表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

第一話 ⑤

 一説では、身体を形成する無数の黒い球体が細かな『(ドット)』に見えることから、【ドットマン】と呼ばれるようになったと言われている。

「ドットマンは、ボクたちを示す総称だ。ボク個人の名前は、ナーデル。ドットマン・ナーデルとでも、縮めてナーデルとでも、好きに呼んでくれ」

「俺の名はクロウだ」

 ナーデルは形こそ人間だが、口や鼻、目や耳といった器官は見当たらない。しかし奴は、至って自然な、違和感のない男の声を発している。

 得体の知れないヤツだ。

「ナーデル。お前はここで何をしている?」

 さきほど『野蛮』と言われたことに対し、俺は嫌悪感を露わにして返した。

「こっちのセリフさ。ボクは人間観察のために、この星に滞在している。さっき近くを通りかかって、山に宇宙船が墜落するのが見えたんだ。それで何事かと、様子を見に来たってわけ」

「ここはお前たちドットマンの縄張りなのか? 俺は侵略をしにここへ来たのではない。船の故障で、偶然のできごとだ」

 俺の発言に、ナーデルは首を横に振る素振りを見せた。

「ボクたちの縄張りってわけじゃない。この星はすべて人間が支配・管理しているからね。ボクはそこにひっそりと紛れて、気ままに観察を続けているだけさ」

「他に仲間はいるのか?」

「いや、ドットマンではボクひとりだけだよ? 他の種族って意味では、いろいろいるけど」

「おお、そうか!」

 ナーデルの情報をすべて信じたわけではないが、この星には他にもエイリアンが滞在しているという希望は見えた。これなら退屈せず、戦いを申し込むこともできるだろう。

 戦いに勝てば、船の修理をさせることもできるはず。

 そのためにもやはり、俺はハルカに弟子入りし、柔道を学んで強くなるのだ。

「……あなたは正直、大男がコスプレしてるって言われれば信じちゃいそうな見た目だけど、あのナーデルってやつはホンモノって感じね」

 俺を横目で見ながら、ハルカが言った。俺はレプティリアンに見えないということか?

「それは、俺が顔をマスクで覆い隠しているから、そう見えるだけだ。俺の素顔は、人間とは大きく異なるぞ」

 と、俺は訂正しておく。ナーデルの姿は信用されて、俺の姿は胡散臭がられるのは(しゃく)だ。

「それはそうと、クロウ。ボクはキミたちの一部始終を木の影から観察させてもらっていたんだけど、キミは強い存在と戦うことに喜びを感じる種族なんだよね?」

「そうだ。俺たちレプティリアンは、戦う相手が強ければ強いほどに良い! そのために俺は、ここにいるハルカに弟子入りを頼んでいたのだ」

 俺の説明を聞いて、ナーデルは「クフフフ」という含み笑いのような声を発した。

「やっぱりそうだよね? そういうことなんだよね? クフフフ」

「何がおかしい?」

 俺が怒気を含んだ声で一歩前に出ると、ナーデルは両の腕を広げる。

「いや、別にキミを(わら)ったわけじゃないんだ。ボクならキミの手助けができそうだと思って、嬉しくて笑ったのさ」

「手助けだと?」

 どういうことだ? 俺が弟子入りできるよう、ハルカを説得してくれるのか?

