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第一話 ④

 もらった! と、俺が勝ち誇った、次の瞬間。

 ハルカは俺の腕を肩に背負い込むように身を捻ると同時、腰を俺の懐に入れ込んだ。

 その一瞬のできごとは、しかし、俺の目には、まるでスローモーションであるかの如く鮮明に見えた。

 ハルカが俺を押したのは、俺に対抗心を芽生えさせ、前に出させるためのフェイク!

 そうしてまんまと前に出た俺の勢いを利用し、三度目の投げ技を繰り出したのだ!

 地面と空が反転し、俺は、頭から地面に突っ込んだ。

 僅かな間、視界が真っ暗になり、土の匂いが頭全体を包む。

 身体が倒れ、その衝撃で頭が地上へ引っ張り出された俺を、ハルカがまた見下ろしていた。

「これで満足?」

 ば、バカな⁉

 俺が、こ、この俺が! 人間のメスに負けたと言うのか!

「ああ……」

 俺は悔しさに振るえながら、声を絞り出す。

「俺の、負けだ……」

 信じられんが、これが夢じゃないことはさすがにわかる。

 認めるしか、ないッ!

「それじゃ約束通り、拓の質問に答えてあげて。それが済んだら、わたし達は家に帰る」

 く、屈辱だ。

 だが、その屈辱を上回り、塗り替える勢いで、別の感情が沸き起こってきた。

「む、無論、約束は守る。だがこちらも一つ、叶えてほしいことがある」

「なに?」

 微かに怪訝そうな顔をしたハルカだが、俺に先を促した。

「今、お前が俺を倒した技――柔道と言ったか? それをもっと知りたい!」

「それくらい、宇宙人ならググればわかるでしょ?」

「ググれ、とはなんだ?」

 わからん。

「拓? ほら、この人に気になること聞いてごらん?」

 俺の問いを無視して、ハルカがタクを呼ぶ。

「クロウ、大丈夫?」

 ハルカに歩み寄るタクは、心配そうに言う。

 そ、そんな憐れみの目を、俺に向けるな!

「こ、この程度、なんともない!」

 俺はずいっと立ち上がって、堅牢な肉体をアピールする。

「姉ちゃん、中学のときに柔道の全国大会で優勝したことあるんだ」

「全国大会……己の力を示し、競い合う(もよお)しか……」

 タクの話を聞くに、ハルカは柔道のエキスパートらしい。

 ならば、ハルカの弟子となり、柔道を追求したくなってくる俺だが、ここはまず、ハルカとの約束を果たそう。

「タク。お前は俺から何を知りたい?」

「ここで立ち話もなんだから、(うち)に来ない? ぼくたちのお母さん、いま出張でいないからさ!」

 タクの発言を翻訳するに、俺はこの姉弟の縄張り、それも拠点に招かれているらしい。

「ちょっと! なにを言い出すのよ⁉」

 タクの隣で、ハルカが取り乱す。

「さっさと質問済ませて帰るの!」

「一生に一度あるかどうかの、第五種接近遭遇(だいごしゅせっきんそうぐう)だよ? こんなチャンス、今の地球上でぼくたちにしか巡ってないよ! 朝まででいいからさ!」

「バカ言わないで!」

 タクの考えとハルカの考えは違うようだが、

「タクの質問に答えるのが約束だ。だがここでは無理というなら、俺はお前たちの拠点にも大人しくついていくぞ?」

 俺は従順であることを示しておく。そうすることでこの姉弟との接点を保ち、機会を伺って、柔道に関する情報を集めるのだ。

「あーもう、なんでこうなるのよ」

 ハルカは額に手を当てて唸る。

「何か不都合でもあるのか?」

「わたし達の常識では、知らない人を家に入れちゃいけないの」

「クロウは人じゃなくて、レプティリアンだよ!」

「うるさい」

 なるほど確かに、地球外生命体の俺が人間の街に現れれば、騒ぎになる可能性は高いだろう。

 ハルカはそうした懸念をふまえて、人気(ひとけ)のないこの場所で済ませるのが得策と考えたのだ。

「ハルカ。お前の言っていることは理解できるのだが、生憎、俺の船は墜落の衝撃で故障してしまった。だから今すぐには、宇宙へ帰れない」

「え、マジ?」

 翻訳結果・マジ=本気ですか?

