第一話 ②
レプティリアンは額が広くせり出し、大きな牙を有する猛々しい顔立ちなのに対し、この二体の人間は平坦な小顔で、目鼻立ちが整っている。
視覚カメラのスキャンの結果も、俺の予想通り【人間】と表示されている。
思っていたよりも小柄で、ヤワそうな種族だ。
「裏山にUFOみたいなのが落ちるのを見たんだよ! 確かめなきゃ!」
背丈の低いほうの人間が言うと、後ろから追随する形で歩く長身の人間が、疑問のような言葉を投げかける。
「見間違いでしょ?」
「そんなわけない」
「ただの隕石とかじゃないの?」
「わかってないなぁ。隕石の落ち方とUFOとじゃまるで違うんだよ」
なにやら言い争っているように聞こえる。
「恐い宇宙人が出てきたらどうするの」
「そんなの、確かめてみないとわからないだろ! イーティーみたいに友好的かもしれないじゃないか」
「いいかげんにしな。お母さんに言いつけるよ?」
長身の人間の方が歩幅も大きく、背が低いほうの人間にあっという間に追いつき、その腕を掴む。
「ねぇ~、いいじゃんちょっとくらい! ほんとにUFOだったら、二〇二四年で一番のニュースになるよ!」
山の上に行こうとする人間を、もう一方が連れ戻そうとしているようだ。
読めたぞ。俺の船が墜落するのを、あの小さい人間が目撃したに違いない。
小さい人間はたぶん幼体だろう。好奇心の強い子供を、成体の人間がしかりつけている構図だ。
まぁ、俺から見れば、二体とも幼体に思えるほどに小柄で弱そうな姿だが。
俺は視覚カメラのモードを操作し、二体の人間をさらに観察。
翻訳機能と視覚機能を連動させ、我々レプティリアンの計量単位と、人間の計量単位を同期する。
【日本語】によると、人間を一体と数えるのではなく、一人と数えるらしい。
長さや重さの単位も理解した。
スキャンしたところ、子供の方は身長一二八センチ、体重三十二キログラム。股の部分に生殖器と思われる突起があることから、オスだとわかった。
長身の人間は、身長一五七センチ、体重五十キログラム。オスが持つ突起はなく、胸のあたりに二つの膨らみがあることから、こっちはメスだろう。
立ち振る舞いから、メスの方はオスよりも年長で、階級も上だと見える。
そこまで観察して、俺はレプティリアンが用いる単位と、人間が用いる単位が酷似していることに気付いた。
レプティリアンは地球に、我が先祖の代から出入りしていたらしい。そこで人間と接した際に、計数などの数学的な概念を共有していたのかもしれない。
「もう、頂上まで行ってなにも無かったら帰るんだからね?」
メスが言った。
オスはそれを無視して、階段の脇に潜む俺に気付くことなく通り過ぎる。
「――え?」
だがここで、メスが立ち止まる。
「ッ!」
俺は物音を立てることなく、階段から斜面へと跳躍。メスから距離を取る。
今のメスの素振りは、勘が鋭かったり、神経が敏感に働く生物が見せるもので、光学迷彩で姿を透明にしているこちらの位置を、稀に見抜くことがあるのだ。
跳躍して距離を取った際、【ザッ】という、草を踏みしめる音が微かに立つ。
「誰かいるの?」
メスが言った。
やはりだ。咄嗟に距離を取って正解だった。
もしあのまま佇んでいたら、光学迷彩が放つ特有の、空間の揺らぎのような視覚現象を見られ、『透明な何かがいる』と、気付かれていただろう。
「…………」
俺は息を殺し、気配を断ち続ける。
メスは警戒しつつもオスを追って進んでいく。
「拓、やっぱり帰ろう? なんかヤな感じするから!」
言いながら階段を駆け上がるメスを、俺は追跡する。
このメス、なかなか速いぞ! 階段を軽々と駆け上がっていく。広場へ到達したオスにすぐ追い付くだろう。
俺にはわかる。
あのメスの身体能力と、今見せた感覚の鋭さは、何らかの訓練を積んだ戦士のそれだ。
戦士としての血が滾り、興奮を覚える俺だが、メスに近づきすぎぬよう力を加減して、三段飛ばしに階段を上がる。
「邪魔しないでよ! 森の中まで調べないと!」
「バカ言わない。帰るったら帰るの!」
「やだ!」
「ゲンコツするよ?」
メスにあっという間に捕まったオスが、身を捩って抵抗していた。
『ゲンコツするよ』という日本語は翻訳機能が解析できず、意味はよくわからないが、メスが拳を振り上げているのを見るに、自分の強さを示しているのだろう。
ということはやはり、あのメスは人間の戦士!
ここで俺の鼓動は最高潮に達する。
こんなにも早く、戦う相手に出会えるとは!
