第一話 脳筋エイリアン、少女と入れ替わる ①
俺が目を覚すと、焼けた臭気が鼻をついた。
全身に鈍い痛みを感じるものの、どうやら生き延びたらしい。
システムがダウンした船内は暗い。手探りで主要装備の一つ――フェイスマスクを取り、顔に装着する。
フェイスマスクに破損は無く、作動させると視覚カメラからの映像が映る。視界が赤く照らされ、船内の様子が鮮明に見えるようになった。
このフェイスマスクは俺の脳波とリンクしており、念じるだけで様々な操作が可能だ。
(診断モード)
俺は視覚カメラを、損傷状態を把握できる診断モードに切り替え、己の身体、そして船内の各所を見回す。
日々の鍛錬で鍛え上げた我が肉体は、胴体から足先にかけて金属製の鎧に覆われている。
が、診断モードであればそれを透過して肉体そのものを見ることができる。
――うむ。
身体に目立った異常は無い。体内に蓄積されている鈍い痛みは、船を襲った衝撃によるものだろうが、この分ならじきに消える。
問題は船だ。制御パネルの内部を透過して見たところ、機器の至る所で破損が見られる。
現状、復旧は不可能。
船の通信装置も操作不能。兄者たちとの連絡は取れない。
だが、フェイスマスクの機能を使って、自分の居場所を確認することはできそうだ。
俺が念じると、視界に現在の位置情報が表示される。
どこかの惑星の、植物が生い茂る場所に船は墜落したらしい。
拡大の倍率を大きく下げ、より俯瞰した視点で自分の居場所を確認。
ここは水が豊富に存在する惑星で、全体的に青い色をしている。
倍率をもう一段階下げると、この青い惑星の周りを、小振りな衛星が周回していることがわかった。
倍率をさらに下げる。すると、強い光を放つ恒星が存在し、青い惑星をはじめ、九つの惑星がその恒星の周りを回っていることが判明。
ここは――。
俺が今いる青い星には、見覚えがあった。
記憶が正しければこの星は、いくつかの宇宙種族が移住先の候補に指定していて、調査のためにエージェントを送り込んでいたはずだ。
そうした調査で得られた情報は俺たちレプティリアンにも流れてきており、この星の生態はある程度知っていた。
この星は【人間】という種族が支配する、【地球】と呼ばれる星。
人間の姿形はレプティリアンと似て、二本の腕と足を持ち、移動の際は直立二足歩行が基本らしい。
「うぅむ」
俺は思わず喉をカカカカと鳴らす。
地球は太陽系に属し、レプティリアンの母星から遥か遠くにある辺境惑星なのだ。
ワープ航行中のトラブルで、俺はとんでもなく遠くの星に来てしまった。
フェイスマスクに通信機能は無いから、同胞と連絡を取るには船を復旧させる必要がある。
しかし人間が持つ科学技術は、宇宙種族全体のレベルで見るとかなり低いと聞いている。俺の船を修理できるかも定かではない。
つまり、俺はこの星から二度と出られないかもしれないということだ。
どうしたものか考える必要があるが、まずは周囲の状況を直に確認せねば。
俺は頭上のハッチ――その手動開閉レバーを引いた。ハッチに歪みなどの異常はなく、スムーズに動作する。
ハッチが開き、フェイスマスクが船外からの大気を検知。呼吸機構が作動。
すぐさま大気の成分解析が行われ、視界モニターに結果が出た。
成分の名称は、いずれも安全であることを示す緑色で表示されている。
なるほど、移住先の候補に指定されるだけあって、この大気環境は馴染みやすく、レプティリアンであればマスクなしでも呼吸が可能というわけか。
船外は暗く、些かひんやりとした気温。地上を照らす恒星が見えないことから、この時間帯は空全体が暗いのだと知れた。地球の自転周期がどれくらいなのかはわからないが、しばらくは暗いままだろう。
暗い時間帯に船が落ちて幸運だった。
さきほど位置情報を確認したとき、今いる植物地帯から少し離れたところに、街らしきものが見えた。
恐らくは、人間が築いたもの。
多くの人間に目撃され、尚且つ敵意を向けられては対処が面倒だっただろう。
(暗視モード)
俺は再び念じて、視覚カメラのモードを切り替えた。
船を囲むように、背の高い植物が林立している。太くしっかりとした部分は茶色をしていて、頭上を覆うように生い茂る葉は赤や黄色。
それら植物の色合いは、毒々しいというよりかは鮮やか。危険は無さそうだ。
この植物、名はあるのか?
