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第三話 ④

「簡単な話だよ。人間は、自分たちとは違う得体の知れない存在を、本能的に拒絶するようにできてる。ボクに対しても例外じゃなかったのさ。今の時代で同じことを人間に持ち掛けても、逆にボクを信用せず、好きに利用しようとするだろう。だからボクは退屈しのぎに観察だけさせてもらうことにしたんだ。観察して知ることこそ、ドットマンの生きがいだからね」

 俺が戦うことに生きがいを感じるように、ナーデルにはナーデルの生きがいがあったか。

「たださっきも言ったけど、たまに手は加えさせてもらってるんだ。今回みたいに、退屈しのぎのはずの観察が、退屈でしかなくなってしまう場合にね。ボクが入れ替わりを与えていなければ、キミたちがそうして力を合わせて行動することもなかっただろう? クロウは人間に見つかって騒ぎになったり、組織に捕まったり、ロクなことにはならなかっただろうさ。そういうのは、やたらと交戦的なエイリアンが陥る典型的なパターンで、もう見飽きてるんだよね」

 俺とハルカは、互いに何も言えない。

 確かに、入れ替わりが無ければ、ハルカは俺を受け入れようとはしなかったかもしれない。

 ましてや家に滞在させるなどということは、選択肢に入らなかっただろう。

「入れ替わりが起こったことで、互いのことをもっと知ることができたし、困難を乗り越えるドラマが生まれた。急にボクが参入したことで混乱を招いてしまったことは謝るよ。けど、君たちにとって一〇〇パーセント悪いことばかりじゃなかったはずだ。ボクは感情が織りなすドラマを楽しめたし、ハルカちゃんはテストをクリアし、クロウは人間について学び、アイちゃんは疑似的とはいえ、ハルカちゃんとより深い関係になれたわけだからね」

 両腕を広げる仕草で、ナーデルはさも楽しげに語る。

 だが、俺たちの間には気まずい空気が流れた。

「……最後の、ハルカとアイの件については、俺はノーコメントだ。当時者は俺なわけだがな」

「クロウ、(あい)と何があったのか、あとでちゃんと教えて。わたし、よくわかってないから」

「なんでもないから、はるちゃんは気にしないで? 私がちょっと欲望に負けて、イケると思って暴走しちゃっただけだから」

 顔に戸惑いの色を浮かべるハルカに、アイが満面の笑顔で言った。

「イケるって、どこに行こうとしたのよ?」

 んん?

 この感じ、多分だが、ハルカはちょっとズレた捉え方をしている気がするぞ?

「え、……夢の国(ランド)とか?」

 アイの奴も、意表を突かれたかのように目をパチクリさせた。

「もう、そんなの土日にいくらでも行けるじゃん。仮病使って行く場所じゃないでしょ」

 ハルカは肩を竦め、ナーデルに向き直る。

「ナーデルの言う通り、悪いことばかりじゃなかった、とは思う。少なくともわたしの弟は、クロウと知り合いになれてすごく喜んでたから。でもやっぱり、入れ替わったままじゃダメだよ。弟は、入れ替わる前の、正真正銘のクロウと仲良くなりたがってるの。自分の人生は自分の身体で歩むべきだと思う」

「泡と同じく、あっけなく弾ける人生に、どうしてキミは、自ら意思決定を下したがるんだい?」

 あっけなく終わるとわかっていて、なぜ自らの意思でそれを続けようとするのか。

 ナーデルの問いに対する答えを考えたことのある者が、世界にどれだけいるだろうか?

 そう考えてしまうほどに、深い問いだ。

「……わたしの弟はさ、重症筋無力症(じゅうしょうきんむりょくしょう)って言って、筋力が弱っていく難病なの。たくさん動いたりすると、他の人より早く疲れるし、特に夕方以降の時間帯は悪化しやすくて、食べ物をうまく噛んで食べられなかったりする」

 ハルカはフェイスマスクに覆われた顔を思案気に下向け、タクのことを話し始める。

「自分の意思で遠くに出かけたくてもできないし、他の子たちとスポーツもできない。でも、……それでも拓は、お母さんからもらったものだから大事にしたいって、自分の身体を受け入れて、ちゃんと向き合って、理不尽な環境の中を戦ってる。強く生きてるの」

 俺は、昨夜の山でタクが見せた、苦し気な表情を思い出した。

 タクは、そんな難病に(かか)っていたのか。

 もし、俺がタクのような立場であったなら、どう感じ、どう思っただろうか?

