プロローグ
『――ミレイユ・ルミエール! 貴様を国外追放とする!』
玉座の前に敷かれた深紅の絨毯に無理やり膝をつかされながら、あたしは元婚約者の口から放たれたその言葉を受け止めた。
ぱらぱらと光を散らすシャンデリアの下、元婚約者であるアルベール・ディスワードが冷ややかな瞳であたしを見下ろしている。
『貴様は地獄でじぶんの犯した罪を償うがいい』
高窓から吹き込んだ冷たい風が、蝋燭の火をくらりと揺らした。あたしは、正面に鎮座するアルベールから地面へ視線を落とす。
『ざまぁないな』
『こんな大勢の前で追放を突きつけるなんて、アルベールさまもおひとが悪い』
『仕方ないだろ。あの女がイリスさまにしたことを考えたら、これでも甘い処分だ』
周囲に立つアルベールの側近たちは、ひそひそとささやきあいながら、嘲笑うような視線をあたしに向けてくる。
あぁ、もう。うっとおしい。
『愚かな女だ』
……はぁ? 愚か?
『なんて醜いのかしら』
『本当にね』
だから、だれが醜いですって? 笑わせないで。
本当のあたしは賢いのよ。男に溺れて断罪されるなんてヘマはしない。
あたしは顔を上げ、あたしに向かって追放を突きつけた目の前の男を睨みつけた。
アルベール・ディスワード……。
この国の第一王子であり、あたしの元婚約者でもある男。
『貴様っ……! なんだ、その反抗的な目は』
アルベールの背後に立つ騎士が目を血走らせてあたしを叱責する。
『いいよ、グラン』
『しかし、殿下……っ!』
『それより、もう連行しろ』
『……はっ』
アルベールの指示が飛ぶと、すぐに屈強な体格の騎士がふたり、あたしのもとへやってきて、両腕を無遠慮に掴んだ。
……痛いんだけど?
思い切り暴れてやりたいが、暴れたところでさらに強く拘束されるだけだろう。
……あぁ、もう。どうしてこんなことになったのかしら。
アルベールの婚約者だなんてめんどうな立ち位置、こちらから願い下げなのに。
あたしは、ふつうの暮らしができればそれでよかったのに。
それもこれも、思い出すのが遅すぎたのだ。
なにを、って決まってる。
あたしが、悪役令嬢『ミレイユ・ルミエール』であるということを――。
***
目を開けると、見慣れた天井が見えた。ハッと息を吐く。
一度目を閉じてから、もう一度目を開けた。
「……なんだ、夢か」
こめかみをつたう汗を手のひらで拭って、あたしはサイドテーブルにある鏡を見た。
鏡に映るのは、淡い桃色の髪に、まるで人形のように整った顔をしたナイトドレス姿の令嬢。
紛れもなく、あたしだった。
あたしがWeb小説のキャラクターに転生したことに気がついたのは、つい先日のこと。
あたしはもともと、現代でアイドルをやっていた。
『プリティー・キャンドルの朝倉くらら』
それが、あたしの本当の名前。
現代の若者であたしを知らないひとはたぶん、ほとんどいなかったと思う。
十四歳のとき、地下から始めたアイドル活動だったが、ライブのパフォーマンス中にファンが撮った奇跡の一枚がXでバズり、あっという間に全国レベルのアイドルになった。
それから十七歳まで活動を続け、アイドルを卒業したあとは女優に転身。そして二十四歳のときに不運な事故により死んだ。
現代でのあたしは無敵だった。Xのフォロワーは二百万人を超えていたし、国営放送の大河ドラマにもレギュラーで出演した。
街を歩けばひとだかりができ、空港に行けば熱狂的なファンがあたしを取り囲んだ。
それなのに――。
よりにもよって、あたしが転生したミレイユ・ルミエールというキャラクターは、ヒーローとの婚約を破棄されたくないあまり、ヒロインをいじめ抜いて断罪追放されるという、残念すぎる悪役令嬢。
あたしが追放? こんなに可愛いあたしが?
いや、ふつーに有り得ないんですけど?
なんて、記憶を取り戻した直後こそ小説の内容にくだらないと呆れたものだが、すぐにじぶんの置かれた状況にハッとした。
呑気にしている場合ではない。
だって、くだらないと笑ったミレイユ・ルミエールは、ほかでもないあたし。
断罪追放は、あたしの未来なのだ。
このままなにもしなければ、あたしは小説のなかのミレイユと同じルートを辿り、国外追放になってしまう。
アルベールだとかいう例の王子は、たしかに整った顔立ちをしているけれど、あたしは特段興味をそそられない。
ぶっちゃけ、現代でさんざんイケメンと遊んできたし、飽きてしまった節がある。
それに、ミレイユが喉から手が出るほどほしがっていた地位や名誉も、現代で堪能したから間に合ってるし……。
いや、というよりである。
小説のなかのミレイユの役割はまるで当て馬なのだ。そちらのほうがあたしは気になる。
トップアイドルだったあたしが当て馬? 引き立て役?
冗談じゃない!
あたしは、イリスなんかよりぜんぜん可愛い。
さすがに世界で一番可愛いだなんてことは思ってやしないけれど、少なくともこの小説の登場人物のなかでは、トップクラスのキャラクターだという自負がある。
つまりなにが言いたいかというと、あたしはじぶんをないがしろにするような男を追いかけるようなバカじゃないし、男に依存して破滅するアホでもないってこと。
記憶を取り戻した現時点では、幸いなことに小説の物語は始まってはいない。
だからあたしは、決めたのだ。今世では、なにがなんでも小説の流れに抗って生きてやるって。
イリスにあたしを本当の親友だと信用させて、間違っても、アルベールに好意を抱かれないようにする。
そうすれば、ふたりはふつうに恋をして、ふつうに結ばれるはずだ。
あたしの存在関係なく。
うん、それがいい。これがいちばんだ。だってこれなら、だれも不幸にならない。
そういうシナリオを組み立てていた。それなのに……!
『ミレイユ。ずっと、会いたかった』
愛おしげにあたしを見つめるのは、宝石のような蒼色の瞳。
『結婚しよう。必ず幸せにする』
『は……はあ!?』
どうしてまた、アルベールと婚約することになってるのよ……!?




