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第三話 ⑤

 ハルカの家には、踏み入れてはならない聖域のような場所があるのかもしれんな。ハルカ自身は柔道のスペシャリストであり、お母さん殿はそのハルカでさえ敵わぬほどに強いというから、何か神聖な力のようなものがあっても不思議はない。

「そうか……いや、急にこちらの退屈しのぎを押し付けて申し訳なかった。改めて、謝るよ。今ここで、キミたちの入れ替わりを解除しよう」

 ナーデルは謝意を示すかのように、頭を下げる仕草をして見せた。

 それから、昨夜したように、両の腕を大きく広げた。

「え、何する気?」

 と、アイが戸惑うが、ハルカが制す。

「わたしとクロウを元に戻すの。ちょっと眩しいから、目を閉じて?」

 ナーデルの両方の腕からそれぞれ一つずつ球体が分離。俺とハルカの額の前へと飛んできた。

 瞬間、視界を眩い光が包み込み、身体の感覚がなくなり、少し経って、元に戻る。

 俺が目を開けると、そこには視覚カメラの映像を映し出すモニターがあった。

 使い馴染んだフェイスマスクや鎧の感触が、肌を通して伝わってくる。

 俺はハルカを見た。

 ハルカもまた、自分の身体の調子を確かめるかのように、足下を見ている。

「クロウ……?」

「ああ。俺たちは二人とも元に、戻っている!」

 俺が頷くと、ハルカの横に立つアイが瞳を輝かせた。

「はる、ちゃん?」

「ん? ――うん」

「はるちゃぁああああああああん!」

「わっ⁉ ちょっと、逢!」

 困り顔になるハルカと、感極まった様子で抱きつくアイ。

「良かったぁあぁあああああ! このまま元に戻らなかったら、ナーデルを八つ裂きにしなきゃ気が済まないところだったよぉおおおお!」

「八つ裂きとか物騒なこと言わないの! あと離れて!」

 なぜか、唇を前にせり出させて顔を近づけるアイを、ハルカが押し戻そうとしている。

「ボクの身体は、八つ裂きどころじゃないくらいに分離してるけどね」

「ナーデルよ。これまでの俺なら、今すぐここでお前に決闘を申し込んでいただろう。だが、それはもう過去のこと。今の俺はそうはしない」

 俺はズシリ、ズシリと足を強めに踏み鳴らしつつ、ナーデルへと近づく。

「ボクも、これまでのボクとは違うよ。ハルカちゃんたちを観察してみてから、人間に対する評価が大きく変わってきたからね。今のボクは、ただ一方的に押し付けるのではなく、キミたちの言い分を受け入れる」

「ほう? ではこちらの要望とおり、今後、ハルカたちを観察する際は、家までは入らないことを誓えるか?」

「誓うとも。緊急事態でもない限りね?」

「緊急事態?」

「要するに、キミたちがピンチの場合は、ボクが許可なくサポートに入るってことさ」

 ナーデルの改心ぶりに、俺は僅かに警戒心を抱く。

「つまりお前は、俺たちの味方になるということか?」

「もともと敵意なんて無かったしね。本当に、ただ退屈を凌ぎたかっただけなんだ」

「お前がそう言うならば、今回の件には目を瞑ってやるが、今度同じことをすれば命をもらう」

 あまり調子付かせないためにも、俺は強気な姿勢で言った。

「お詫びってことで、さっそく助言(サポート)させてほしんだけど、いいかい?」

「言ってみろ」

 俺は先を促す。

 入れ替わってまだ一日も経っていないが、自分の声が懐かしく感じる。

「まずはクロウ、キミが乗って来た宇宙船についてだけど、裏山を訪れた人間に見つからないよう、ボクの方でカモフラージュを掛けてあげよう。部品さえあれば修理も可能だけど、少なくとも地球上には存在しない金属製の船だから、しばらくは待ってもうら必要がある」

 今の申し出だけでもこちらとしてはありがたいものだが、ナーデルはさらにこう言った。

「それともう一つ。ハルカちゃんの弟、タクくんだったよね? 彼の病気くらいなら、簡単に治せそうだよ?」

「な、なに⁉」

「拓の病気を⁉」

 衝撃の発言に、俺とハルカは思わず聞き返した。

「さっき、ハルカちゃんからタクくんの話を聞いてから、頭の中で病の情報を整理して、解決策を検索してみたんだ。たぶんボクが直接動かなくても、クロウが持ってる医療技術を活かせば、完治させられる」

 それは、なんという朗報か!