 己の不足や失態はすべて、己の責任。そう割り切ることができただろうか?

 兄者を始め、周囲の同志は皆健全で、肉体の強化に励み、俺一人だけが置いていかれたら、まともな精神状態でいられただろうか?

「わたしは拓から教えてもらったんだよ。自分の身体は自分のもの。ちゃんと自分で向き合って、面倒を見るの。付き合っていくの。だからね? あなたの言う退屈しのぎのために、ただそれだけのために入れ替わらされるのは、絶対にイヤなの」

「……ふむ」

 ナーデルは沈黙し、ハルカに続きを促す。

「話を聞いてると、ナーデルは不老不死とか、そういう感じだよね?」

「不老ではあるけど、不死ではないよ?」

「たとえ不老だけだとしても、それでも、わたし達にとっては充分すごいことなんだよ。とくに女の子は、ずっと若いままでいたいと思うんだから」

「確かに人間は、ドットマンに比べて、寿命も短ければ劣化も早い。それはわかっているよ」

「だから、そこなんだよ」

 ハルカは、堂々と胸を張って答えた。

「限りある時間しか、わたし達には与えられていないんだから、せめてその短い間だけでも、自分が誇れる自分でありたいと思う。それは、泡みたいに弾けちゃうわたし達を見たエイリアンから、あっけないって言われても、揺るぎないものなんだよ」

 しっかりと考え、噛み締めるように言葉を紡ぐハルカに、俺は気付けば見入っていた。

 目の前に立つのは俺の巨体だが、俺の目には、セミロングでブラウンの髪を揺らす、華奢なハルカが立っているように見えていた。

 俺にそう思わせるほど、ハルカの言葉には、崇高な精神が、気高き信念が、込められているように感じられたのだ。

「ナーデルもきっと、人間と同じ寿命と身体を持てば、今わたしが言ったこと、もっと深くわかると思う」

「すぐに終わるとわかっていて、それでも尚キミは、――キミたち人間は、自分を誇ろうと言うのかい? そのために努力をすると?」

 ナーデルの声が、僅かに震えているように聞こえる。

 自身の境遇を受け入れ、それでも前を向こうとする人間の姿に、何かを感じているのか。

「うん。だって、ただ長く生きてるのって、それはそれで退屈なんでしょ? あなたの言動を見て、そう思ったよ?」

「それは……」

 あのナーデルが、ゆとりの権化のようなナーデルが、一歩後退した。

「なぜ、そんなに綺麗な目ができるんだい? いつか終わることが、恐くはならないのかい?」

「だって、寿命はどうしようもないじゃん? どうしようもないことを恐がっても仕方ないし、毎日がつまらなくなっちゃう」 

 と、ハルカは首を振る。

「この話を拓が聞いたら、たぶん笑うと思う」

「キミも拓くんも、他の人間同様、あと一〇〇年も経たないうちに死ぬんだぞ? 拓くんは難病を抱えているぶん不利だろうに。……たった一世紀足らずの時間で何ができる? 何に満足できるって言うんだ?」

「そんなの、たくさんある」

 さらに半歩後退し、狼狽えたような反応を見せるナーデルに、ハルカは言う。

「起きたら家族におはようってあいさつして、朝ごはんを家族で一緒に食べて、行ってきますを言って、学校で友達と勉強したり、おしゃべりしたり、お昼ごはんを食べたりして、それで帰ってきたらただいまを言って、また家族で夜ごはんを食べて、お休みって言って寝る。ありきたりで、何気ないって思いがちだけど、たった一日の間だけでも、人間にはこんなにたくさん、できることがある」