疑問を抱いた俺は試しに、フェイスマスクの言語機能の中から、人間の言語を検索。
すると、数種類の言語が表示された。これはかつて地球を訪れたレプティリアンたちが人間と遭遇し、そこで収集した言語データに基づいて作成されたものだ。
人間という種族は、住む地域によって、違う言語を使うらしい。
俺は複数ある人間の言語から、適当に一つ選んだ。
《日本語》という言語らしい。
俺は日本語を選択した状態で視覚カメラを使い、植物をスキャン。名前を調べてみる。
【木】と表示され、日本語の音声がそれを読み上げた。
木という名前の植物らしい。もう少し詳しい分類がありそうだが、人間の言語は完全に網羅されているわけではないため、おおまかな名称しかわからなかった。
「……キ」
俺は口を動かして、発音してみる。
うまく言えた確証はないが、フェイスマスクには音声翻訳機能もあるから、仮に間違った発音だったとしても、正しいものに変換されて発声されるから問題ないだろう。
人間に遭遇したときに会話ができるようにしておけば、役に立つこともあるかもしれない。
仮に日本語という言語が通じなければ、別の言語に設定して試せばいい。
周囲には木がたくさんあるだけで、今のところ動く者の気配はない。
俺はハッチから空を見上げ、しばし考える。
俺は死を覚悟して、兄者たちとはぐれた。
果たすべき目的は遠退き、もう届かない。
ならば取るべき道は、潔い死のみ。
「うぅむ」
だが、俺は一人前の戦士を目指す者。
そのために、鍛錬を積み上げてきた。
レプティリアンの戦士は宇宙を渡り歩き、強敵と戦って倒すことを最大の名誉とする。
ここで自害することは、最大の名誉ではない。
それに、さきほどとは状況が変わっている。
ワープ航行中の異常事態であるがために、取れる選択肢は死のみだったが、今は違う。
場合によっては、【戦う】という選択肢があり得る。
兄者と同志たちが向かったのは【試練の星】。
同志たちはそこで監督官である兄者の監督の下、一人前の戦士として認められるために、命懸けの試練を受けるのだ。
ならば俺もこの地球で試練を見出し、それを打ち破るべきではないか?
そうしてこそ、一人前に一歩近づけるというもの!
ここでの俺の行いは、兄者たちに知られることはないだろう。
つまり、レプティリアンの戦士として正式に認められることもない。
俺はぐっと拳を握りしめる。
たとえ認められずとも、俺は戦いたい!
己の強さを磨くことだけに喜びを見出してきたのだ。
こうして命があるのも、きっと戦いが俺を待っているからだ!
「グォオオオオオオオオッ!」
戦意が高揚し、俺は雄叫びを上げた。
静まり返る植物地帯に、俺の声だけがこだまする。
地球の戦士を見つけ、戦いを挑むのだ!
