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第三話 ⑨

 男は俺の目の前まで歩いてきた。

 人間にしては長身のようだが、俺より頭一つ分は低い。

「てめェなにスカしてやがんだ? 俺は昨日の賭けでスッちまって、ずっとイラついてんだ。バラされたくなけりゃ、てめェがそのガキの落とし前つけろや。有り金ぜんぶで勘弁してやる」

「金はない」

「んじゃ死にさらせやァああああ!」

 男が叫んで、俺の胸に拳を叩き込んだ。

 どう見ても怒りのボディランゲージだが、その理由と言うのがイマイチ理解できない。賭けとは、ギャンブルのこと。なぜ自分の責任を俺にぶつける?

「ぎゃああああ⁉」

 男の拳は俺の胸――ボディーアーマーにぶつかったために、情けない悲鳴が上がる。

「なにしやがんだァあ⁉」

「何もしていないぞ」

「てんめェええええ!」

 男はもう一度拳を繰り出し、俺の肩に当たる。

 マッサージにしては、少々物足りんな。

 三発目が俺の顔に迫り、さすがに怪我をされては困るので、手のひらで受け止める。

「なッ⁉」

 確実にヒットすると思っていたのか、男の目が驚愕に見開かれた。

「やめておけ。手を怪我するぞ」

「舐めてんじゃねェぞクソがァ! 俺はこの地球の、空手有段者だァ!」

 男は叫んで、今度は蹴りを放ってきた。

 男の右足が俺の側頭部にぶつかる手前で、俺は腕を構えて防いだ。

 俺の前腕には耐衝撃・耐切創用のプロテクターが装備してあり、蹴りはそこに当たった。

「ぎゃあああああああああ!」

 またもや男は叫ぶ。怒りでも威嚇でもない、痛みの叫びだ。

 そんなヤワなパワーで、金属製のプロテクターを破れるわけがない。

「お前はタクに酷いことをした。謝っているタクを、許さなかった」

 俺は、昨夜ハルカに教わった『許す』を思い出す。

「そんなことで憤っていては、この先もお前には同じような道しかないぞ?」

 まるで過去の自分に言い聞かせるような気分だ。

 そう、過去の俺であれば、友人に敵意を向けた相手を問答無用で打ち倒していた。だが、その選択がすべてではないのだ。

「ごちゃごちゃ抜かすなァ!」

 涙目になった男が再度繰り出した拳を俺は掴み取り、ほんの少しだけ力を込めた。

 とたん、『メキメキ』という骨の軋む音がして、男の顔がみるみる青ざめる。

「ぎにゃあああああああッ!」

 この男は大して強くもないくせに、タクを威嚇し、恐がらせた。そう思うだけで、俺のレプティリアンとしての闘争本能が怒りとなって沸き立つ。

「……」

 だが俺は、男の手を放してやる。

 そして、呻きながら手をさする男の額を、人差し指で軽く弾いた。

 男は額を弾かれた衝撃で大きく仰け反り、地面から離れ、数メートル先のゴミ捨て場に背中から突っ込んだ。

「今度、俺の友人に酷いことをしてみろ。そのときは――」

 俺は片手で男の胸ぐらを掴み、ひょいと持ち上げる。

「ひっ⁉」

などと男は漏らし、怯えた顔で見てくるが、構わずその顔を、フェイスマスクの目と鼻の先まで近づける。

「お前のお母さんに言いつけてやるぞ?」

「はぁ?」

 俺は渾身の脅し文句を言い放ち、呆けたような声を出す男をゴミ捨て場に放り込んだ。

「タク、無事か?」

 タクの前にしゃがんで、怪我は無いかスキャンするが、どこにも異常はない。

「うん。助けてくれてありがと」

 タクは身体を左右によじりながら俺を見上げ、

「やっぱ、クロウはかっこいいや」

 と、照れ臭そうに言った。

「――てめェ、人間じゃねェよなァ?」

 俺がタクを抱き抱え、工具屋さんに向かおうとしたところで、放り捨てた男の声がした。

