助かったよ」
いつもお菓子を作る際は多く作ってしまって一人で食べきれた試しがない。
作る量を減らせばいいのだろうが、レシピ通りに作るとなると分量のさじ加減を素人ではいじれないのでいつもこうなってしまうのである。
「いやいや、お前の極上のお菓子を食べられるなんて願ってもないことだぜ。お前に彼女がいたら嫉妬しちまうよ。で、今回は何を作ったんだ?」
慧は袋を軽く掲げて、中身が気になるのかソワソワしている。
「まあ今のところは彼女いないけどね。今回はマドレーヌを作ったんだけど、ひと工夫してあるんだ」
「ひと工夫? ちょっと気になるから今一個食べていいか?」
慧はそう言うと、紙袋から丁寧に包装されたお菓子を取り出し、ビリビリと包装を剥がす。
「見た目は普通だけど、どこに工夫がされてあるのやら……」
マドレーヌを一口かじった瞬間、中からソースが飛び出してくる。
「うぉ! 中からなんか出てきたぞ!」
慧は驚きながら、ソースがこぼれないように口いっぱいにマドレーヌを頬張る。
「そう、今回のマドレーヌは中にラズベリーソースを入れてみたんだ。で、味はどうかな?」
「めちゃくちゃ美味い! 甘いチョコレートのマドレーヌに酸味のあるラズベリーソースが絶妙にマッチしてて最高だよ!」
慧は口に着いたソースを拭うと、絶賛の感想を述べてくれた。
「それは良かった。でも強いて難点をあげると、子供向けのお菓子じゃないことかな。慧の弟たちにあげるってわかってたら、もう少し食べやすいお菓子にしたからさ。ラズベリーは好き嫌い結構あるしね」
普段は前もって相談を受けてから作るので子供用に調整できるのだが、今回は出来上がった後に話をもらったせいで、大人向けのお菓子を渡す形になってしまった。
「んな事気にすんなよ。もしチビ達が食えなかったら、俺が美味しくいただくからよ」
慧は僕を励ますように、トントンと肩を軽く叩いてくる。
彼の底抜けの明るさは中学時代から変わらず、安心して自然と顔が上がる。
「バックにこんなのついてたっけ?」
机の横に目を向けると、慧のリュックにうさぎのストラップが付いていることに気づく。
「あぁこのストラップな、近所のゲーセンで取ったんだよ。可愛いだろ」
「そう? ちょっと独特なデザインのような気もするけど」
「結斗はわかってないな〜。これ、コア層には人気なんだぜ……他にも鷹とか象とか、いろんな種類があんだよ」
慧はストラップを手に取り、子供が大事なおもちゃを見る時の目を向けていた。
「そうなの、物好きな人たちもいるもんだね」
「そうか? 人それぞれだろ」
正直、僕にはこのストラップの良さがわからない。
うさぎと言われればうさぎだが、違うと言われれば別の動物に見えなくもない。
さらに独特さを象徴しているのが、動物のカラーだ。なぜうさぎが緑なのか、はなはだ疑問である。
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「そいえば結斗は最近彼女とかできたのか?」
「彼女? できてないよ」
慧は会うたびに恋人ができたのか聞いてくるのだが、そういったのと無縁の僕に聞いても、返ってくる答えは毎回同じだ。
「まだできないのかよぉ〜」
「だからいつも言ってるじゃん、作る気ないって!」
「えぇ〜つまんねぇな〜。高校生なんだから彼女の一人くらい作ったらどうなんだよ?」
確かに高校生なら恋人がいてもおかしくはないし、欲しくないわけじゃない。
自分に言い訳をして彼女を求めないのは、やめるべきなのはわかっているが、なかなかできない。
「今はいいかな〜。そいえば慧の彼女の包島さんと、この前卒業式の実行委員で会ったよ」
「へぇ〜、でどうだった?」
「なんというか、ものすごいパッションだよね……」
「まあ、冥はいつも元気だからな」
「実行委員も一年生ながらにみんなを取り仕切っていて、流石だと思ったよ」
「あいつ、コミュニケーションバカほど高いからそりゃそうなるわ」
実行委員で初めて冥さんと会ったのだが、陸上部の活動もあるのに実行委員にも全力な姿勢なのが、彼女のすごさを物語っていた。
「最近いろいろあって大変そうだけど、上手くいってるの?」
「……まあ、ぼちぼちだよ!」
― ―慧は何かに詰まったのか、間の悪い返しをする。
「何その間? もしかして上手くいってないの?」
「いや、そういうわけじゃねーけどさ」
「ねーけどさ?」
「最近の冥、どこ誘っても乗り気じゃねーんだよな」
「へぇ〜、なんか心当たりとかないの?」
「それがさ〜、全くないんだよな〜」
慧は不思議そうな顔を浮かべる。
「慧の不真面目さが原因だったりして」
「それはあるかもしれない」
慧はキリッとした声になったかと思えば、顔はニヤついており、真面目に考えている素振りは感じられない。
「それと関係があるかわからないけど、一週間前に駅前で冥さんと僕と同じクラスの山田くんが一緒にいるの見たんだけど」
「えっ、まじ?」
慧は驚きのあまり一瞬席から立ち上がった。
「うん、本当」
― ―
「まあ……同級生同士、買い物くらい付き合いで行くだろ。多分」
慧は落ち着きを取り戻したのか席に腰掛ける。
だが額には汗が滲んでいた。
「そうだね。何か別の用事があったのかもしれないからね。断定するのは良くない」
休日に同級生と会うこと自体はなんら不自然さはない。
ただ、恋人のこととなると疑いたくなってしまうのは自然なことだと思う。




