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1話 しあわせな時間①


わたしが生まれた家は裕福なようだ。

それは身に着ける衣装が重たく、重質な生地なこと。胸元に飾られたエメラルドの宝石がキラキラと輝いていること。

部屋が無駄に大きいこと。天井が無駄に高いこと。

ろうそくを無駄に使うこと。

湯船の水がとても温かく、薔薇の花びらが浸っていること。

メイドや召使といった世話をみる人たちが何人もいること。

料理が何品も出てくるところ。


こんなに煌びやかな衣服を身に纏ったのは初めてだった。

あの世界でもこんな大きなエメラルドは画像検索で見たことはあるが、実物を目にするのは初めてだった。

豪奢な衣装は赤ん坊にとっては重しでしかない。

自由が効かない身体がさらに不自由になる。体を動かそうとすれば衣服が肌をこすり、無駄に長く大きい袖が垂れる。


この世界には科学とは違った文明が溢れている。

もしかしたら科学文明よりも高度なのかもしれない。

ろうそくに灯を灯す際には、魔法の言葉をいう。

「テルリア」


上手い人だとすべてのろうそくに明かりがともり、下手な人間だと1,2本ほどしかつかない。


カーテンを開ける際も、上手い人は指を左から右に動かしただけでカーテンが連動するかのように動く。下手な人は歩いていって、手動でカーテンを開ける。


一日中、やることがなくて退屈だった。

やることも見るものも遊ぶ場所もない。

やることがあるとすれば、食べる、寝る、風呂に入る、服を着る、くらいだが、それはやることに含まれるわけがない。

やることといえば、空を見ることくらいだった。

そして、いつからか魔法の練習をしてみることとなった。


「てしゅにあ」


口がうまく動かない。

不思議なことに異世界言語だというのに、頭の中では生まれたときからすでに翻訳ができていた。

これがネイティブ感覚なのだろう。

昔、英語の勉強に苦戦していたのがバカバカしく思えるほどだ。

異世界語も同様に文法の違い、言葉の表現の違いがあるのだが、それが気にならない。


あげた手の指を左右に動かす。連動してなにかが動くことはないが、何度も何度も行う。

指は上手く動かないから、端からみれば腕を横に振っているだけに見える。まるでファンがアイドルを応援しているような動きだ。


「てしゅにあ......ぅっ......」


どごっ、と衝撃が頬を奔る。

衝撃を受けたのが目玉だったため、ほんとうに痛い。

次には身体全体に重力を受けた。

生温かいもの。それは子供だった。子供の短い指がわたしの服の上をひっかく。


子供。それは双子の姉か妹だった。

その子供の髪は美しいほどの黄金の髪だった。目を見開けば目を惹くほどの美しい緑の瞳の持ち主だった。その子は寝相が悪い。よくこうして、わたしが窒息死しそうになる。

子供の体温は高い。今は夏だったからべっとりとした熱はいいものではない。


(あっ......これは)


うっ、うっ、と準備段階のうめき声がはじまった。

このあとに始めるのは泣く声だ。

サイレン。

耳をつんざくような泣き声だ。

夜中寝ているときに、こんな大声を出されたら怒りたくもなるだろう。不眠になってしまう。


(なんで......隣に置くんだよ......)


この子は可愛い。愛らしい。見た目もいい。

逆に見た目以外になんの魅力があるかわからないが、見た目を通りこした愛着や愛しさみたいなものがある。けれど耳元で大声で泣かれると、こちらの気がおかしくなる。

こんなこと言ってはいけないのだろうが、子供が可愛いなんて迷惑をかけられながら思える人のほうがおかしい。


子供の人権が重視されたのは近代だ。

それ以前は子供の人権はなかった......といえる。

というか、普通に人権意識自、子供に限らずになかった。

間引く対象は老人と子供である。子供は労働力にならないとされ、重視されない傾向にある。


バチンっ、と鋭くぶつかる音がした。楽器の弦が強くはじかれるような音だった。

はたかれた。

わたしがではない。

隣の人が叩かれたのだ。


ああ、可哀そうに。


泣き止むわけでなく、さらに泣いた。

そのたびに、叩かれる。

どうやら隣の部屋で大事な話があるらしい。

子供の声は煩かったのだろう。

実はこんなことは何回かあった。

叩いたのは母親ではない。召使いだ。

わたしを生んだ、あの美しい黄金に輝く髪と翡翠の輝かしい相貌をもつあの人は、食事のときに会うくらいだ。

裕福な家庭の母親は母親をしない。子供を愛でることはするが、育てることはしないのだ。


召使は「お客様が来ています。礼儀正しく静かにしなさい」と声を張り上げた。

赤ん坊は泣き止んだ。

それは話し合えばわかるからだ。

と言いたいが、魔法だった。

口を閉じる魔法だった。

もしくは眠る魔法。

もしくは意識を失う魔法。



「いたいの、いたいの、とんでゆけ」


気休めだ。

そんなもので治るのならだれもが健康に過ごせるだろう。


「いたいの、いたいの、とんでゆけ」


こんなので飛んでいくわけがない。

妹がぎゅっ、と指を握った。

温かい。

妹は母譲りの金色の髪をしている。閉じた瞼の奥にはエメラルドの美しい瞳がある。それを囲む長い睫毛も金色だった。


わたしたちは双子だ。

わたしはほんとうのこの家の子供ではないのだけれど。


双子でも簡単に見分けられるのは、髪色だった。

わたしの髪は赤毛色。父親譲りの紅の髪の毛だった。

アニメで見る分には美しいんだけど、実態は派手すぎて、落ち着かない。

金髪でもそう言ったに違いないが。


ふっくらとしたほっぺたは麗しい。可愛さすらある。

これと髪色だけは違う自分がいる。

ほんとうにそうなのだろうか。

心と身体は一致しない。

醜いわたしと彼女は髪色を覗いて同じ見た目をしている。

わたしは彼女の温かさや向けられた愛情を疑いもなく享受できることが理解できない。

多分、母親にとっても、わたしは可愛くないだろう。

まっすぐに向けられる愛の眼差しを受け止められない。

ときどき、ふと自分でも無自覚に悲しい目をしてしまう。

冷めた目でこの光景を見てしまうのだ。

場違いなほどきれいなドレス。質素だけれど手作りの食事。ばらつきのある味付け。母から向けられる疑いのない目。幸せだと疑いない日々。

多分これが......


わたしが享受していいものなのだろうか。

死のうとは思わない。だって痛いし恐いから。生まれ変わった今もきっと死ぬのは恐い。この次が生き返られるとは限らないし。

だからこそ。祈っている。

神様。そんなものはいるわけがないけれど。

わたしは、誰が死んでも死に戻りなんてしません。タイムループを数百回も繰り返しません。

だから誰も死なせないでください。





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希望があるなら、絶望をつくりたい

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