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『元』悪役令嬢の生存戦略〜断罪はいやなので、ひとりで強く生きようとしたらあたしを捨てたはずの第1王子に執着されて困ってます!〜  作者: 朱宮あめ


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第5話


 その日の午後、アルベールはヴァレンティナ公爵家を訪れた。

 応接間へ通されると、ほどなくして姿を現したのは淡いイエローのドレスに身を包んだイリスだった。


「アルベールさま……! うれしいです、アルベールさまが直々にお越しくださるなんて」

 イリスは、やってきたアルベールを見るなり、ぱっと花がほころぶような笑顔で迎える。


 一方、アルベールはイリスに微笑を返しつつも、落ち着いた声音で切り出した。

「ヴァレンティナ嬢、急に訪ねてすまない。どうしても、君に話しておきたいことがあって」

「まぁ! わたくしにですか?」

 なんでも聞いてくださいませ、と言わんばかりに、イリスの頬が期待に染まる。


「――実は、ミレイユ嬢のことなんだが」

「……え」

 アルベールが切り出すと、それまで明るかったイリスの表情に、ふっと影が落ちる。

「ミレイユさまのこと……ですか」

 イリスは一度目を伏せ、そしてからもう一度アルベールを見た。

「……あの、アルベール殿下はミレイユさまのことを、その……」


 迷うように口ごもるイリスに、アルベールは静かに頭を下げる。


「ミレイユ嬢からは、君が俺に好意を持ってくれていると聞いている。だからこそ、ここへ来ることは迷ったんだが……」

 アルベールの言葉にイリスは驚いた顔をしたあと、頬を赤らめて俯いた。

「も、申し訳ありません……その、わたくし……昨日の夜会でアルベールさまを見て素敵なかただなと……」


 アルベールはイリスに優しく微笑む。

「謝る必要はないよ。……だが、申し訳ない。俺は、君の気持ちには答えられない」

「……はい」

 イリスは苦笑し、静かに言った。

「分かっております。アルベールさまが慕われているのは、ミレイユさまですものね」

 すると、アルベールが苦笑を返す。

「実は……彼女は覚えていないだろうが、俺たちは、昨夜の夜会より前に出会っているんだ」

「まあ……そうでしたの!?」

 イリスが驚いて口元を押さえた。

「そのお話、詳しく聞かせてくださいませ!」

 と、目を輝かせるイリスに、アルベールは一拍置いて頷いた。


「――ミレイユ嬢と出会ったのは半年前。君たちが通うリヴァイン魔法学園へ視察に行ったときのことだ」

「半年前にアルベールさまが視察……? そんなことありましたかしら……?」

 不思議そうに首を傾げるイリスに、アルベールは穏やかに答える。

「君が覚えていないのも無理はない。王族の視察は基本、生徒には知らされないものだから」

「まぁ、そうでしたのね」


 イリスが知るはずがない。

 あのときアルベールは、変身魔法で姿を変え、身分を偽って学園に潜り込んでいたのだから。


 アルベールが行う視察は、次期国王になる身分の人間として、将来の側近にふさわしい家を選ぶというもの。


 王族として視察に赴けば、だれもがアルベールに笑顔を向けるだろう。だが、それでは意味がないのだ。

 ひとは、息をするように嘘をつく。

 どの家が敵で、どの家が味方か。


 アルベールは、同輩たちの素顔を確かめるために身分を偽り、貴族たちが通う魔法学園に潜り込んでいるのである。


 そして――そのときに出会ったのが、ミレイユだった。



 ***



 昼下がりの校庭。

 アレン・クロードという新興貴族の子息に扮し、転校生として学園に通い始めたアルベールは、初日から数人の令嬢に囲まれていた。


「アレンさま。よろしければ、これからわたくしたちとアフタヌーンティーはいかが?」


 真っ先にアルベールに声をかけてきたのは、ヴェルモン公爵家の令嬢、エリーヌ・ド・ヴェルモンだった。エリーヌは扇を揺らしながら、媚びるような笑みをアルベールに向けている。


