第三話 脳筋エイリアン、追跡する ①
「そうだ、そこを指で押すんだ」
俺たちはアイの家のリビングに通され、俺はハルカに、フェイスマスクの操作方法をより詳しく教え始めた。
ちなみに、ハルカはリビングに向かう際、アイの部屋をそれとなく覗こうとして、満面の笑みを貼り付けたアイがドアを閉めたため、あの写真だらけの異空間を直に見ずに済んでいる。
「操作するのは構わないけど、何をしようとしてるの?」
と、ハルカ。
「アストラルスキャンを使って、ナーデルの居場所を突き止める」
「アストラルスキャン?」
アイが反応した。エイリアンに対処する組織の人間とはいえ、知らないのも無理はない。
「アストラルスキャンとはいわば、脳から発せられる思念の粒子を視覚化して捕捉する技術だ。知的生命体が何かを念じると、肉眼では見えない粒子が脳から放出されることがわかっていて、その粒子を思念粒子と呼ぶんだが――」
「長い。もっと短く」
ハルカにはわかり難かったらしい。
「この言葉が適しているかわからんが、精神エネルギーを検知し、目で見えるようにする機能のことだ。この機能を使うと、精神エネルギーを光の粒のように見ることができる」
「そんな技術、組織にも無い……」
「地球の科学技術は原始的だ。仕方のないことだろう」
得意げに言う俺だが、じつはついこの前、フェイスマスクがアップグレードされ、そこでようやくこの技術が実装されたということは言わないでおく。
ドッドマン=ナーデルのような高度な知的文明と比べると、レプティリアンでさえ技術の大きな遅れがあるとされ、それこそ原始的だと言われているからだ。
「とか言って、レプティリアンも自力では開発できなくて、別の種族から高値で買ったとかじゃないの?」
なに!
ハルカよ、なぜこういう時に核心に迫る質問をする?
「……そんなことは、ない」
「今、間があったけどぉ?」
またアイの赤い瞳がじっと見てきて恐い。
「さておき、ハルカ。これでお前は、念じることでフェイスマスクの機能を操作できるはずだ」
俺はマスクの説明に戻って誤魔化す。
「念じるだけで動くの⁉」
「そんなに驚くことでもないだろう。『アストラルスキャン』と、頭の中で念じてみろ」
俺の指示で、ハルカは拳を握りしめ、小さく唸った。
「いや、そんなに力まなくても、普通に念じれば大丈夫だ」
「――うわ! なにこれ⁉」
数秒間の沈黙の後で、ハルカが声を上げた。
「はるちゃん? 大丈夫?」
「なんか、二人の頭の中に、光の粒子みたいなのがたくさん見える!」
「よし。アストラルスキャンは正常に機能している」
「黄色い光の粒がいっぱいできれい……」
「てことは、私が今考えたこともわかっちゃうの⁉」
「いや、考えの内容まではわからない。あくまで思念粒子を光の粒として見ているだけだ」
アイの問いに俺が答えると、
「何を考えたの?」
と、ハルカが聞いて、
「今、はるちゃんの身に何かあったら、クロウにどんな地獄を見せてやろうかなって」
にこり、と笑うアイ。
「クロウ、ごめん。忘れて?」
「ああ……」
俺はハルカに言われ、何も聞かなかったことにする。
「――キレイ、とはなんだ?」
「きれいっていうのは、キラキラしてるとか、お肌がツヤツヤしてるとか、清潔感があるとか、そういう感じの意味だよ? 女の子に言ってあげると得かも」
と、俺は恐怖を紛らわすべくアイに教わり、
「ふむ。ハルカとアイは、キレイなのか?」
「聞いちゃダメでしょ」
ハルカに笑われた。
「……うん。はるちゃん超キレイ」
アイは頬を赤らめ、俺から視線を逸らして言った。
キレイと言われると、人間の女の子は喜びのような感情を抱くのか。
「アイは、キレイではないのか」
「は? そんなこと誰も言ってなくない?」
まただ。またアイの目が見開かれ、瞳が収縮してる。
「間違えた。アイもキレイだ。とても」
キレイではないと、否定的なことを言うと良くないのだな。学んだぞ。
アイは顔を逸らした。
「なぜ逸らす?」
「なんか、中身は違うとわかってても、はるちゃんの姿で言われると恥ずかしくて……」
やはり、アイは感情の起伏が滅茶苦茶だ。
「話を戻す。ナーデルは高度な知的生命体。奴の身体は恐らく、件の思念粒子を大量に放出しているから、アストラルスキャンを使って、光の粒の大きな集合体を探せば――」
「ナーデルに辿り着くってわけね?」
ハルカが言った。
「そういうことだ。だからハルカには、これからアストラルスキャンを使って、近い場所から遠い場所まで、周囲一帯を見渡してほしい」
「二人の中にあるみたいな光の粒、それがもっとたくさん集まってる場所を見つければいいのね?」
「ああ。単に人間が大勢集まっているなら、同じサイズ、同じ明るさの光が並んでいるように見えるが、ナーデルの場合、光の明るさがもっと大きいと考えられる」
「他と比べて明るい光か。……見晴らしのいい場所に行く必要があるね」
「いい場所があるじゃん」
と、ハルカのあとに、アイが続ける。
アイは俺たちの会話に参加しつつも、先程から小型の薄いコンピューターを操作しており、
「Y町駅の側にあるY町タワーの展望室とかどう?」
と、コンピューターの画面を俺に向けた。
そこには、一本の太く白い支柱に支えられたタワーの画像が表示されており、頂上には円盤の形をした施設があった。
アイの発言と画像から察するに、展望室というのは恐らく、高いところから周囲を見渡すことを目的として造られたものだろう。
「これは良いな。地の利を得たようなものだ」
俺はアイの取り組みを褒めておく。もうあの鋭い眼光を向けられたくない。
「今日は平日だし、休日に比べれば人も少ないと思う」
「人が少ないのは好都合だ。俺としても、騒ぎは起こしたくない」
今の俺は、ハルカとタク、そして二人のお母さん殿に世話になっている身だ。
うかつに騒ぎを起こしては、彼女らに迷惑がかかってしまう。
レプティリアンは恩義を大切にする種族なのだ。
「それじゃ、明るいうちに行こう」
と、ハルカが立ち上がる。
待っていろ、ナーデル。昨日は突発的な出来事が重なって遅れを取ったが、もうお前の好きにはさせんぞ。