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第三話 ⑥

 俺は光学迷彩を起動し、ハルカと共に家へと戻った。

 時刻は昼を過ぎたところ。

 お母さん殿は街へ仕事に行き、タクは小学校で勉強中とのことだ。

『作戦が成功して帰ってきたら、クロウちゃんとたべてね』

 というお母さん殿の書置きと共に、カレーライスなる食べ物がテーブルの上にあったので、俺たちはそれを食べつつ話し合い、全員が家に揃い次第、病気の治療を試すことになった。

 ハルカがラインで、『作戦は成功! 重大な話があるから寄り道せずすぐに帰ってきて!』と送ったので、きっとお母さん殿もタクも、早く帰宅するだろう。

「このカレーライス、朝に食べたお米とみそ汁とはまた違った味わいだ。お米にルーをかけただけで、こんなにも変わるとはな」

 レプティリアンは、食の文化にはあまり興味を示してこなかったこともあって、調理法も味付けも単純なのに対し、人間のそれは相性やバランスなどが計算されていて、地球外から来た生物の口にも合うという万能ぶりを見せていた。

「地球には、数えるのが大変になるくらい、たくさんの料理があるから、なんでも美味しく食べるクロウなら退屈しないと思う」

 テーブルの対面に座ったハルカがにこやかに言った。

「そのたくさんの料理は、どこで食べられるんだ?」

「街に出ればいろんな料理屋さんがあるから、そこで食べられるのと、あとはネットで検索すれば、自分たちで作れるメニューもいろいろあるよ」

「いずれ何らかの形で食してみたいものだ……」

 ネットという言葉を聞いて、俺はナーデルの助言を思い出した。

「ところでハルカよ。ネットワークに俺のマスクをつなげても構わないか? 料理も含め、言葉や他の重要な事柄について学んでおきたい」

「ああ、さっきナーデルが言ってたもんね。つないでもいいけど、コネクターとか持ってるの?」

 俺はフェイスマスクの後頭部からコネクターを引っ張り出し、ハルカに見せる。

「電子機器への接続の際、コネクターの形状違いでつまずくケースは、古の宇宙文明の間でよく起きていてな、その経験が活かされ、近年のコネクターは接続部の形状が変形可能なんだ」

「それって、どんな形状のものにも形を合わせて、繋ぐことができちゃうってこと?」

「ああ」

 ハルカがノートパソコンという小型の端末を用意してくれたので、俺はさっそく、フェイスマスクとコネクターで接続。

 俺はその状態でパソコンの使い方を教わり、マウスを丁重に握って情報を得ていく。

 言葉の意味と、その類語、社会人としてのマナーなど、さすがに量が多すぎてすぐには覚えられないが、役立ちそうなものは片っ端からフェイスマスクのメモリにダウンロードし、データベースを拡大。

 こうすることで、フェイスマスクの翻訳精度が向上したり、検索した際に出てくる情報の数が増えたりと、今後の人間社会での世渡りがし易くなるのだ。

「一先ずは、こんなところだろう」

 ハルカが皿洗いをして、洗濯物をしまい込み、夕食の支度を進める間、俺はパソコン画面に貼りついていた。

 時刻は十六時に差し掛かろうという具合。

 ネットの情報によれば、小学校は既に下校時刻を迎えている頃だ。

 つまり、タクがもうすぐ帰ってくる。

 俺はタクの病についても調べた。年端も行かぬ子供が受け入れるには、あまりにも重い症状だった。それをタクは背負ったうえで、ときには笑いながら、強く生きている。

 もし自分がタクと同じ病を患っていたらと思うと、怖気が走る。レプティリアンは戦う強さを追求する種族。それに支障があるとなれば、子供の時点で殺処分されてもおかしくはない。