 やはり、こうなってしまうか。

「これは、コスプレだ」

 苦し紛れに誤魔化す。日本にはコスプレという文化があるらしく、ハルカが言うに俺の体格と格好は、ギリギリでコスプレに見えなくもないらしいのだ。

「お、俺の目は誤魔化せねェぜ? なぜなら俺も、エイリアンだからなァ」

「なに⁉」

 男の思わぬ言葉に、俺は振り返らざるを得ない。

「地球はちっぽけな星だが、てめェが思ってる以上に、大勢のエイリアンが溶け込んでる」

 男は言いながら、自分の左右の耳を両手で引っ張った。

 すると、男の肌の色や顔の形があっという間に変異し、濃いグレーの素肌、黒く大きな目、げっそりとした頬が特徴の、エイリアンの顔が露わになった。

「お前は、グレイ⁉」

 グレイは人口の多さで言うと宇宙一とも言われる、一大文明を築いている種族で、技術力ではドットマンに劣るものの、レプティリアンには勝っている。

「違う。俺はダーク・グレイだ。あんな平和ボケした連中と一緒にするな」

 ダーク・グレイ! 言われてみれば確かに、肌の色がグレイよりも黒み掛かっている。

 ダーク・グレイはグレイの遺伝子と別の種族の遺伝子を組み合わせて創られたと言われる変異種で、レプティリアン並みに交戦的なことで知られている。

 しかもよく見るとこいつは――。

 俺はズーム機能でダーク・グレイの顔をよく観察する。

「まさかお前、リスク・ラブか?」

「リスク・ラブって誰?」

 タクが俺を見た。

「奴はリスクを取ることに快感を見出す、宇宙でも名の知れた悪党だ。他人から奪った金銭でやりたい放題に遊ぶ。脱走も得意で、過去、何度か監獄を逃げ出し、宇宙を転々としていると聞いていたが、まさかこの辺境の星に潜伏していたとはな」

「おぅおぅ、俺も少しは名が知れ渡ってきたかァ、くけけけ」

 口を噛み締め、喉の奥を鳴らすような笑い声だ。

 リスク・ラブ。名が知れている割に、戦闘力は驚くほど低い。

「名が知れりゃァ、脅して金を巻き上げるのもラクになるってもんだぜェ」

「奪った金をギャンブルに注ぎ込んでは溶かし、他人に怒りをぶつけ、それを繰り返す。そんなことを続けていて、恥ずかしくはないのか?」

「俺の何が恥ずかしぃってんだァ? てめェの価値観で見るんじゃねェぜ。俺はこれでいいんだ。てめェはそれを邪魔した。この落とし前、必ずつけさせてやるから覚悟しておけよなァ?」

 もう少し強めに吹っ飛ばしておくべきだったか。

「いつでも受けて立つが、間違っても俺の友人に手を出すなよ? もし出せば、お前は地獄を見る」

 俺はそう言って、肩部に装着してあったプラズマキャノンを起動。肩から背にかけて盛り上がる格納ボックスから、筒状の砲塔が飛び出す。

 同時に、俺のフェイスマスク――その斜め上に内臓されたレーザーポインターが起動し、そのレーザーの照準に連動する形で、砲塔がリスク・ラブを捕捉した。

「と、飛び道具まで持っていやがるのかよ⁉ さすがに反則だろォ⁉」

 リスク・ラブの威勢はどこへやらだ。

「クロウ? もういいよ。許してあげて?」

「心配するな。ちょっと脅かしただけだ」

 俺はプラズマキャノンをオフにし、タクを抱っこしたままその場を去る。

 とはいえ、奴をこのまま野放しにしておくのも良くない。あとでアイに伝えて、例の組織に対処してもらうとしよう。

「俺の名はリスク・ラブだ! 忘れるんじゃねェぜ? てめェにとっておきのリスクを見せてやるゥ!」

 などという台詞の割に、やってることは小さい奴だったな。


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