4話 幸せな時間④
妹に好きな人ができた。
妹はその人のことばかりを語る。
隠している様子もないので、暴露するが、その相手はどうやら護衛の少年らしい。わたしから見れば同じが気にしかすぎないが、妹から見れば十二分に大人のお兄さんだった。
その護衛のことは覚えている。
凛々しい顔立ちは、護衛たちの中でも目立つほどに美しかった。
佇まいも凛々しく、その姿は絵になるようだった。淡い紫色の髪の少年といえば、彼以外には思い当たらない。
「ほんとうにかっこいいのよ。お名前はって訊いてもいい? デートしたいわぁ。婚約者はいるのかしら?」
気を利かした召使が情報をこっそりと入手してきたらしい。召使と作戦会議中だ。
こっそりと情報収集したと言い張っていたが、その話題は無関心なわたしにもわかるほどに話題にあがっていた。
彼の名前、出自、経歴、趣味嗜好、仕事ぶりなどなど、情報交換は盛んだ。
出自は騎士の分家の息子だとか。剣の才能はピカイチで9人いる兄よりも優れている。
だが家督を継ぐのは長兄。ほんとうは決闘で成り上がることも可能だが、彼自身がそれをしなかった。
こうして宮廷の姫君の護衛をしている、と。
分家、か。
本家だったらなぁ。せめて長兄だったら、と現実的なことを考えてしまうのが大人である。
召使も執事もそんなことをわかっていて、それでも恋愛話に盛り上がっているのだろう。
立場を考え見れば、妹と彼は結ばれないし、妹もどうせ一瞬の青春と恋だ。1年後には飽きてしまうだろう。
まぁどうせ叶わない恋だ、と事実を言ったところで無駄だろう。
このとき、わたしは妹の恋愛をなんだかんだで心配していた。やきもきとした気持ちで、恋に恋する妹を可愛い馬鹿だと横目で思いながら。
わたしにはあんな青春なかったなぁ、とどこか羨ましくもある。
多分、何十年も前はあった。恋愛漫画や周囲の影響を受けて、その気持ちに共感したいと思っていた。けれどわたしは誰かを本気で好きになるという感覚が欠如している。
わからないのだ。
誰かを好きになること。
誰かを好きにさせることが。
学校でも職場でも誰かを好きになれる人はいる。こうしてカップルや職場結婚があるわけだが、わたしには理解できないのだ。
いつの間にか誰かを好きになっていたということに。
わたしは自分の婚約者がだれなのか、水面下でどういった話が進んでいるのか、そんなことなどつゆ知らず。頭をかすりもせずに、妹の恋愛話を他人事のように聞いていたのだった。
微笑ましいと思う。
その一方で残酷だと思った。