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『元』悪役令嬢の生存戦略〜断罪はいやなので、ひとりで強く生きようとしたらあたしを捨てたはずの第1王子に執着されて困ってます!〜  作者: 朱宮あめ


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第6話


「――君は……この学園の生徒なのか?」


 我に返ったアルベールは、ミレイユに訊ねた。ミレイユは、前に落ちていた淡い桃色の髪を指先ですくい、パッとうしろ側へ払う。

 その仕草はどこか気だるげで、令嬢らしい淑やかさとはかけ離れていた。


「じゃなかったら、こんな痛々しい制服着ませんわ」

 吐き捨てるような声音に、アルベールは一瞬目を見張る。


 ミレイユの態度は、これまで出会った令嬢たちの作りもののような笑顔とはまるで違う。毒気を含みながらも、飾らず実直なかんじがした。

「……そうか」

 面食らいつつも、アルベールの口元には自然と笑みが浮かぶ。


「……君は、ずいぶんと変わった令嬢だな」


 あら、と、ミレイユがアルベールを一瞥する。


「初対面でじぶんは名乗りもせず、わたくしにだけ名乗らせてくるあなたもなかなかだと思うけど?」


 紫水晶のような瞳が、冷ややかにアルベールを射抜く。

 なぜだか、胸の奥がざわついた。異性に見つめられて、こんな気持ちになるのは初めてだ。


「……ちょっと、黙らないでくださる? まるでわたくしがあなたをいじめてるみたいじゃない」


 さすがのミレイユも、気まずそうにアルベールを見た。目と目が合い、アルベールはハッと我に返る。


「あ、あぁ……すまない。名乗り遅れたが、俺はアレン・クロードだ」

「クロード……? 知らない名前ね」

 ミレイユの反応に、アルベールは苦笑を漏らした。

「これでも、結構な名家なんだけどな」

「あら。ちやほやされるのがお望みなら、今すぐ教室に戻るといいわ。あなたほどの美貌なら、この学園の令嬢たちが放っておかないでしょうから」


 それはそうだが。アルベールはちらりとミレイユを見た。



「君は、そういうものには興味がなさそうだな」

「だってバカらしいもの。地位や家柄に固執するなんて」


 ミレイユはベンチの背もたれに身を預け、足を組む。そのままつまらなそうに、まばたきをした。


「……で、あなたはいつまでここにいるつもりなのかしら?」


 さっさといなくなれ、という圧が彼女の全身から滲み出ていたが、アルベールはあえて気付かないふりをして、ミレイユのとなりに腰かける。


「…………」


 ミレイユは、心底いやそうな顔でアルベールを見上げた。アルベールは負けじと笑みを浮かべる。


「君こそ、どうしてこんなところにいるんだ? ここには、学園の生徒は滅多に来ないと聞いていたんだが」


 笑顔を返され、ミレイユはふんとそっぽを向きながら、無愛想に答える。

「……そうね、まともな生徒は来ないでしょうね」

「それはつまり、君はまともじゃないということか」


 ミレイユがアルベールを睨んだ。


「言っておくけど、ここにいるということはあなたも同類ということですからね」

 素直で、まるで打算を感じさせない表情をするミレイユに、アルベールは思わず笑った。

「それもそうだな」


 これまでアルベールは、数え切れないほどの令嬢と顔を合わせてきた。


 しかし、これほど飾らない態度を取られたことは一度もない。

 これまで出会ってきたメイドや令嬢たちは、こぞってアルベールの婚約者の座を狙って媚びを売ってきた。

 こんなふうに、真正面からいやそうな顔をしてくる令嬢は、初めてだ。


 ミレイユはアルベールにはまったく興味がないようで、あっさり会話を切り上げると、ベンチのそばに咲く花を眺めている。


「……それで、なぜ君はこんなところにいるんだ?」


 アルベールは、わざとミレイユに身体を寄せた。ミレイユは眉を寄せ、アルベールを一瞥する。そして、身を引きながらぼそりと答えた。


「……花が好きだからよ」

「花?」

 予想外の答えに、アルベールは目を丸くする。


「は、花か……そうか、それは可愛らしい趣味だな」

 ぷっと小さく吹き出すアルベールに、ミレイユがさらに不機嫌をあらわす。


「……バカにしてるわね」

「違う違う、感動してるんだ」

「ふん、どうかしら」


 ぷんっ、と、子どものように不貞腐れる横顔を見て、アルベールはもう一度笑う。


 だれかと話して、こんなにも楽しいと思うのは初めてだった。


 ――もっと、知りたい。


 だれかに対して、そう思うのも。



 ***



 それからアルベールは、アレンとして学園の視察を終えたあとも、しばしば図書塔の最上階へ足を運ぶようになった。

 目的はもちろん、ミレイユに会うためだ。


 ミレイユは、変わっていた。みずからも貴族でありながら、権力や名声はもちろん、どんな美貌の男にも興味を示さない。