「ああ。こうするのさ」

 ナーデルがそう言うと、奴が広げた両腕の先端から球体が一つずつ分離し、それらが俺とハルカ、それぞれに一つずつ接近してきた。

「うん。ここなら、二人にギリギリ届く距離だね」

「えっ! ちょっと、なにこれ⁉」

 突如自分の目の前に近付いてきた黒い球体に、ハルカは肩を縮こまらせている。

 俺も両足を肩幅に開き、いつでも戦えるように身構える。

「おお、スーパーボールみたいなのが浮いてる!」

 タクは謎に喜んでいる様子だ。

 周囲が暗いこともあって、ナーデルの身体を構成する球体は色も大きさも、視覚カメラが無ければ見え難い。

 もし仮に、ここで奴がなんらかの戦意を示し、戦いに突入するなら受けて立つが、この球体一つ一つの見え難さはかなり厄介。

 それに今の俺にとっては、ハルカから柔道を学ぶことの方が重要だ。

 ナーデルと戦うなら、柔道を学んだあとだ。

 俺はそう考え、こちらからは手を出さず、近寄ってきた球体とナーデルとを見つめる。

「クロウ。今からキミの精神と、そこのハルカちゃんの精神を入れ替える」

 なに⁉

 い、今、ナーデルは、入れ替えると言ったのか⁉

「ナ、ナーデル! それは――」

 俺が待つように言おうとしたその瞬間、俺とハルカの(そば)に浮かんでいた球体が(まばゆ)い光を放ち、視界がくらんだ。

「うおおッ⁉」

「きゃっ⁉」

 俺もハルカも思わず声を上げ、目を閉じた。

 同時に、額のあたりに熱い何かがぶつかったような感触がして、身体の感覚がなくなった。

 数秒経って、眩い光は消失。

「――な、なにが起こった⁉」

 俺は薄く目を開ける。

 いくつか違和感がある。

 まずは今自分が発した声。

 まるで澄み渡る空気のような、ハルカの声とそっくりなのだ。しかも日本語。

 次は視界だ。

 赤外線モードで、全体が緑色に見えていたはずの俺の視界。だが今は、全体が薄暗く見えつ

つも、白い月明かりが照らす空間の色合いは、白と黒、それと淡い青がベースカラーに感じら

れ、とてもクリアだ。

 しかも、立ち位置も変わっている。

 ここで俺は気付く。

「え……」

 フェイスマスクが、無い。

 手を持ち上げ、素顔に触れる。スベスベした、艶を感じる肌触りは、明らかにレプティリア

ンのザラついたそれではない。

 ナーデルはついさっき、『入れ替える』と言った。

 まさか。

 俺は恐る恐る、首を回してみる。

 そして確信する。

 俺が見つめる先に、俺が立っていた。

 その俺も同時に、こちらを振り向いた。

「うそ……っ⁉」

 低く唸るような声で、二メートルほど離れた場所に立つ俺が言った。

 俺が目の前に立っているということは、この俺の身体は……?

 俺はおもむろに視線を下に向け、ふくよかな胸のふくらみを視認。

 ま、間違いない。これは、ハルカの身体だ!

「これは!」

 俺は試しに、両の手で胸に触れてみる。やわらかい感触がして、細く白い指が、衣服の上か

ら胸にむんにゅりと沈み込む。

「う、うおお!」

 これまで味わったことのない、言葉にできない感触に、俺は思わず呻く。ハルカの声で。

「ちょっと! どこ触ってるのよ⁉」

 と、前方に立つ俺が俺を指差す。

 俺の巨体を今動かしているのは、ハルカの精神だろう。

 理屈はわからないが、精神が入れ替わったことで、俺はフェイスマスクの翻訳機能なしでも、

人間の言葉が(なま)ることなく話せるようになっている。

「えっ! えっ⁉ ね、姉ちゃんとクロウが、入れ替わったの⁉」

 予想外の展開に、タクが狼狽えたような、それでいて興奮したような声を上げた。

「うまくいったみたいだね。これでクロウは実質、ハルカになった。エピソード記憶は引き継

げないけど、言語野は引き継がれるから、言語の理解は可能のはずだよ。人間の女の子の身体

でなら、大抵のエイリアンを強敵と感じられるだろうさ」

「ま、待て! どうしてそんなことになる⁉ 俺は俺の身体で戦うことに喜びを感じる! ハルカのではない!」

 と、俺は抗議するが、ダメだ! ハルカの声が出る! 調子が狂う!