「ああ。マジだ」

「うそでしょ……?」

 ハルカの顔が青ざめていく。

「マジだと言っているだろう」

「それじゃあ、あなたはこれからどうするの?」

 ハルカにそんなことを聞かれ、俺は腕を組む。

 不覚にも、戦闘を求める本能の向くままに動いたこともあって、あまり先のことを考えられていなかった。

 ――とはいえ。

「……故郷へ帰れない以上、俺はこの星で過ごす他ない。となれば、俺はレプティリアンの戦士として成すべきことを成す。それだけだ」

「それじゃ、ここでわたし達と別れても、あなたはここに留まって、また他の、その、強そうな人間に戦いを挑むの?」

「うむ、そうなるな。俺たちレプティリアンは戦いに生き、戦いに散る。強い者を見つけて戦うことの優先順位は、船の修理よりも上だ」

 俺が言うと、タクがハルカの服を引っ張る。

「ほら、クロウも困ってるんだよ。ここで放っておいたら、クロウは他の誰かに襲い掛かるんだよ? それをさせないためにも、ぼくたちの家に来てもらうほうがいいって!」

「だからって、わたし達の家にあげなくちゃいけない理由にはならないでしょ⁉ 本当に地球外から来たかもわからないんだから、ここは警察に頼むべきよ」

「でも、携帯は家だよね? 取りに戻らないと」

「ぐぬぬ」

 腕を組んで俯くハルカを見ながら、俺はこの姉弟の口から聞いた【お母さん】というフレーズについて考察する。情報が足りず、翻訳機能が訳せなかったのだ。

『出張でいない』とタクは言った。

 出張とは、どこか遠くへ狩りに出かけることと同義。

 予想だが、【お母さん】とは、この姉弟に近しい人間のことだろう。

「お母さんとは、お前たちの仲間か? 強いのか?」

 試しにそう聞いてみた。

「お母さんはお母さんだよ。……もしかして、クロウには親がいないの?」

 どういうわけか、タクが申し訳なさそうに俺を見上げる。

「わたし達の産みの親。それをお母さんって言うの」

 思案顔のまま、ハルカが言った。

 今のレプティリアンに親の概念は存在しないが、知識としては有している。

「親か。……俺たちレプティリアンは強い肉体と長い寿命を持つ。だから基本的には、子孫を残す必要がない。故に、親という概念は無いのだ」

「人工的に作られたってこと?」

 目を丸くしたタクに、俺は頷く。

「その解釈で相違はない」

「きょうだいとかも、いないの?」

「いや、兄弟の概念はレプティリアンにもある。共通の精液から複数の子が生まれた場合、同じ血を持つ者のことを兄弟と呼ぶ」

 俺と兄者は、機械によって一つの精液から順番に生み出され、成長する過程で、基礎的な筋力、身体能力、知識をすべてインプットされた。

「レプティリアンも、古代は交配によって子を作っていたらしいが、今はそうした習性は失われている」

「それじゃ、今のレプティリアンはどうやって子供を作るの? 人工的に、っていうのはわかったけど……?」

 ハルカが首を傾げた。

「機械を使って合理的に子供を生み出し、安定した栄養素を投与し、必要な知識を電子的にインプットさせる仕組みを採用している。俺は幼い頃から、戦士として戦う使命を理解し、鍛錬を積んできた」

「なんというか、凄く進化した文明なんだね!」

 タクが目を輝かせるのとは対照的に、ハルカは眉を寄せている。

「あなた、まさかとは思うけど、今度はうちの親と戦うとか言い出したりしないよね?」

 なるほど、自分の親族が俺に傷付けられることを危惧しているのか。

「いや。俺はハルカの弟子となり、柔道を学ぶことを望む。師の親族に手出しなどしない」

 俺は首を振った。少しでもハルカの警戒心を解いて、受け入れさせる必要があるからだ。

 それに、嘘も言っていない。

「ねぇ、いいでしょ? 騒ぎになる前に、クロウを連れて帰ろうよ!」

 タクが姉を説得しに掛かる。

 そのときだった。


「随分と、面白そうな状況だね」


 と、何者かの声が聞こえてきた。

 ハルカたちと向かい合って立つ俺から見て、左側。森の暗がりからだ。

「誰だ?」

 俺はスキャンしつつ問うた。

 ハルカはタクを自分の影に隠した。

 フェイスマスクに内臓された視覚カメラが、赤外線モードに切り替わり、森の闇に潜む何者かの姿を浮かび上がらせる。

 それは俺のようなレプティリアン、ハルカたちのような人間と同じく、ヒューマノイドタイプの姿形をしていたが、決定的に違う部分が一つあった。

 身体を構成しているものが、骨や筋肉などの有機物ではなく、直径数センチほどの、小さな黒い球体なのだ。

 それら無数の黒い球体が集まって、背丈一七五センチの身体を形成している状態。

「お前は!」

 俺は思わず声を上げた。

「まさか、キミのような野蛮な種族とここで会うとはね」

 若い青年のような声で、黒い球の集合体は木の影から広場へと歩を進めてきた。

 離れたところから見ると球の集合体だが、視覚カメラで拡大すると、小さな球一つ一つの間には僅かな隙間が等間隔で空いているのがわかる。その特徴が関係しているのかはわからないが、身動きは人間のように自然体でしなやかだ。

 二本の手足に細身の胴体。そして人間そっくりの形状をした頭が、地球の衛星――月の光に照らされた。

「すっげぇ! 二体目のエイリアンだ!」

 と、新参者を指差すタクの口を、ハルカが塞ぐ。

「クロウの友達?」

 ハルカは再び警戒心を強めて、俺に視線を寄越す。

「いや。奴の名はドットマン。銀河に存在する無数の知的生命体の中でも、飛び抜けて謎に包まれている種族だ」

 俺は新参者の名前をハルカに教えた。


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