「光栄です」

 アルベールは人懐こい笑みを返した。

「アレンさま。わたくしはエリーヌ・ド・ヴェルモンと申しますわ。そしてこちらがわたくしのお友だちのクララ・モンセリュとマリオン・シャデル」

「よろしく」

 アルベールは笑顔でそれぞれに挨拶をする。


 ヴェルモン公爵家にモンセリュ伯爵家、シャデル子爵家。

 名だたる名家のご令嬢たちに、アルベールはさっそく目をつけられたようだった。


「俺は運がいい。まさか、転校早々こんなに美しいかたがたに仲良くしていただけるとは思いませんでした」

 アルベールが言うと、

「まあ、アレンさまったら」

 と、令嬢たちは頬を赤らめ、まるで夢を見るような目をアルベールに向ける。


 身分を隠しても結局は容姿で群がる令嬢たちに、アルベールは内心うんざりしながらも、彼女たちとともに学園内にあるカフェへ向かった。


 カフェ――サロン・ド・ソレイユは、学園の森のなかにある。

 チョコレート色をしたレンガ造りの可愛らしい建物で、店内は令嬢が好きそうな猫足調の家具に、窓にはレースカーテン。

 壁には鮮やかな絵画や花模様のタペストリーが掛けられ、テーブルには季節の花が添えられている。

 放課後ということもあり、店内には学生たちが笑顔でお茶を楽しむ姿があちこちにあった。


 そして、アルベールたちが案内されたのは、日当たりのよいカフェテラスだった。

 エリーヌが店員にいつもの、とひとこと告げると、すぐに白磁のティーセットとガラス皿に盛られた華やかなケーキが運ばれてきた。


「アレンさま、こちらのケーキセット、このサロンでいちばん人気のものですのよ」

 エリーヌが扇を揺らし、 得意げに微笑むと、

「ここのブレンドティーも、香りが格別ですの」

 と、クララも自慢げに続けた。


 アルベールはカップを軽く持ち上げ、カップから立ちのぼる湯気と甘い菓子の香りに笑みを浮かべた。

「なるほど……香りが上品ですね。皆さまといっしょだからか、なおさら華やかに感じます」

「まぁ……アレンさまったら」

 令嬢たちは頬を染め、うっとりとアルベールを見つめる。


 それからしばらく談笑したあと、アルベールは微笑を浮かべつつ、切り込む。

「ところで、この学園にはヴァレンティナ公爵令嬢も通われているとか」


 その瞬間、エリーヌたちの笑顔がぴたりと固まる。


「……あら、よくご存知で」

「いえ。以前の学園で、美しく聡明な令嬢であると噂を耳にしておりまして……気になっていたんです」

「たしかに、美しいかたではありますけれど……」

「けれど?」


 エリーヌが、わざとらしくため息をつき、困ったような顔を作る。

「……美しいだけではね。舞踏会のときも、立ち居振る舞いが粗野で目に余りましたの。あれではとても、公爵家の名にふさわしいとは言えませんわ」


 すると、クララとマリオンも顔を見合わせてくすくすと笑い合った。

「……公爵令嬢のわりに所作もなっておりませんし、成績も、ねぇ……?」


 クララが扇で口元を隠しながら、そっと耳打ちした。


「ヴァレンティナ公爵家はすでに傾きかけているそうですわね? 華やかな衣装で虚勢を張っても、実際は借財に追われているとか」


「まぁ……まるで花だけは咲かせて根が枯れている薔薇のよう」

「まぁかわいそう。ご立派な家柄を守るのは大変ですのねぇ」

「…………」

 令嬢たちは頬を紅潮させながら、相手を蹴落とす言葉を楽しげに放っていた。


 エリーヌたちとのティータイムを終えたあと、アルベールは学園の最奥にある図書塔に足を向けた。


 図書塔の最上階には、王都でも有数の植物園があるのだ。


 塔は白い石造りになっていて、壁一面を覆うツタが学園の古い歴史を語っている。重厚な扉を押してなかに入ると、背の高い書架が迷路のように連なり、革の香りとインクの匂いが静謐な空気を演出していた。


