表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/32

第四話 ④

 レプティリアンのフェイスマスクに内臓された視覚カメラは、夜の闇の世界でも、体温や足跡、呼気、音の残響など、さまざまな観点から対象を追跡できるよう、視覚補助プログラムが組み込まれている。

 機械音痴の俺でも、操作法さえ覚えてしまえば難なく扱える優れものだ。

 俺は視覚カメラの補助もあって、距離が開いた兄者に充分追随することができた。

 宵闇の中、人間の体温は黄色く表示されるのに対し、兄者の体温は赤く表示されるため、よく目立つ。

「――ここか」

 俺が辿り着いたのは、タクが通う小学校の裏山――その頂上広場。俺の地球ライフが始まった場所だ。

「お前が初めて地球に降り立った地であり、俺がお前を追って降り立った地でもある。双方が地形を把握している点で、決闘の場として対等だろう」

「ああ……」

 それが兄者の言い分で、俺は首肯し、同意を示す。

 相対する兄者との距離はおよそ二十メートル。

「弟よ、用意はできているか?」

「勿論だ、兄者」

 一陣の風が吹き抜け、雲間から射しこむ月明かりが、頂上広場を照らした。

 俺が背からスピアを抜き放つと、兄者も同様に身構えた。

「――行くぞ兄者!」

「来い!」

 咆哮を轟かせ、俺は勢いよく駆け出した。

 彼我の距離を一気に詰め、真正面から突進――スピアを突き出す。

 兄者は俺の突きを横に躱し、カウンターの突きを放つ。

 俺はそれを屈んでやり過ごし、身を回転させ、今度は横薙ぎの一撃。

 兄者は縦に構えたスピアで俺の薙ぎを受け止めた。

「トゥアッ!」

 兄者が気迫と共に俺のスピアを弾く。

 俺は後方へバランスを崩しかけるが持ち直し、スピアを頭上から振り下ろす。

 今度はスピアを横に構えて受ける兄者。

 互いに弾き合い、一度距離を取る。

 ――互角!

 俺の腕が決して落ちぶれていないことを証明できたはず!

「たった一日人間と過ごしただけで、俺が腐ると思っているのか? 兄者」

「肉体は腐らずとも、精神は容易に腐る。油断はしないことだ、弟よ」

 兄者はそう言うと、スピアを脇に放り捨て、腰からダガーを抜き放った。

 俺も同じように合わせ、ダガーを構える。

 より距離を詰めた勝負!

 俺と兄者は同時に動いた。

 決闘では相手を殺さず、地面に倒すのが掟。故に狙うのは、相手の姿勢を崩すこと! 武器はそのための布石に過ぎない。

 しかし、俺と兄者は示し合わせたわけでもなく、双方があえて武器と武器を交え、純粋な力比べを望んでいる。

 同じ血が流れる者同士、考えることも同じ!

 ダガーとダガーがぶつかり合い、火花が刹那に闇を払う。

 きらめく剣線が弧を描き、金属音がこだます。

 兄者の死角から攻めようと、俺はダガーを利き手の右から左へ持ち替えた。

「うッ!」

 だが次の瞬間、兄者のダガーが俺の左腕――そのプロテクターの固定部を切り裂いた。

 ハルカたちの家で受けたブーメランの傷が疼き、僅かに怯んだ隙を衝かれた!

 俺が飛び退くと同時、左腕のプロテクターが剥がれ飛んだ。

「お前、左腕にブーメランを受けたのか?」

 見抜かれたか。

「ああ」

「ならば、――むんッ!」

 兄者は自分のダガーを、自らの左腕、――俺が傷を負ったのと同じ場所に突き刺した!

 分厚い筋肉が膨れ上がった兄者の前腕に、ダガーが深々と食い込む。

「……兄者」

「これでこそ、真に対等と言えよう」

 言って、兄者はダガーを放り捨てた。

 俺もダガーを捨て、両の拳を正面に構える。

 素手での勝負だ!

