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『元』悪役令嬢の生存戦略〜断罪はいやなので、ひとりで強く生きようとしたらあたしを捨てたはずの第1王子に執着されて困ってます!〜  作者: 朱宮あめ


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第7話


 ミレイユのところへ行かなくなって半年ほどが過ぎると、いよいよ王宮ではアルベールの婚約者決めが本格的となってきた。


 アルベールと同じく国王候補である第二王子派や第三王子派の動きに焦りを覚えた第一王子派の側近たちは、毎夜のように令嬢たちを招いた夜会を開催するようになった。


 アルベールは内心うんざりしながらも、彼らの好意とも呼べる行為を無下にすることはできず、必ず出席するようにしていた。


 そしてそれは、何度目かの夜会のときだった。


『――なにごとだ?』


 なにやら会場内がざわついていることに気付き、アルベールはそばにいた従者に訊ねた。


『どうやらご令嬢同士が揉めているらしく……』


 またか、と呆れる。

 令嬢たちは、この夜会がアルベールの婚約者を選ぶためのパーティだと知っている。そのため、いつもこういった足の引っ張り合いが始まる。


 アルベールは騒ぎの中心を見た。


『あれは、モルナン公爵家、エリオット子爵家、ランベール伯爵家。それから、ベルモンテ男爵家のご令嬢がたですね』

 ため息をつくアルベールの横で、従者が頭を下げる。

『申し訳ありません。招待する人間を間違えたようです』

『……いいよ、むしろ本性が知れてちょうどよかった』


 アルベールは、従者に婚約者候補から彼女たちの名前を外すよう伝えると、


『さてと。そろそろ夜会の雰囲気を壊すようなかたがたには、ご退出願おうか』


 そう呟いて、騒ぎの中心へと向かう。そのときだった。


『ほら、立って』


 うずくまるカトリーヌ嬢に向かって、パッと手が伸びた。アルベールは足を止め、ようすをうかがう。


 ――あれは……。


『踊りますわよ。わたくしに合わせて』

 そう言いながら、カトリーヌ嬢に美しい微笑みを向けたのは、ミレイユだった。


『顔を上げなさい』

『大丈夫。あなたは美しいわ』

『もっと自信を持って』


 公爵令嬢たちを相手にしてもまったく怯むようすのないミレイユに、アルベールは相変わらずだな、と苦笑を漏らす。

『あの令嬢は、だれの推薦だ?』

 アルベールが問いかけると、そばにいた従者が呟いた。


『彼女は……たしか、イリス・ヴァレンティナ公爵令嬢のご推薦だったかと』

『……そうか』

 そういえばかつてミレイユはイリスと仲が良いと話していた気がする。

『彼女たちも含めて、出禁にいたします』

『……いや、イリス嬢とミレイユ嬢はいい』

『はっ』


 アルベールは、またミレイユに再会できたことがうれしかった。

 今度こそ、アルベールとしてミレイユと出会うことができる、と。


 アルベールは、偶然を装ってミレイユに接触した。


 それからは、ミレイユの提案で客室に移動することになった。はじめはミレイユが王子であるじぶんに興味を持ってくれたのかと嬉しくなったアルベールだったが――違った。


 ミレイユはなぜか、アルベールとイリスをくっつけようとしてきたのだ。

 理由は分からない。分からないが、ミレイユの思うとおりにはさせたくないし、したくもない。

 ――俺が好きだったのは、ずっと……。

 その夜、アルベールはミレイユを婚約者にすると決めた。



 ***



 ミレイユとの出会いを簡潔に話し終えたアルベールは、イリスに向かって微笑んだ。


「……とはいえ、ミレイユ嬢は俺と過去に出会っていたことにはまだ気づいていない。それどころか、彼女は親友である君を思って、俺との婚約をはっきりと断ってきたくらいだ。しかし、俺はどうしても、彼女と――ミレイユ嬢と、この先も共にいたいんだ」


