第四話 ②
そんなこんなで時間は流れ、飾りつけと料理がそれぞれ完成した。
「お母さんまだ戻れないみたいだから、先に始めてようか」
ハルカが言って、全員でクラッカーを構える。
「それじゃ、クロウ。タクの回復祝いに、一言お願い」
「え?」
突然振られ、俺は言葉に詰まる。
「人間のパーティーでは、初めに誰かがスピーチするんだよ」
タクに教わり、俺はそれとなく察する。
祝いの前に、みんなの気持ちを一つにして共に楽しむ。そういった目的のスピーチだろう。
「しかし、なぜ俺なんだ?」
「タクを治したのはクロウでしょ?」
と、ハルカが笑顔を向けた。
なるほど。それで俺なのか。
「――タク、病が治ってよかったな、おめでとう」
翻訳機能を使っているとはいえ、インプットしたての言葉だ。正しく言えているだろうか?
「「「おめでとう!」」」
皆が一斉にクラッカーを鳴らす。
通じていたようだ。
俺はほっと息をつく。
不思議なことに、俺はこの瞬間、時間がゆっくりと流れているように感じられた。
タクが恥ずかしそうに笑い、ハルカは少し涙ぐんでいる。
アイは笑いながらも横目でハルカを見ていて恐い。ナーデルは笑っているのか嗤っているのかわからん。
でもまぁ、許せる。許そうと思える。
ハルカやタクと出会い、【許す】という考え方を習得した俺はまた一歩、成長できたと言えるのかもしれん。
「――ハハハ」
気付けば俺は、声を出していた。
それは、滅多に笑わないレプティリアンの、笑い声。
友人とこうして喜びを分かち合えることが、うれしい。
そのうれしさから生じた、自然な笑い声だ。
「ハッハッハッハ!」
こんなに腹の底から笑ったのは、初めてかもしれない。
戦いの追求ではなく、こうした日常を追求するのも、悪くないな。
俺がそう思ったとき。
それは起こった。
爆発は、クラッカーのそれだけではなかったのだ。
耳を劈く轟音と同時、居間の窓ガラスが弾け飛び、爆風が室内に吹き荒れた。
「きゃっ⁉」
「わぁ!」
ハルカとタクが小さく悲鳴を上げる。
そのとき、俺は既に立ち上がっていた。
平和で温かい時間が、俺の、戦士としての研ぎ澄まされた感覚を薄れさせていた。
ほんの少し前に俺が感じた、遅い時間の流れ。
あれは、俺の戦士としての勘が告げる、危険信号。
俺はそれに、気付くのが遅れてしまったのだ。
「――グォオオオオオ!」
俺の咆哮が響き渡る。
その理由は、夜の闇の中から飛来した【ブーメラン】。それからハルカたちを庇ったからだ。
ブーメランは、咄嗟に構えた片腕のプロテクターを貫通。俺の腕の肉に深々と食い込む。
襲い来る激痛を、俺は歯を食い縛って耐える。
「これは、攻撃か⁉」
さすがのナーデルも狼狽えた様子で、ソファの影から顔を覗かせる。
「はるちゃん! 拓くん! 平気⁉」
半狂乱で言うアイに、
「アイ! 二人を家の奥へ!」
腕に食い込んだブーメランを引き抜いて、俺は叫ぶ。
レプティリアン特有の、ライトブルーに光る血が床に飛び散った。
弾けた窓――その先のテラスから、俺は目を離せない。
離すわけには、いかなかった。
「――生きていたか。我が弟よ」
外の暗がりから、機械を通して発せられる低い声がした。それも日本語だ。
ズシリ、ズシリ。重量級の足音をさせながら、一人の巨体が現れた。
「……ッ⁉」
俺は、言葉が出ない。
テラスに現れた人物を、俺は知っている。
知っているが故に、驚愕するしかない。
その人物は本来、ここにはいないはずなのだ。
背丈は二メートル三〇センチと、俺より拳一つ高い。
俺と同様、がっしりとした肩幅。
銀にきらめくボディーアーマー。
片腕にはめ込まれたガントレット。
身体の各部に装着されたプロテクター。
背中に斜め掛けした槍。
左肩のプラズマキャノン。
そして、鈍く光るフェイスマスク。
「人間などという下等生物と、随分打ち解けているようだな」
「……あ、兄者」
その人物、――兄者は、俺よりももっと低く響く声で言う。
あまりの凄みに、全員がその場から動けない。
「俺が発した殺気にも気付かぬとは、お前にはこの星の大気が、よほど合わんと見える」
「な、なぜ……⁉」
なぜ兄者が、地球に⁉
なぜ、俺たちを攻撃する⁉
成人の儀は、どうなったというのだ?