「グォオオオオオオオオッ!」
俺は光学迷彩をオフにし、雄叫びを上げた。
「ひっ⁉」
姿を現した俺に気付いて、メスが目を見開いた。その表情からは驚愕と、恐れのようなものを感じられる。
「なんだあれ!」
俺を指差すオスを、メスは庇うようにして立つ。
「だ、誰?」
メスは鋭い視線を俺に向けた。
「俺の名は、クロウ」
俺の言葉はフェイスマスクを通して翻訳され、日本語として放たれる。
「人間の戦士よ、俺と戦え!」
俺はそう言って、『ジャキン』という音と共に、右手甲部からリストブレードを飛び出させた。
メスの肩がビクリと震え、オスを庇ったまま一歩後退する。
「何なの⁉ 警察呼ぶわよ⁉」
絞り出すように震えた声で、メスが言うと、
「待って! ぼくたちは君の敵じゃない!」
オスが前に出てきた。
「ちょっと拓!」
メスが庇おうとするが、オスは背の低さを活かして掻いくぐる。
「ぼくの名前は拓って言うんだ。こっちは姉ちゃんの遥!」
オスは自分の胸に片手を当てて言い、メスの方を指差す。
【タク】というのが、オスの名前で、メスの方が【ハルカ】というらしい。
『ネエチャン』の解析が終わり、『姉』と翻訳された文章が視界に表示される。
この二人は姉弟なのか。
レプティリアンにも兄弟という概念は存在するから、理解可能だ。
まさに俺も、一人の兄がいる。
姿といい、単位といい、肉親の概念といい、レプティリアンと人間には共通するものが多い。
ならばきっと、向こうも戦いを好むはず!
「姉のハルカ。お前も戦士ならば、弟の前で強さを示すのが筋だ。そうだろう?」
「はぁ?」
ハルカは眉を吊り上げる。
「なに言ってるの?」
「俺はレプティリアンの戦士だ。お前が人間の戦士なら、俺の挑戦を受けて立つのは当然のこと! もし拒めば、それは侮辱と同じ! 侮辱には死で以って償わせると決まっている!」
俺が言い終わる直前、ハルカはタクを連れて走り出した。
俺を迂回して階段へと向かうつもりだ。
「逃げると言うのか⁉」
俺は一歩でハルカたちの正面まで移動。二人の行く手を阻む。
「っ!」
歯を食いしばり、タクを庇いながら再び後ずさるハルカ。
歯を食いしばるということは、きっと戦意がたぎっているのだろう。
「待ってってば! クロウって言ったよね? 君はどこから来たの? ぼくたちはなにも悪さしない。困ってることがあるなら、力になるよ?」
タクが言った。
力になるというのは、助けるということか?
確かに、助けが不要かというとそうではない。
船の故障を修理するには、技術的支援が必要だ。
だが、最も重要なのは戦うこと! 修理は二の次だ。
「俺は、遠くの銀河の果てから来た。助けは必要ない」
タクの問いに答える俺だが、視線はハルカから外さない。
俺が戦いたいのはハルカだからだ。
「ハルカ。俺はお前との戦いを望む。一対一だ」
「……私が戦うと言ったら、拓は逃がしてくれるの?」
上目で俺を睨むハルカ。
いいぞ。戦意のこもった目じゃないか!
「ああ。弟には何もしない」
「拓。私がどうにか時間稼ぐから、あんた山を降りて、人を呼んできて。あと警察!」
人を呼ぶだと? それはつまり、俺と一対一ではなく、多対一で戦うということか?
「それはダメだ。正々堂々、一対一で戦え」
正々堂々という言葉は今、マスクの機能で検索したものだ。的確に伝わっていればいいが。
「拓は関係ないでしょ?」
「関係はないが、ここにいてもらう」
俺が断固として言うと、ハルカはタクに離れているよう指示する。
「姉ちゃん、まじで戦うの⁉」
「だってそうしないと、コイツ私たちになにするかわからないじゃん!」
「無茶だよ! 相手はどう見てもエイリアンじゃないか! どれだけ強いかわからないよ!」
タクは姉の身を案じているようだ。
それほどに、俺の存在が強く見えるということか!
「俺の強さが知りたければ、離れたところで見ていろ」
「いや、そういうんじゃないよ。たしかに見たいけど、姉ちゃんに危害を加えるならだめ!」
俺が誇らしく言うと、タクは首を横に振った。
「姉ちゃんにはブランクもあるんだよ? 無理ゲーだって!」
「拓、お願いだから言うこと聞いて」
そう言って俺を睨むハルカの雰囲気が、変化した。
眉宇を引き絞め、細く長い息を吐き出すハルカの姿は、精神を統一する戦士のそれ。
さきほどの、恐れを前面に出した雰囲気とはまるで別物。
やはり、俺の目に狂いはない! ハルカは戦士としての力を持っている!