 イリスは小さく息を吐き、窓の外に視線を向けた。


「……承知しておりますわ。だって、アルベールさまは昨夜の夜会のときからずっと、ミレイユさまばかり気にかけておられましたもの」


 その声音には、寂しさと同時にどこか清々しい決意がにじんでいた。

 イリスはアルベールを振り返り、柔らかく微笑む。


「ミレイユさまは、わたくしの大切な親友です。ですからどうか、ミレイユさまを幸せにして差し上げてくださいませ」


 アルベールの瞳に、わずかな驚きが滲む。


「わたくしは、アルベールさまのことを諦めますわ。いいえ、諦めるというより――応援いたします! アルベールさまとミレイユさまの恋を」

 どこか高揚したように、イリスが宣言した。

「もともとわたくしは、応援されるよりするほうが得意なんですのよ!」

 イリスの声は部屋のなかに明るく響いたが、その指先は小さく震えていた。

 アルベールはしばらく黙って彼女を見つめ、そして静かに口を開く。


「……ありがとう、ヴァレンティナ嬢。それにしても君とミレイユ嬢は、本当に似た者同士なんだな」

「え……わたくしと、ミレイユさまが?」

「あぁ。彼女も今朝、君と同じことを言っていたよ」

「まぁ……ふふ、そうでしたの。それは光栄ですわ」


 イリスはおかしそうに笑ってから、ふわりと柔らかく微笑んだ。


「……親友の幸せを願うのは、当然のことですわ。ミレイユさまがそうしようとしてくれていたように……わたくしも、精一杯アルベールさまのお力になりたいですの」


 アルベールは立ち上がり、イリスを見下ろす。


「ありがとう、ヴァレンティナ嬢」

 イリスは穏やかにうなずいた。

 アルベールが背を向け、扉へ向かう。足音が遠ざかり、やがて扉が閉まると、部屋のなかには静寂が訪れた。


 ――その瞬間。

 イリスの目から、ぽろりと一粒の涙が零れ落ちた。


「――お嬢さま。失礼いたします」


 アルベールが出ていってすぐ、やってきたメイドが涙を流すイリスを見て慌て出す。

「お、お嬢さま! どうなさいました……!?」

「……あ……ご、ごめんなさい。驚かせてしまったわね。……あの、わたくしね? たった今、失恋してしまったみたいなの」

「え……失恋……でございますか?」

 イリスの言葉を呟いたあと、メイドがハッと事情を察したように扉を振り返る。

「……わたくし、彼の恋を応援すると決めました。でも……今日くらいは、泣いても許されるかしら?」


 メイドがイリスの手を優しくすくう。

「……イリスさま。もちろんにございます。お疲れさまにございました」

 イリスはそっと目を瞑り、息をついた。

「ありがとう」

 親友を裏切りたくない。だからこそ、想いを胸の奥に閉じ込めなければならない。


「ねぇ、あなた。わたくし、知りませんでしたわ。恋って……こんなにも悲しくて、苦しいものなのですね……」

「イリスさま……」

 ですけどね、とイリスは続ける。

「わたくしは、ミレイユさまがアルベールさ

に選ばれたこと、心から誇らしいんですわ」


 だってね?と涙を拭い、イリスは窓の外を見上げる。

「ミレイユさまは、わたくしのなにより大切な親友なんですもの」

 遠い空に差す陽光は、既に傾き始めていた。



 ***



 ――魔法学園に入ったばかりの頃、控えめで口数の少ないイリスは、すぐに同級生たちのいじめの標的になった。


「ねぇ、あの子ってヴァレンティナ家のお嬢さまなんでしょう?」

「まあ、本当に? ずいぶん地味なおかたに見えますけれど」

「名門の出でも、オーラというのは身につかないものなのねぇ。お可哀想に」


 令嬢たちのくすくす笑いに、イリスは小さく肩をすくめる。反論すれば火に油を注ぐ。それが分かっているからこそ、イリスはその悪質ないじめに気付かないふりをして、ただ耐えるしかなかった。