「ちょっとクロウ! 足開かないでよ! ガニ股になってるじゃない!」

 ハルカのイカツイ声が飛んできた。

 俺はあくまで自然体の感覚でいたが、指差されて見下ろすと、確かに両方の足が肩幅に開かれたうえで、膝が曲がって、重心も少し下がっている。

「あ、ああ」

 俺は足を延ばし、臀部に力を込めて尻を締め、背筋を伸ばす。

 人間の身体の構造だと、立ち姿も変わってしまうのか。

「それはそれで反り返ってヘン! 胸張りすぎよ! 気をつけの姿勢をめちゃくちゃ力んでやってるみたいじゃない!」

 またしても俺を指さして、ハルカがドスの利いた声を出した。

「ナーデルって言った? あなたどういうつもり⁉ 今すぐもとに戻して!」

 今度はナーデルを指差して、ハルカがドシンと、俺の足を踏み鳴らした。

「そうだ! もとに戻せ!」

 俺も威嚇の意味で足を踏み鳴らすが、音も震動も出ない! ハルカの足が細くて、軽すぎる

ためだ。

「なにを言う? ボクはクロウの望みを、ボク自身にもリターンがある形で叶えたに過ぎない。

野蛮な宇宙人と人間の少女が入れ替わったら、どのような現象が起こるのか。ボクは観察する

者として、それに興味が湧いたんだ」

 ナーデルは広げていた両腕を降ろし、肩を竦めた。

「ふざけないでよ! わたし、明日学校でテストがあるの!」

「何日か入れ替わったまま過ごして、観察させてくれ。ボクの気が済んだら、元に戻してあげ

るよ」

 憤りをあらわにするハルカに、ナーデルは両手を胸の前で合わせるポーズを取る。謝罪の意か何かだろうか?

「ナーデル。今すぐもとに戻さないと言うなら、命はないぞ?」

 俺は凄みを利かせて言うが、やはりハルカの声では響きが柔らかく、迫力に欠けてしまう。

「クフフフ。ハルカちゃんの可愛い声で言われても、脅されてる感じはしないなぁ」

 お、おのれナーデルめ! その笑いには弄びの心理を感じるぞ!

「貴様、楽しんでいるな?」

「楽しいか、楽しくないかで言えば、当然楽しいさ。レプティリアンのキミが強さを追求し、戦いに喜びを感じるのと似たようなものだよ。ボクのようなドットマンの場合、それが他の生物を観察し、その精神が織りなす感情や物事の揺れ動きを知ることってだけさ」

 ナーデルはそう言うと、森の闇の中へと後退していく。それも、背後を振り返ることなく。

 奴の頭部、決まった場所に特定の器官がついているようには見えない。もしかすると、身体に前後の概念がないのかもしれない。

「ちょっと待ってよ! エイリアンってみんな、そんなに自分勝手なの⁉」

 ハルカが俺の声で言うが、ナーデルは答えることなく行ってしまった。

 俺はさきほど放り捨てた武装に飛びついて、離れていくナーデルを追撃しようとするが、人間のハルカの腕力では、俺の武器を持ち上げるだけで一苦労だ。

「く、くそ!」

 スピアは重くて持てない。ブーメランなら平気だが、こんな華奢な肩では投げられない。

 だとすればもはやダガーしかないが、ダメだ、もう奴を見失ってしまった!

「もうマジ最悪! こんな図体でどうしろっていうのよ……」

 その場でガクリと膝をつくハルカに、タクが恐る恐る近づく。

「ね、姉ちゃん?」

「タク……わたしの声、低い?」

「う、うん。けど、その話し方、姉ちゃんそっくりだ。ぼくの好きな食べ物は?」

「からあげでしょ?」

「当たり。本当に入れ替わってるんだ!」

 タクは感嘆したような声を上げる。

「こうなれば仕方ない。一先ず撤退して状況を整理し、態勢を立て直すべきだ」

 ハルカの身体で、俺はハルカ(俺)に歩み寄り、その広く逞しい肩に手を置く。

「クロウ。わたしずっとこのままなの? 何か、元に戻る方法はないの?」

 苛立たし気な声だ。

 フェイスマスクの奥で、ハルカは一体どんな顔をしているのか。

 いや、まぁ、俺の顔なんだが。

「わからん。俺はナーデルの、……ドットマンの技術をほとんど知らんからな。奴の気が済むまで、このまま過ごすしかない」

「ナーデルの気が済むまでって、いつまで?」

「奴に聞け」

 俺は言いながら、ハルカを立たせようと、脇に手を入れる。

「きゃ! なに触ってるのよ⁉」

 なぜそんなに驚く? 俺は俺の身体に触っているだけだぞ?

「立て、今重要なのは狼狽えることではない」

 俺は細腕に力を込める。が、ビクともしない! 重たッ!

 ハルカは自力でぐんっと立ち上がった。

 人間のハルカと、レプティリアンの|ハルカ(俺)がこうして間近で並ぶと、その体格差が際立つ。

 うむ。客観的に見て、我ながら良い威圧感だ。肉体の強さがひしひしと伝わってくる。

「よし。そのまま、俺が取り外した武器を拾え」

「こんなの家に持って帰ったら、お母さんに怒られるわよ」

「武器はあとで、家のどこかに隠そう」

 反論するハルカを、タクが宥める。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