一度船内に引っ込んで、保管庫の装備を確認する。
コンピューターガントレットは無傷だ。手甲と操作パネルを合体させたようなサポート機械で、これがあれば戦闘を機械的にサポートできる。
俺はコンピューターガントレットを左前腕に装備し、回収できた道具を並べていく。
《リストブレード》
これも片方の前腕に装備するもので、状況に応じて長さを伸縮できる二枚刃は、レプティリアン戦士の基本武装。
《ブーメラン》
円盤の形状をしたこれは、取手を強く握ると格納された刃が広がる。離れたところにいる敵に投げつけ、回転する六枚の鋭い刃で切り裂く武器だ。
《スピア》
長さ五〇センチ、二段伸縮式の槍で、最大二・五メートルまで伸びる。強度はここにある武器の中で最強クラス。
《ダガー》
主にはサバイバルや道具の加工などに用いるものだが、近距離戦にも向いている。
《アイテムボックス》
黒い長方形をした背負うタイプの入れ物。ここに医療道具や食料、ワイヤーなどのサバイバルアイテムを収納してある。
《プラズマキャノン》
右肩に装備する遠距離用の武器で、これまで多くの獲物を一発で仕留めてきた、全装備の中で最も強い威力を誇る。
俺はコンピューターガントレットを操作。光学迷彩を作動させ、身体を透明にする。
そうしてハッチから勢いよく飛び出し、地球の大地にドシンと着地した。
踏みしめた草と土の感触は、歩行に支障のない程度の固さ。
人間に決闘を挑むなら、暗くて目立ちにくい今の時間帯がいいだろう。
街へ行けば、戦士の一人や二人いるはずだ。
俺は街へ向かう前に、船を振り返る。
船をここにこのままの状態で放置しておくのは危険だ。
俺がいない間に、別の生物が何らかの悪さをしかねない。
「……」
だが、今ここにある道具ではどうにも復旧できそうにない。
戦士を探しつつ、なにか修理に使えそうなものを見つける必要がある。
俺は街の方角へ進む。
すると周囲の木々が減って視界が開け、広場に出た。
そこは高台のようになっており、前方には照明のようなものが無数に設置された――人間の街が広がっていた。
言語検索でわかったが、ここは【山】で、俺がさっきまでいた場所は、木々がたくさんある【森】というようだ。
土が多く積もり重なって盛り上がったもののことを山というのだな。
船が山の森に落ちたことは、俺にとって有利だ。
森は木が多く、船が目立ちにくい。さらに山頂にあることで、俺は周囲の様子を俯瞰できる。
人間の言葉で、地の利というらしい。
グルル。と、俺は歓喜に喉を鳴らす。
この地の利をあえて捨て、自ら敵地へ戦いに赴くことは、レプティリアンの勇気と強さを示すことに繋がるからだ。
俺は広場の隅に石造りの階段を見出した。下方へと伸びるその階段の先には森が広がり、階段がどこへ繋がるのかはわからないが、恐らく街へと通じているはず。
そう推測して、俺が階段を降りようとしたときだった。
「こら、拓! どこ行くつもり⁉」
「ね、姉ちゃん! 起きてたのかよ⁉」
「あんたが出て行く音で目が覚めたんでしょうが!」
何者かの肉声が、階段を下った先――森の中から聞こえてきた。
次いで、何らかの照明器具なのか、小さな光が見え隠れする。
俺は立ち止まり、翻訳機能を作動させたままにして、階段下の森を見下ろす。
すると、森の闇の中から手持ち式の照明を片手に、二体の生物が現れた。
「ついてこないでよ! ぼく一人で平気だから」
「こんな夜中に小学生が出歩いていい場所じゃないでしょ! 何をしようって言うの?」
偶然にも、選択した【日本語】という言語が適切だったらしく、会話の内容を理解できる。
会話がわかるということはつまり、声の持ち主は人間ということ。
一体目は背が低く、黒くて短い髪を頭に生やし、柔らかそうな素材の衣服を身に着けている。
二体目は、一体目よりも拳三つほど背が高く、胸のあたりまである茶色の髪を生やし、衣服は一体目と似た材質のものを着用。
二体とも、俺のようなレプティリアンと同様、二本の腕を持ち、二本の足で歩いているが、腕も足も胴体も、すべてが細く締まっている。