「こ、呼吸できて満足だ、って言っているようなものじゃないか! その程度のことで、なぜ笑顔になれる?」

 ナーデルは言って、自身の身体を構成している球体を、一斉に変化させた。

 具体的には、それまでは鈍い光沢を帯びていた球体の表面が、磨き上げたかのような鏡面に変わったのだ。

 そして、鏡のような光沢を帯びた無数の球体に、俺の巨体――ではなく、その中に宿るハルカの姿が映し出された。

「クロウ、キミも人間より遥かに長生きだろう? ハルカちゃんのこの笑顔、キミに理解できるか⁉ ボクにはできない!」

 ナーデルの身体に映し出されたハルカは微笑んでいた。なんだか照れくさそうに、眉を困らせて。

 俺はナーデルに問われたこの時、不思議なことに、兄者のことを思い出した。

『く、クロウ……』

 俺の船がアラートを発したときの、動揺に満ちた兄者の声。

 レプティリアンの中でもトップクラスの強さを誇る兄者が見せた、心の揺らぎ。

 俺は当初、その意味をよくわかっていなかった。

 だが、人間のハルカやタクと出会った今の俺ならば、わかる気がした。

「ナーデル。肉体の寿命がない、恵まれた種族のお前だからこそ、理解ができないのだ。迫りくる己の死を、そして家族の死を考える必要がないお前には、人間の尊さに触れることは叶わないだろう」

 兄者が俺に対して見せた反応はきっと、ハルカがタクに対して、そしてお母さん殿やアイに対して抱く思いと関係がある。そこだけは、間違いないと思う。

 その反応が何を示すものなのかまでは、今の俺にもはっきりとはわからない。

 的確な言葉が、見つからないのだ。

 だが、これも追及していけば、いつかは理解できるかもしれない。答えを示す何らかの言葉に出会えるかもしれない。

「なら、キミは理解できるとでも言うのかい? ハルカちゃんが笑っているのはなぜなんだ?」

 ナーデルは平静を保った声で言うが、内心は未だに大きく揺らいでいることだろう。

「俺もはっきりとはわからないが、それでも人間には、俺たちには無い強さがあるんだ。だからきっと、ハルカは笑っていられる」

 レプティリアンにもドットマンにも無くて、人間だけにある強さとは何か。

 俺は益々、人間に興味が湧いてきた。

「なんというか、心の中を暴かれたみたいで恥ずかしいけど、わたし、精神の部分では笑ってたんだね」

 ハルカは手を腰の前辺りで握り合わせて、もじもじとしている。

 その動作を俺の巨体でやられると、どうしてもシュールだ。

「自覚、無かったのかい?」

「よくわかんない。でも、大切な人たちと一緒にいる時間を思い浮かべたら、自然と顔がほっこりしてきたというか……」

 ナーデルの問いに答えようとするハルカ自身でも、己の感情を明確には言葉にできない様子。

 人間はまるで、精神そのものを具現化したかのように繊細だ。不安定で、不明瞭で、しかし、それらを総括しても、不思議と悪い気がしない。

「ドットマンはすべてを知り、超越した存在だと思っていたが、そんな種族でも解明できていない道理が、人間にはあるのだな」

「……そのようだね」

「今なら、俺はお前が人間に興味を抱いているのも理解できる。俺も、人間のことをもっと知りたくなったからな」

 俺はナーデルの顔と思われる部位に目を向ける。ちょうど人間の顔に当たる部分だ。

 ナーデルは、初めこそ、その余裕ぶりから他者を見下すヤツかと思ったが、こうして腹を割った交流を追求すると、理解し合えることもあるのだとわかる。

「はるちゃん。そのぉ、はるちゃんの大切な人の中に、私は入ってる?」

 アイが人差し指を口元に軽く当てて、上目でハルカを見つめる。

「当り前じゃん。ていうかこういうの、面と向かって言わせないでよ」

 ハルカは両手をフェイスマスクの頬の部分に当てて、身体を右へ左へ捩る。

 その動作はいったい何の感情表現なんだ⁉ それを俺の巨体でやると、なぜか大きな齟齬を感じて不快になる! 足も内股で、膝が少し曲がって戦士らしさが無い!

「ハルカちゃん。ボクがキミとクロウの入れ替わりを解除したら、ボクはもっとキミたちのことを知れると思うかい?」

 ふと、ナーデルが切り出したので、俺はすかさず肯定する。

「むしろ、元の身体に戻ってこそ、本来のハルカの有り様がわかるというものだろう」

「入れ替わりを解除してくれたら、わたし達のこと、これからも観察していいよ。ただし、家の中までは入って来ないって約束してほしい」

 ハルカも首を縦に振る。


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