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第三話 ③

 バラけた状態で道の隅を転がったり、ときには物陰に隠れたりして動けば、多くの場合は気付かないもの。そこを巧みに利用されたのだ!

 小学校の裏山から始まって、ハルカたちの家まで着いてきて、隙間などから密かに中へ侵入し、やり取りを見聞きしていたということだろう。

 ここのエレベーターは床に布が敷き詰められてあった。あの状態ではたとえ無数の球体が転がり込んでも音が出ない。気付けないわけだ。

「ボクは別に、こそこそ隠れているつもりは無かったよ? キミたちが気付かなかっただけさ」

 ナーデルは転がりながら発声する。

 周囲の人間たちは誰の声かわからないが故に、さほど気にした様子はない。

「二人とも、エレベーターだ!」

 俺が叫ぶと、エレベーターに近い位置にいたアイが走り出す。透明だが、ハルカも一緒だろう。空間の微かな揺らぎのようなものが高速で動いているのが見えた。

 ちょうどエレベーターが開き、人が降りたところへ、ナーデルが転がり込む!

球体の一つが素早く浮き上がった。

 ここからでは見えないが、恐らくは閉止ボタンを押したのだろう、エレベーターの扉が閉まる!

「どりゃあ!」

 扉が閉まる瞬間、ドスの利いた声がこだまし、重量級の巨体がエレベーター奥の壁に激突する音がした。

「ぎゃん!」

 僅かに遅れたアイが閉じた扉にぶつかって跳ね返る。

 どうにかハルカだけは、俺の巨体を活かして間に合ったらしい。

「ああ! 私のはるちゃんがぁ!」

 他の人間たちの視線が集まる中、アイは慌てふためいて、エレベーターのボタンを連打している。

 エレベーターはB1と表示された階で止まった。

「ハルカなら大丈夫だ。俺の身体は頑丈だから、ナーデルなどに倒されはしない」

「相手は知性が超絶高いんでしょ⁉ 何するかわかんないじゃん!」

 俺が隣に駆け付けて落ち着かせようとするが、アイはハルカのことになると我を忘れる傾向にあるみたいだ。

 数十秒経って、エレベーターが戻って来た。タイミングよく、他に利用しようとしている人間はいないので、俺たちは乗り込んですぐさまB1を押す。B1のスイッチの横には『関係者専用』という表示があった。

「この階は、特別な人間しか入れないということか?」

 俺が表示を指差すと、アイは頷く。

「地下施設。たぶんスタッフ専用の駐車場とかじゃないかな? 荷物の搬入にも使われてるかも。人も少ないだろうから、戦うならやりやすいと思う」

 なるほど、人が少ないのは好都合だ。

 扉が開いた。

 そこには地上では見かけなかった、石材がベースとなった空間が広がっていた。

 空間の両サイドには、人間の乗り物と思しきものが並んでいる。

「はるちゃん!」

 アイが駆け出す。

 俺たちの前方十メートルほどのところに、光学迷彩を解除したハルカが立っている。

「ハルカ! 無事か⁉」

 俺もアイに続く。

 ここでハルカが、地面を目掛けて飛び掛かった。

「そうカッカするなよ。入れ替わりなんて非日常、そう味わえるものじゃないだろう?」

 ナーデルの余裕そうな声! ハルカの飛びつきを躱したか!

「こっちはいい迷惑なの! 早く元に戻して!」

 呻きながら立ち上がって、ハルカは言う。

「見てて楽しいのかもしれないけど、それはナーデル、あなただけだよ。わたし達は楽しくない。自分が同じことされて、望みもしない他の誰かと入れ替わったら、どう思う?」

 物理的に捕らえてどうにかするのは無理と判断したか、説得を試みるハルカ。

「さっさと元に戻さねぇとバラすぞコラァアアアアアアッ!」

 その横を通り越して、今度はアイがナーデルに飛び掛かった。

 いつの間に持っていたのか、アイの片手に銀のナイフが光る。

 脅しながら襲い掛かってどうする!