「なぜだと? 成人の儀が無事に終了し、弟の船の痕跡を辿った兄の行動が、理解できぬと言うのか?」
まるで、空間そのものが怯えているかのように、沈黙が部屋を支配している。
ハルカもタクも、アイやナーデルでさえ、その場を動けずにいる。
「兄者は、俺を、心配してくれていたのか……」
「一族の者が不慮の事故に見舞われ、かつ、死亡した場合、その後始末は家長の務めと決まっている。俺はその務めを果たしに来たまで。お前が存命であり、かつ、己の強さを磨くことを続けているようであれば、俺はお前の名誉を回復し、連れ帰るつもりでいた。……だがッ!」
兄者の声量で、ビリビリと鼓膜が震えるのがわかる。
「人間と関りを持ったが故に、腐ったようだな! クロウ!」
兄者は、俺が人間と関わり、堕落したものと考えているのか!
「ま、待ってくれ。兄者」
「聞く耳持たぬ! 腐った者の言葉など!」
兄者は吐き捨てるように言って、部屋へと入ってくる。
「堕落者が出た場合、それを粛清するのも家長の務め。よって、クロウ。俺が今からお前を粛清する!」
まずい! 兄者は人間との触れ合いがなく、レプティリアンとは異なる価値観を受け入れていない。ひたすらに己が決めた道を突き進む! つまり、こちらの言い分は聞かない!
兄者の肩のプラズマキャノンが起動。赤いレーザーポインターが俺の頭へと向けられる!
「ちょっと待った! クロウのお兄さん、こっちの話も聞いて――」
ここで、ナーデルがソファの影から飛び出した。
兄者の反応は早い! すぐさま照準をナーデルへ変更。俺が動く間もなく、プラズマキャノンが発射された!
眩い閃光が放たれた瞬間、爆砕音と共に、ナーデルの上半身が弾け飛んだ。
「ッ⁉」
ハルカたちが思わず目を伏せる。
血や臓物などは出ていないが、人間そっくりのナーデルがバラバラに吹き飛ぶ光景は、見慣れぬ者にはショックが大きいだろう。
「――あちゃー。レプティリアンとはもう長いこと戦ってないから平和ボケしてた。そういえばプラズマキャノン、こういう威力だったねぇ……」
見れば、ナーデルの頭部だけが床に転がっており、苦笑を浮かべている。
「ナーデル!」
「クロウ、ゴメン。完全に油断した。ボクは平気だけど、再生に時間が掛かる。なんとか切り抜けてくれ」
くそ! 技術の面では頼りがいのあるナーデルがやられてしまった!
「フン、頭でっかちの雑魚めが!」
あっけなく行動不能に陥ったナーデルに、兄者は興味なしといった様子だ。
今の俺だからこそ思う。レプティリアンは非常に攻撃的で、一度スイッチが入ると手がつけられない!
宇宙の他の種族から、野蛮だの乱暴だのと言われる所以が、今頃になって理解できた。
「兄者! 頼む! こちらの話を聞いてくれ!」
「クロウ、貴様。ドットマンの肩を持つとは何事だッ⁉」
「このドットマンはナーデルという名前があって、俺に力を貸してくれる友人だ。レプティリ
アンは、己の信念だけでなく、友情も大切にする種族ではないのか?」
「……我が弟よ。一体何がお前を、そこまで落ちぶれさせてしまったというのだ?」
レーザーポインターを一度オフにして、兄者が問う。