「行くぞ! 弟よ!」

「来い! 兄者!」

 今度は兄者が地を蹴り、眼前に迫る。

 俺が繰り出した右拳と兄者のそれが激突。腕から全身にかけて凄まじい衝撃が走り、大気は震え、地には亀裂が走る。

「むぅんッ!」

「うぉおッ!」

 幾重にも重なる打撃と相殺のラッシュ。

 兄者の両の拳が、左右から俺の頭部を目掛けて迫る。頭を挟み撃ちにし、脳震盪を狙う技だ!

 胴部がガラ空きとなるリスクのある技だが、決まればその威力は絶大! 俺は大ダメージを受ける。

 仮に俺がここで兄者の胴部を打っても、腹部を覆うアーマーは貫けない。

 一瞬の思考のせめぎ合いが過ぎり、俺は防御を選択。左右の手でそれぞれ、兄者の拳を掴み取る!

 結果、双方が腕と腕で押し合う状態となった。

「ぐッ!」

 つ、強い! なんという力だ! お、押されるッ!

 兄者のあまりの腕力に、俺の腕全体がギリギリと軋み、足が地面に食い込み、そこから後方へとずり下がる。

 左腕の傷口からライトブルーの血が、絞り出されるようにして飛び散る。だが、それは兄者も同じ――いや、むしろ兄者の方が出血が多い! 傷が深いのだ。

 しかし兄者は苦痛の素振りなど微塵も見せず、力で俺を圧倒。確実に追い詰めている!

「どうした弟よ、その程度か!」

「うぐッ! グォォ!」

 腹の底から唸り、気迫で以って押し返そうとするが、ビクともしない!

 次の瞬間、兄者は俺の頭部に頭突きを放った。

 ――しまった! 押し込まれたことで、頭突きの間合いに入られた!

 フェイスマスク越しに、重い衝撃が伝わる。

 モニターが乱れ、一瞬の間ブラックアウトする。

 それが致命的だった。

 僅かな間視界を失った俺は、大きな隙が生じ、懐に兄者が潜り込むことを許した。

「トゥアァアアアアアアッ!」

 生身の人間であれば、一撃で胴部に穴が開いたであろう、兄者のとてつもない突きの連打が、俺のボディーアーマーを立て続けに捉える!

 そのあまりの威力に、ボディーアーマーの各所が陥没。モニターが復旧した時には、【アーマー過負荷】のエラーが表示されていた。

「――グォオアアアッ‼」

 俺は溜まらず雄叫びを上げ、後方へ吹き飛んだ。

 俺の背が、地面に打ち付けられる。

 く、くそ! なんてことだ!

 俺の脳内に、兄者の言葉が響く。

『お前が負けたときは、その手で、ここにいる人間どもを皆殺しにしろ』

 できない! 断じてできない! 

 脳裏に過るのは、ハルカとタクの笑顔。

 たったの一日だが、これまでにないほど濃密な体験だった。

 ハルカもタクも、辛い思いを乗り越え、寛大な精神で以って強く生きている。

 宇宙で無類の強さを自負していた俺が、どれだけのことを二人から学んだか。

 俺は、どうあっても、兄者の要求は実行できない。したくないッ!

 決闘に破れたうえ、約束まで破れば、俺にレプティリアンの戦士を名乗る資格はない。

 兄者も、そんな俺に失望し、容赦なく始末するだろう。

「……くッ」

 食い縛った口から、悔しさが漏れた。

 どちらにせよ、俺はもうあの家に、ハルカたちの世界には戻れない。

 そうして、俺の中に絶望が広がったときだった。

「――クロウ!」

 俺を呼ぶ声がした。

 この声は――。

「クロウ、負けるな!」

「た、タク⁉」

 声の方を見ると、そこにタクが立っていた。隣にはハルカもいる。

 二人はちょうど、登山道を登り切ったところから、俺を見ていた。

「なに倒されてるのよ! 柔道を忘れたの?」

 ハルカの声。

 忘れてなどいない。ただ、兄者の力に圧倒され、仕掛けるタイミングを見出せなかったのだ。

「ハルカ! タク! 俺に構わず逃げろ!」

 こんなに格好のつかない姿を、二人には見せたくなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