第二話 ⑨
「殺すとか、そういうの止めてよ。ナーデルがいなくなったら、わたしは元の身体に戻れない。わたしと入れ替わってるクロウも、今宇宙船が壊れてて、ナーデルの助けがないと直せないの」
「その宇宙船てもしかして、昨日の……?」
アイのか細い声に、ハルカは無言で頷いた。
アイはもう一度俺を見て、目に涙を浮かべ、その場に崩れ落ちた。
「昨日の宇宙船とはるちゃん、さすがにつながりは無いだろうと思ってたけど、マジでつながってたんだ……」
「あ、逢……」
ハルカがもう一歩近づき、逞しい両腕でアイの肩に触れようとして、やめる。
今のハルカの身体はレプティリアンのもの。それでアイに触れても、より一層嫌な思いをさせるかもしれない。
きっと、そう思ってのことだろう。
これまでの俺は、己の強さを追求することだけを念頭に行動してきた。
その考え方が、如何に視野を狭めていたのか、今になって気付かされた。
アイは、友人であるハルカが、得体の知れないエイリアンと入れ替わってしまったことを嘆いている。
ハルカはそんな友人に寄り添うことを躊躇い、己を怪物であるかのように捉え、自らの精神を辛い方向へ追い込んでいる。
これはすべて、レプティリアンとドットマン、二つの種族の身勝手な行動が原因で起きたことだ。
俺はここで、己の精神の奥底から、沸々とした怒りが生じるのを感じた。
「二人とも、すまない。こうなったのは俺の責任だ。故に、必ず俺がナーデルを捕らえ、元に戻させる」
俺は二人の間で片膝をつき、片手を胸に当てる体勢を見せた。
「これは、レプティリアンの平伏の構え。俺はお前たちを巻き込み、辛い思いをさせてしまっている。それに対して、謝意を示したい」
「はるちゃんの身体で、ナーデルっていうエイリアンを探すの? そんなことできるの?」
床にぺたんと座ったまま、アイがギロリと俺を見た。
「俺のフェイスマスクを、ハルカに操作してもらう。それでナーデルを見つけ出す」
「はるちゃんは大丈夫? そういうのできそう?」
アイはクルリと、今度はハルカを見る。
「わ、わたしは大丈夫。この身体すごく強いし頑丈だし、万が一、ナーデルと戦うことになっても、簡単にはやられないと思う」
「戦闘にはならないよう、俺がしっかり説得する。ナーデルは知性に優れたエイリアンで、肉体派ではない。故に、戦闘も望まないはずだ」
「でも、言い切れないよね? もし攻撃してきたら、はるちゃんの身体が危ない」
アイはそう言うと、フラフラと立ち上がる。
「名前、クロウって言った? 私も協力させて。でないと、クロウは悪いエイリアンだって、組織に報告する。もうさっき連絡しちゃったから、ここで私を消しても無駄。組織はあなたを感知して追跡する。私がクロウは敵じゃないって言わないと、あなたは入れ替わりが解けたあとで、組織に消される」
「組織とはなんだ?」
俺はアイの言った言葉が、さきほどから気に掛かっていた。
「精神交換という言葉も、さっきお前から聞いた。精神交換は、ナーデルのようなドットマンが操る能力のことだ。それを人間のお前がなぜ知っている? 昨夜の宇宙船の事もそうだ。組織とやらがお前に教えたのか?」
「私は異星種対策局のエージェントなの。エイリアンが地球環境や生物に対して過度な干渉をさせないように監視するのが仕事」
「そ、そんな映画みたいな組織、ほんとにあるの?」
ハルカが言うと、アイは肩を竦めた。
「みんなそう思うよね。ほんとは知られたくなかったけど、こんな状況じゃ仕方ない」
「俺は誇り高き戦士であって、侵略者ではない。地球に害はなさない」
アイを安心させるべく言うと、またも睨まれた。
「でも今こうして、私のはるちゃんを困らせてるでしょ?」
た、確かに。
「それについては、何も言えん……」
「あとその顔と声で話しかけないで。複雑な気分になる」
そんな無茶苦茶な。
「さすがにそれは我慢してあげてよ。今度パフェごちそうするから」
ハルカが宥め、アイは口を尖らせたまま、渋々といった様子で首肯。
俺は、アイを刺激しないように言葉を選ぶ。
「重ねて申し訳ない。お前の気分を害さないよう努力する」
「じゃあ決まりね? 私も協力する。もし戦闘になったら、私がはるちゃんの身体を守る」
さきほどの壮絶な動きを見ると、アイはかなり戦える部類だ。相手が俺のような屈強なエイリアンでない限りは。
敵対するよりは、味方でいてもらう方がこちらとしても動き易い。
「ハルカ。構わないか?」
「ホントは巻き込みたくなかったけど、わたし達のこと教えちゃったし、逆に逢の別の顔も知っちゃった。……秘密を共有する者同士ってことで、助けてくれる? 逢」
「もちろんだよ。はるちゃんのためなら!」
一瞬のうちにぱっと明るい表情になって、アイはハルカの巨体に抱きついた。
たった今までとてつもない勢いでナイフを突き立てていたのに……。
この場はどうにか収まったが、俺がアイに対して抱いた恐怖はそのままだった。