 そして、いつアルベールが訪れても、彼女はいつも図書塔の植物園にいた。花々に囲まれたベンチに腰をかけ、本を読んでいたり、居眠りしていたり。


 アルベールが足を運んでも、ミレイユはこれといってうれしそうな顔をすることはない。

 ただ面倒くさそうにあくびをひとつして、

「また来たのね。物好きだこと」

 と、そう言うだけ。けれど、アルベールを追い払うこともなかった。


 彼女の言葉には、いつもどこか棘があった。

 貴族らしい世辞や建前は一切なく、常に思ったことをそのまま口にする。

 アルベールが気取ってみせれば「くだらない」と一刀両断するし、真面目な話をしようとすれば「退屈」とあくび混じりに吐き捨てる。


 けれども、それが逆に心地よかった。

 彼女の言葉には遠慮はないが、取り繕いや偽りもなかったから。

 王宮でも学園でも耳にすることのなかった「本音」が、ここにはある。

 それは、アルベールがずっと求めていたものだった。


 優しい風が、花の芳しい香りを運んでくる。

「この香り……」

 いい香りだな、とアルベールが呟くと、ミレイユが花壇の端に咲いた白い花を指さした。

「あぁ、それはこの花よ」

「……これが」

 アルベールは花壇の縁に座り、花を愛でる。

「白くて、小さくて……花びらもきれいだな」


 ミレイユはゆったりとしたまばたきをしながら、

「月の雫という花よ。夜のあいだだけ咲いて、朝には萎むの。儚いけれど、しっかりとした存在感があって……わたくしのいちばん好きな花なの」

「そうなのか」


 アルベールが微笑むと、ミレイユはわずかに笑みを浮かべた。


 完璧な容姿。完璧な所作、言葉遣い。

 ミレイユが持っているものは、アルベールとよく似ている。しかし、アルベールにとっては、ミレイユとは生きている世界がまるで違うように思えた。


 じぶんにはない、生まれや環境に流されない意思が、ミレイユにはあった。


 そして、そんな彼女に、アルベールはどうしようもなく惹かれていった。

 アルベールは一呼吸おいてから、問いかける。

「ずっと、君に聞きたいことがあったんだ」

「……なにかしら」

 ミレイユは、花を見下ろしたまま答える。


「君は……もし、じぶんが王家の花嫁に選ばれたとしたら、どうする?」


 一瞬、空気が止まったように感じた。

 ミレイユは黙り込んだまま、アルベールを見つめる。

「……さあね。分からないわ。だってそんなこと、あるわけないもの」

「もしもの話だよ。もしかしたら、あるかもしれないだろ。たとえばそう……アルベール第一王子の花嫁とか」


 ミレイユはしばらく黙り込んだあと、ふっと息を吐くように話し出す。

「……そうね……もしも、わたくしがアルベールさまの婚約者に選ばれたとしたら」

「……選ばれたとしたら?」


 アルベールはごくりと唾を飲み、ミレイユの次の言葉を待つ。


「速やかに亡命するか、婚約破棄をお願いするわね」

「…………」


 沈黙が落ちた。

「……そうか」

 べつに、傷ついてなんかいない。だって、ミレイユはこの国の王子さまへの気持ちを言っただけで、今ここにいるじぶんへ向けて言葉を突きつけたわけではないのだから。

 それでも、アルベールの心のダメージは絶大だった。


「……そ、そんなに、王妃になるのはいやなのか? まともな人間なら、憧れるものだと思うんだが……。宮廷に住めるんだぞ? あのアルベール王子の妻だぞ?」


 取り乱すアルベールを、ミレイユは怪訝な顔で見つめた。

「その考えがいやなのよ。なんで、この世の女がみんな王宮に住みたいと思ってると思えるのかしら。意味わからないわ」

「…………それは」

 言われてみればそうだが、疑ったこともなかった。

「それに、あなたが言ったんじゃない。わたくしはまともじゃないって」

「それは……そういう意味で言ったわけでは」


 ミレイユはアルベールのことをじっと見たあと、不意に立ち上がる。アルベールの視界の端で、制服のスカートが、はらりと揺れた。


「わたくしはね、権力も名声もいらないの。ただ街の片隅でひっそりと、できればこうやって花や生き物に囲まれて、のんびり暮らせればそれでいいの」


 ミレイユがアルベールを振り返る。


「それがわたくしのいちばんの夢だわ」

「……そうか」

 アルベールは、目を伏せる。

「素敵な夢だな」


 王宮へ帰ったアルベールは、ミレイユを婚約者候補から外すことに決めた。


 ミレイユは、ほかの令嬢たちとは違う。アルベールが求婚したとしても喜ばない。むしろ、絶望させるだけだろう。

 もう会わないほうがいいと、その日を最後にアルベールは魔法学園への潜入をやめた。ミレイユのことはひとつの思い出にして、心の奥にしまいこもう、そう思っていた。


『――これは、殿下。御無礼をお許しくださいませ……!』


 貴族の子息や令嬢を集めた夜会で、ミレイユと再会するまでは――。


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