 俺は拳をぐっと握りしめた。

 この感情がどこから来るものなのかわからないが、怒りに近い。

 タクを苦しめる病への。

「タク。俺がお前の病を倒してやるぞ」

 感情が高ぶり、俺はそう溢した。

 そこへ、お母さん殿の帰宅を意味する車の音が聞こえてきた。

 玄関のドアにはぼかしの利いた窓がはめ込まれてあり、そこから車のライトが見えた。

「ただいまー」

 少ししてドアが開き、お母さん殿と一緒にタクが入ってきた。

 ネットで見かけた『送り迎え』というやつだろう。そうすれば子供は効率よく移動ができる。

 タクが通う小学校へはここから数百メートルの距離がある。健康な子供が通うには何の問題もないが、病というハンデを負ったタクにとっては、乗り物に乗った方が楽だ。

「クロウ、だよね?」

 俺が廊下に顔を出しているのを見て、タクが言った。

「クロウだ。無事に元に戻ったぞ」

「やったぁ!」

「何事もなくてよかったわ!」

 お母さん殿とタクは、ぱっと明るい笑顔になった。

 まぁ、アイの部屋に連れ込まれて()し掛かられたりと、(こと)はあるにはあったが、言わないでおく。

「お帰り、二人とも」

 と、俺はさっそく、ネットから学んだ挨拶をしてみる。

「おお! クロウは『おかえり』も知ってるんだね!」

「ハルカがインターネットを使わせてくれてな、それで学んだところだ」

「クロウちゃんなら人間社会に馴染めそうね」

 お母さん殿は、俺の可能性に期待をしてくれているらしい。

「期待に応えるためにも、学習を継続する」

 俺はそう言って、台所の方を振り返る。

 ちょうど、エプロンと呼ばれる布を首から掛けたハルカが出てきたところだった。

「遥ちゃん、なぁに? 大事な話って」

 お母さん殿が聞くと、ハルカが俺に目を向け、首を縦に振った。

 俺たちは居間に集まり、テーブルを挟んで向かい合う。

「お母さん殿、タクの病を、俺に治療させてほしい」

「え? ……クロウちゃん、拓ちゃんの病気を()れるの?」

「俺は医療に長けているわけではないが、地球の文明よりも進んだ医療キットを所持している。それを使ってタクを診断し、治療可能かどうかを確認する。もし治療できそうであれば、そのまま試させてもらいたいのだ。当然、汚染などの問題にも配慮するから、心配ない」

 果たして、了承してくれるだろうか?

 彼女たちからしてみれば、俺も、俺が使う道具も地球外のもの。汚染などの害は無いと説明はできても、未知のものを受け入れられるかどうかは別の問題だ。

『人間は、自分たちとは違う得体の知れない存在を、本能的に拒絶する』

 というナーデルの言葉が頭を過る。

 だが。

「ぜひお願いしたいわ。とりあえず診るだけでもいいから、やってみてくれない?」

「ぼくの病気治るの⁉」

 お母さん殿もタクも、目を輝かせて、あっさりと受け入れてくれた。

 ナーデルのようにデータを集めすぎて、それに頼り切りになると、ときに【決めつけ】を犯すのだな。

「任せてくれ、タク」

 俺は頷いて、ハルカを見た。

「拓をお願い」

 と、ハルカも頷いた。

 俺はタクと向かい合って立ち、フェイスマスクのスキャンモードを起動。

 赤色の視界が青色に切り替わり、タクの身体の体温や臓器の状態などが透過して見えるようになった。

「タク、そのままじっとしていろ」

「うん……」

 俺はタクの胸の部分にフォーカス。難病とされる重症筋無力症の原因を探す。

 ネットの情報は正しかったらしく、胸骨の裏、心臓の少し上あたりにセンサーが反応し、原因となっているものを検知。それを除去するのに最適な薬の候補がモニターに表示された。

 人間が考案した治療法では、胸まわりの脂肪を大幅に取り除くらしいが、そんなことをしなくても、俺の医療キットの投薬でどうにかできそうだった。

「重ねて言うが、俺は医療のプロではないが故に、医療キットが導き出した治療法を実行することしかできない。医療キットは、この針で、タクに投薬を推奨している。構わないか?」

 俺は再度、皆に確認する。投薬に使用する太い針を見せて。

 医療キットの使い方はわかるが、詳しい原理や、今回の病の原因については説明ができない。

 しかし、この医療キットとスキャン技術は、しばらく前にドットマンから提供された技術を基に開発したと聞いているから、信憑性は高い。

「いいよ、クロウ。ぼく、注射くらいガマンできるから」

 タクの発言に、ハルカもお母さん殿も首を縦に振った。

「わかった」

 俺は、腰に下げたアイテムボックスから円柱状の精製装置を取り出し、針を差し込む。

 精製装置のボタンを押すと赤いランプが灯り、内部で薬が作られ始めた。

 その間、ネットの情報を頼りにタクの腕を軽く絞め、血管を浮き上がらせる。

 お母さん殿が用意してくれた救急箱――その中から消毒液を取り出し、タクの腕に塗る。

 レプティリアンは麻酔もなしで、針を腹部にまっすぐ突き刺すのだが、人間は腕に、斜めから針を刺す。

 薬が完成したらしく、精製装置のランプが赤から青に変わった。

 俺は薬をシリンダーに吸引し、精製装置から針を抜き出した。

「少し痛むぞ?」

「うん」

 タクは太い針を見て顔を引き攣らせているが、拒否は示さない。

 俺はタクの細い腕に、慎重に針を刺し込み、薬を投与する。

「っ!」

 タクはきゅっと目を瞑り、歯を食い縛って痛みと戦っている。

「――終わったぞ、タク。よく頑張ったな」

 薬の投与が終了し、俺はタクの腕から針を抜いた。

「すぐには効果が出ないが、明日の朝になればわかるだろう」

「どう? 拓」

「ちょっと痛かったけど、なんともないよ」

 心配そうなハルカに答えて、タクは腕をガーゼで抑える。

「ご飯とか、お風呂は入っても平気なの?」

「普段通りで問題ない」

 俺は俺で、お母さん殿の問いに答え、注射器を片付け、針は洗浄ケースに入れた。

「クロウ」

「なんだ?」

 ふとタクに呼ばれ、俺は振り向く。

「ありがとね」

「――いいんだ」

 面と向かって礼を言われ、俺は不思議な感情を覚えた。

 なにか、口角が上がるというか、顔や胸の内側が暖かくなるような、そんな感覚。

 この感情に、名はあるのだろうか?


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