「よせ! アイ!」

 叫ぶ俺を余所に、アイのナイフが拡散するナーデルの球体――その一つを切りつけた。

「やめておきなよ。キミが疲れるだけだ」

 俺の心配は杞憂だったか、ナーデルは尚も涼し気な声だ。球体にも傷一つ付いていない。

「ナーデルも、もうこれ以上逃げるのはやめろ。ここは地下で、こっちは三人だ。追い詰められているのはお前だぞ?」

 俺が駆け付け、ハルカの巨体の隣に立つ。

「なんだ、クロウも入れ替わりが嫌なのかい? 自分より弱い生物の身体に一度なったら、それを使ってより厳しい試練を堪能したがると思ったんだけど?」

 ハルカがアイを助け起こす間に、ナーデルは拡散させた身体を一箇所に集めて浮き上がり、人の姿を形成した。

「俺は俺の身体で戦うことに喜びを感じると言ったはずだ。今すぐ元に戻せ。さもなくば、俺はお前に攻撃を仕掛けるぞ」

「その華奢な身体で、かい?」

 と、ナーデルは笑い声を上げる。

「自分が同じことされたらどう思うか? というハルカちゃんの問いに答えると、何も思わないな。ドットマンは肉体を持たない、いわゆる精神体でね。今はこうして、目に見える形で肉体の代わりを担う球体に精神を接続して操っているけど、いつでも抜け出せるんだ。接続を解除するだけさ」

「だから例え誰かと入れ替わったとしても、ドットマンはすぐ元に戻れてしまうし、逆に戻れないとしても、困ることは特に無い。ドットマンにはテストも無ければ、他人と深くつながり合う必要もないからね。人間で言うところの欲望みたいなものが無いんだよ。退屈を紛らわしたいという広義的な欲望以外には」

 ドットマン=ナーデルほどに進化した知的生命体は、肉体すらも自在に変えられるのか!

 人間はおろか、レプティリアンさえも凌ぐ高度な文明にもなると、支配欲や自己顕示欲といった、文明が一度は陥る欲望の海すらも越えて、悟りの大陸に至るのかもしれん。

「私のはるちゃんを返さないなら、おまえを危険種だと組織に報告するぞ? そうなったら、おまえは人間を敵に回すことになる。それでもいいのか?」

 アイが2オクターブほど低い声で脅しを掛ける。きっとあの刺し貫くような視線をナーデルに放っていることだろう。

「人間にそんな凶暴な目つきができたなんてね。レプティリアンのクロウには悪いが、そこの女の子の方が凄みがあるよ! キミ、なんて名前?」

 しかし、ナーデルにはアイの狂気じみた視線も通じていない様子だ。

 というか、俺の方が凄みが無いだと⁉

「私は久留里逢(くるりあい)。はるちゃんは私のものなんだから、苦しんで死にたくなければこっちの要求を呑め」

「ちょっと、逢?」

 ハルカが狼狽えたような声でアイを見る。

「日本の法律だと、同性の婚約は認められないんじゃなかったかい? パートナーシップが限界だろう?」

「はるちゃんと一緒になれるなら、なんだっていい」

「あの、逢……?」

 ハルカの声は震えている。

おのれナーデル、言いたい放題、やりたい放題しおって!

「さておいて、逢ちゃんの言う組織っていうのはあれかい? 異星種対策局」

「知ってたか。うちの組織は日本だけでなく、世界中に拠点を持ってる。たとえドットマンでも、それ全部を相手にしたら半殺しにされると思うけど?」

「二人ともストップ! 脅しが通じる相手じゃないよ」

 ハルカが割って入った。

「ナーデル。あなたはまだ不満足かもしれないけど、わたし達はとても困ってるの。人間の文化には詳しいみたいだし、わたしの言ってることもわかるでしょ? 今日だってテストがあって、本当ならわたし、今も学校にいるはずだったんだよ?」

「人間の勉強は、宇宙規模で展開する文明出身のボクに言わせれば、浮かんでは弾ける泡と同じだよ。何かを成す前に、人間本体が弾けて終わる。あまりにも発展が遅い。一生をたった一つの星だけで過ごす種族なんて、地球人くらいだ。見ていて退屈でしかない。なら、ボクの都合と価値観で踊ってもらったほうが楽しめるというものさ」

「ただ見てるだけじゃつまらないって言うなら、新しい知恵を分けて、助けてくれたっていいじゃない」

「うーん、そう考えたこともあったよ?」

 ハルカの言葉に、ナーデルは僅かな間を開けて答えた。

「何千年も前の話であまり細かくは覚えていない。まぁ正確には、記憶はボクの精神ネットワークに刻まれていていつでも取り出せるけど、思い出したくないと言ったほうが正しい。嫌なことは都合よく忘れるに限るからね。ただ、今はハルカちゃんに説明するために、一時的に思い出すことにするよ」

 ナーデルはそう言って、ほんの僅かなあいだ言葉を切った。記憶をダウンロードしたか。

「――ボクは今から二千年前、地球人たちに知恵を授けようとした。発展の手伝いをしようとしたんだ。でも、ダメだった。悪魔などと言って、聞く耳を持たずに拒絶された」

「それは、どうしてなの?」

 ハルカが俺の声で言う。


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