 アルベールは螺旋階段を上っていく。

 最上階へ向かうには、この螺旋階段を使うしか手段がない。しかしそのおかげで、生徒たちはまず利用しない穴場なのだと従者に聞いた。


 最上階に辿りつくと、アルベールの目の前には温室仕立ての植物園が広がっていた。


 高いガラス窓からは優しい陽光が射しこみ、鮮やかな緑が落とした木陰が床に広がっている。

 大小も色もさまざまな花が咲き誇り、湿った土の匂いが清々しい。

 中央の噴水からは細やかな水滴が舞い、小さな生き物が花から花へと楽しげに飛び移っていた。


「……これはまた」


 アルベールは歩調を緩め、石畳の床に仰向けになった。従者がいてはこんなことはできないが、今はひとりだ。


 アルベールは、天井にはめられたステンドグラスを見上げる。


「……はぁ」

 じっと草木の擦れる音に耳をすませていると、胸の奥で澱んでいた思考が、少しずつ解きほぐれていく。


「ひとがいないというのはいい……」


 思えば、生まれてからずっと気を張る日々だった。


 対人の場面では常に腹を探り合い、相手がたとえ家族だろうと気を許すことはできない。


 友好を装い、陰では平然と他人を貶める。

 宮廷内外かかわらず、ひとと接して見えてくるのは悪意や浅ましさばかり。


 おまけに、今回の視察には、貴族の子息や令嬢たちの内部調査だけでなく、アルベールの花嫁探しも含まれていた。


 しかし、

「この学園にも、俺の求めているものはないな……」


 結婚になどそもそも興味も期待もないが、せめて身近に置いても不愉快にならないひとを選びたい。しかし、アルベールにとってはそんな些細な願いすら難しいことだった。


 なぜなら、アルベールほどの美貌に期待しない令嬢はいないからだ。これまで会ったどんな令嬢も、アルベールの容姿に憧れ、地位に目が眩んだ。


「……まったく、こんな家に生まれなければな」


 もう一度小さくため息をついた、そのときだった。


「……珍しく、来客があったと思ったらため息ばかり。せっかくいい気分で寝ていたのに……ねぇ、あなた。そのため息、鬱陶しいからやめてくださらない?」


 涼やかな声がして、アルベールはゆっくり身を起こした。

 声のしたほうに目を向ける。

 木漏れ日のさすアーチの先、白い花々に囲まれたベンチに座っていたのは――。


 淡い桃色の髪が、陽光を受けてほんのり金色味を帯びながら、花びらといっしょに舞い踊るように波打っている。


 切れ長の瞳は紫水晶のように澄み、長いまつ毛は瞬きをするたび頬に影を落としている。

 血色の良い唇が小悪魔めいた微笑を形づくっている。


 アルベールは一瞬、息を飲む。

 ――人形?

 少女がパチリとまばたきをする。その瞬間、ハッとした。

 ――いや、違う。


 アルベールは少女の格好に目を向けた。


 深い藍色のボレロに白いブラウス、その裾からのぞくのは落ち着いた色合いのチェックのプリーツスカート。喉元には赤いリボンタイがきちんと結ばれ、胸には銀糸で刺繍された小さな紋章が輝いている。


 少女は、リヴァイン魔法学園の制服を着ていた。


「……君は」


 桃色髪の少女は、大きなあくびをしながらちらりとアルベールを見た。


「わたくしは、ミレイユ・ルミエールですわ」


 花園のどんな花々よりも鮮烈に、彼女はアルベールの胸に刻まれた。

 これが、アルベールとミレイユの出会いだった。

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