 そのとき――。


「あら、楽しそうね。わたくしも混ぜてもらっていいかしら?」

 不意に、軽やかな声が割り込んだ。

 振り返ると、ひとりの令嬢がにっこり笑って立っていた。淡い桃色の髪を揺らし、堂々とした足取りで輪のなかに入ってくる。


「あなたは……」

 同じクラスのミレイユ・ルミエールだった。


「ふふ……。名門の出でもオーラがないですって? それならおかしいわ」

 不意に、ミレイユが口角を上げて、にやりと笑う。

「だって……わたくしの目には、あなたたちのオーラが見えないんですもの。とっても立派なお家柄ですのに……おかしいわよね? まぁ、それはわたくしの目が、おかしいだけかもしれませんけれど」


 笑顔のまま、さらりとした声で言い放つ。

 令嬢たちは一瞬ぽかんとしたあと、頬を赤らめて反論する。

「なっ……」

「わ、わたしたちはそんなつもりで言ったわけじゃ……ねぇ?」

「そ、そうですわ」

「あら、そう? それはごめんなさい」


 令嬢たちは口ごもり、互いに視線を交わした。

 ミレイユはにっこりと微笑んだまま、さらに言葉を重ねる。


「まぁ、そうよね。だって陰口って、結局じぶんのネガティブキャンペーンにしかならないし、本当に余裕がある子は、わざわざひとをからかうなんてこと、しないものね?」


 さらりと告げられた皮肉に、令嬢たちは一瞬言葉を失ってから、

「そ、それはそうですわ!」

「そうよねぇ」

「えぇ」

「それでは、ごきげんよう」

 結局、イリスをいびってきた連中はミレイユの登場に気まずくなったのか、そそくさとその場から退散していった。


 残されたのは、ぽつんと立ち尽くすイリスと、ミレイユだけ。

 ミレイユはいじめっ子たちがいなくなると、イリスのもとへゆっくりと歩み寄る。


「……あなた、大丈夫?」

「え、ええ……」

 イリスは慌てて小さく頷いた。

「あ、あの……」


 ミレイユは肩をすくめてイリスを見た。


「まったく……あなたってば、あんなふうに言われて黙っちゃダメでしょう? なんでもいいから、言い返さないと! でなきゃ彼女たちの思うつぼじゃない」

 イリスはうつむく。

「……それは、そうなんですが……」

「あんな連中、テキトーに相手してやればいいのよ。真面目に取り合ったところで、時間を無駄にするだけよ」


 あまりにあっけらかんとした言葉に、イリスは思わずくすりと笑った。

「それもそうね」

「そうよ」

「……あの、助けてくれてありがとう。えっと……」

「……ミレイユよ。わたくしは、ミレイユ・ルミエール」

「……ミレイユ、さま?」

「えぇ、そうよ」


 その日を境に、ふたりは少しずつ距離を縮めていった。

 イリスは、相手がたとえ公爵令嬢であろうとじぶんの意志をはっきりと告げるミレイユの強さに、幾度となく救われた。


「ねぇ、イリス。あなたって意外と負けず嫌いよね?」

「そ、そうかしら?」

「そうよ。だって、この前も授業で難しい魔法陣が描けなくて悔しそうにしていたじゃない。ひとり図書塔で夜遅くまで練習してたことも、わたくしは知ってるのよ」

「……見ておられたのですね」

「あなたのそういうひたむきなところ、わたくしは好きだわ」

「……とんでもないわ。わたくしは……ミレイユさまの、どんな場面でも堂々としておられるところが羨ましくて……」

「わたくしはただ、間違ったことをそのままにしておけないだけ。理不尽が許せないだけなのよ――」



 ***



 アルベールを見送った静かな部屋のなかで、イリスはそっと胸に手を当てる。


「わたくしは――ミレイユさまの幸せを、心から願っていますわ」

 小さな声でそう呟くと、胸の奥に広がっていた痛みは、少しだけやわらいでいった。


 涙はまだ乾かない。けれど、それでもいい。

 ミレイユの強さに救われてきたように、今度はじぶんが彼女の背を押してあげたい。


 窓の外を見ると、朱色に輝く夕陽が山の向こうへ身を隠そうとしていた。柔らかなその光は、イリスの頬を最後にひとつ撫でてから、消えていった。

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