「できるの? クロウ」

 ハルカが俺を見る。

「俺もタクの病状を聞いて、あとでフェイスマスクのスキャン機能で見てやろうと思っていたところだ」

 と、俺は頷いた。

 正直、治療できるかどうかは実際に見てみるまでわからなかったが、ナーデルが言うなら、希望はあるのだろう。

「――ッ!」

 ハルカは感激しているのか、両手で口元を覆い、俺とナーデルを交互に見ている。

「まぁ、もしクロウが治せなくても、ボクを呼んでくれれば平気さ。ライン交換していい?」

「うん」

 ハルカが徐に携帯を差し出すと、ナーデルは腕にあたる部分を伸ばし、手先を携帯に翳した。

 すると、携帯画面が点灯。ラインアプリが立ち上がり、新しい電話番号が追加された。

「お前の手は、携帯電話にもなるのか?」

「簡単に言うとそんな感じだね。ボク自身が送信機であり、受信機でもあるんだ。銀河系一つくらいの範囲なら、交信も楽々だから、何か必要なときがあれば言ってくれ」

 ナーデル、もといドットマンの技術は、高度に発達しすぎてもはやわからん。

「ナーデル、ロボットみたい……」 

「なんかもう、便利すぎて置いて行かれるわ……。その分だと、ドットマンは個体ごとにネットワークを形成して、離れた場所にいてもリアルタイムで記憶とか共有できそうじゃん」

 ハルカとアイがぽつりと(こぼ)した。

「ロボットではなくて、有機電子体(ゆうきでんしたい)という表現が近いかも。ボクらは独自の恒星間ネットワークを構築してあって、そこにはタイムワープ通信も組み合わさってるから、銀河の果てから果てまでも時差なしで交信ができるんだ。だから基本的には、惑星一つにつき一個体で行動するほうが、情報収集するのに合理的でね、ボクの同族が地球にいないのはそれが理由さ」

 うむ。ドットマンは知性の化け物だな。

「電話代とか、めっちゃ高そう」

 ハルカらしい意見だ。

「代金の支払いとか、そういう(いにしえ)の資本主義的な文化はボクたちにはないよ。全部タダ。だからいつでも気軽に連絡してくれ」

 ナーデルはそう言うと、身体を構築する球体の群れを一つに凝縮させた。

 これまでは球体の一つ一つが均一な隙間を開けて浮遊していたのが、隙間なくくっつき合った状態だ。

 そこから今度は、球体全体が眩い光を放ち、丸みを帯びたシルエットが溶けるようにして混ざり合い、より自然体な人の形へと変形していく。

 まぶしさに目を庇うハルカとアイの後ろで、俺は視覚カメラの吸光度を調整し、ナーデルの変容を観察。

「……なんと!」

 俺は思わずそう漏らした。

 変容が完了すると同時に発光が止んで、人間の少女となったナーデルの姿が露わになった。

 黒く長い髪と、ハルカたちと同様の白い肌。ベースはスラリとした肢体だが、太ももや胸の周りに脂肪分が多く形成され、ハルカやアイと同じ高校の制服を身に纏っているものの、シルエットが細身なハルカたちとは異なっている。

「え⁉」

 ハルカは驚くと同時に、なぜか自分の胸とナーデルの胸を見比べる。

「そんなことまでできちゃうの⁉ ボン、きゅ、ボンじゃん!」

 アイも驚きの声を上げるが、最後の『ボン、きゅ、ボン』がわからん。

「普段は適当な人間に擬態してるんだよ。さっき見せた本来の姿で分散して遊ぶのもいいけど、クロウのように、視覚カメラで正体を見抜いてきそうな相手でもない限りは、こうしてるのさ」

「ということは、学校にも一緒に来ていたのか?」

「うん。ハルカが透明になってついてきていたのを知ったときは、視覚カメラで正体がバレたかと思ったけどね」

 俺の問いに、ナーデルは可愛らしく微笑んだ。

 人間の姿と球体を使い分けていたというわけか。道理でなかなか見つからないわけだ。

「てっきり、お前はオスかと思っていたぞ」

「こっちの性別のほうが、何かと都合が良かったりするんだよ。それとクロウ、人間に対して(おす)なんて言い方は失礼にあたるからやめたほうがいい。(めす)もダメだ。特に女性に対する接し方は、近年世界的に厳しく見られる傾向にある。呼ぶなら女性、レディ、少女、女の子、女の人、お姉さん、奥さん、おばあさん。慣れてきたら、年齢や立場に応じて分けて呼ぶべきだ」

 なるほど。目上の存在には敬意を払って、呼び方にも気をつけてきたが、人間の場合は皆に対して平等にそうすべきなのか。

「了解した」

「ハルカちゃんの家にもパソコンくらいあるだろうから、キミのフェイスマスクをコネクトして、ネットワークから情報を得て勉強するといい。女性に対する形容の言葉や誉め言葉、礼儀なども知っておくと、今後の活動がやりやすくなるだろうさ」

 今のナーデルのアドバイスは、フェイスカメラで全部録音したから、あとで聞き返して復習しよう。

「それじゃ、ボクはこのあたりで一旦失礼するよ。そのうちまたフラっと観察させてもらいに来るからね」

 さきほどの青年の声とは違う、女の子らしい高い声で言うと、ナーデルは踵を返す。

「こ、今回は、はるちゃんの弟に良いことがありそうだから、命は見逃してあげる!」

 ナーデルの背中目掛け、明るい声でアイは言うが、内容がやはり恐い。

 ナーデルは片腕を持ち上げて軽く振ると、そのまま駐車場の出口へ歩き去って行った。


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