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第二話 ⑧

 俺は、自分の動揺を悟られていないことを祈るしかない。

「地球の宇宙船ではないのか?」

「……じつはさっき話したとき、まだ宇宙船か隕石かハッキリしない感じで言ったんだぁ? でもはるちゃん、私が今、【宇宙船】って確定したような言い方して、ヘンに思わなかった?」

 し、しまった! ハメられた!

 俺をじっと見つめる赤い瞳の奥で、アイは何を考えている⁉

「い、いや。宇宙船の可能性だってゼロじゃないから、仮定したうえでの話かと思って……」

「……そっか。まぁそうだよねぇ。だって、みんなが寝てる時間帯に落ちたんだもん。はるちゃんも拓くんも寝てたわけだし、わかるわけないよねぇ?」

「……ああ」

 俺は成人の儀を受ける資格を得るまでに、幾度となく宇宙の強敵と戦ってきた。

 そんな俺だが、特定の相手からこれほど強い恐怖を感じたことなどあっただろうか。

「ねぇ、はるちゃん?」

「今度は、なんだ?」

 アイの瞳が、きらりと光る。

「あなたは、ホントにはるちゃん?」

「み、見ればわかるだろう?」

 スムーズに言葉が出てきて良かった。下手な間をあけてはまずい質問だった。

「……ならいいの。忘れて?」

 俺がそれ以上話せずにいると、アイの声が元に戻った。

「次はキス!」

 よ、よし。話題が変わったぞ。

「キスは知っている。魚の名前だろう?」

 俺は朝食の席で、『テレビ』という映像機械を使って、キスという生物の情報を見たのだ。

「そのキスちがう。はるちゃんさぁ、からかうにしても、センスとかもうちょっと考えてもよくない?」

「では、キスは他にもあるのか?」

「あるよ?」

「どんなものだ?」

「じゃぁ、私が見せてあげるね?」

 アイはそう言って、先程よりも赤みが増した顔を、さらに近づけてきた!

 そして、ハルカの口とアイの口が触れ合う、次の瞬間。

 ピーンポーン。

 と、外来者を告げる音が鳴り響いた。

「もぉ! タイミング悪い! ――まぁいいか、放っておけば」 

 アイは苛立たし気に部屋の外を見遣ると、再び俺に向き直る。

 ピーンポーン。ピンポンピーンポーン。

 ピーンポピポピポピポピーポーン。

「るっせーんだよ! こっちは今いいところなんだから邪魔してんじゃねーぞクソがァ‼」

 え?

 アイは凄まじい声量で廊下の方へ叫ぶと、ベッドを降りて足早に玄関のほうへ向かった。

 人格変わりすぎではないか?

 俺は首を横に振る。

 とにかく、脱出するなら今がチャンスだ! 

 だが、アイから受けた数々の刺激のせいか、身体にうまく力が入らない!

 たった今、ピンポンを鳴らしたのは誰だろうか? 痺れを切らしたハルカか?

「どちらさまですか?」

 殺気すら感じるほどの声で叫んでいたアイが、不気味なほど静かで美しい声を出している。

「――は?」

 だがそれも束の間で、アイの声色が変わった。何かに驚愕しているかのように。

 アイの軽い足音と、ズシリ、ズシリ、という重い足音の二つが、廊下から聞こえてきた。

 俺は身体に気合いを入れ、どうにか立ち上がる。

 そうして廊下に出た俺は、身長二メートル超えの屈強なレプティリアンを前に、後ずさるアイを見た。

 ハルカが光学迷彩を解除した状態で、アイの家に入ってきたんだ!

 これで、アイに俺の存在が知られてしまったことになるが、うまくやれば脱出はできそうだ。

「はるちゃん、部屋に隠れてて」

 レプティリアンを前にしたアイは、ハルカのお母さん殿よりもさらに落ち着いた反応だ。

 叫ぶでも恐怖するでもなく、|ハルカ(俺)の巨体を睨み上げている。

「おまえ、人間じゃないな? どこから来た?」

 アイの口調が変わり、声も威圧的になる。

「お、俺の名前はクロウ! 宇宙の戦士、レ、レプリ、レプリナントカ! わたし、あっ、ハルカに会わせてくれ」

 おいハルカ! なんだその物言いは! レプティリアンはもっと堂々と話すぞ!

「ちがう! レプティリアンだ!」

 俺はつい、己の種族の呼び名を訂正してしまう。

「レプティリアン?」

 アイの首からギリギリと音がして、その小顔がこちらを振り向いた。

 これは、まずい!

「なんで、はるちゃんがこいつの正体知ってるの?」

 アイの目が次第に見開かれ、瞳が小さく収縮していく。こ、恐い。

「なんで? こいつどう見てもエイリアンじゃん。はるちゃん、まさか、エイリアンの彼氏とかいたの? 私に無言で?」

 俯いたアイの声が、震え始める。

「そうかわかった。おまえ、私が私のはるちゃんにちょっかい出したからって、横取りしに来たんだな? そうなんだな? 言っておくけどなァ?」

 俯いていたアイがゆっくりと顔を上げ、ハルカの巨体を見る。

「――横取りしたのは、おまえの方だァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」

「おい、待て!」

 俺が静止しようとするも、アイは目にも止まらぬ速さでハルカの巨体に肉薄。

 下から蹴り上げる形で、ハルカの顎を狙った一撃を放った。

「きゃっ⁉ ちょっと(あい)⁉」

 ハルカはその高い反射神経でどうにか蹴りを躱す。

 今の一撃、ヘタに喰らえば、舌を噛み切っていたかもしれんぞ⁉

「――ルァ!」

 アイはさらに、下段、中段、上段と、三連続の蹴りを繰り出した。

 この女の子、何者だ⁉ この殺意しか感じない動きは、器械体操なるスポーツで培われたものなのか⁉

 ハルカは連続で打ち込まれた蹴りを、両腕をうまく使って防ぐ。

「あれ、痛くない?」  

幸いにも今のハルカの肉体は、レプティリアンの強靭なもの。人間の打撃程度ではびくともしない。

 一撃目の、舌の噛み切りを狙った攻撃でもなければ。

 アイは一旦後方へ飛び退いて距離を取り、手首にはめていた黒い飾り物に向け、こう言った。

久留里(クルリ)から本部へ。第五事案発生。現在レプティリアン一体と交戦中。対抗兵器の転送求む」

 誰に向けて話しているのかわからんが、

『ゲートBに転送完了』

 という、人間の女と思しき声が飾り物から放たれると、アイは目を見開いたまま薄ら笑いを浮かべ、すぐ横の壁に触れた。

 すると壁が陥没して横にスライド。アイはそこに格納されていた銀色のナイフを掴み取り、身構える。

「アイ、話を!」

「めった刺しにしてやる!」

 俺の声は届かず、アイは狂気の叫びと共にナイフを繰り出す。

 ハルカは柔道の使い手なだけあって、俺の巨体をうまく使い、斬撃をいなす。

 だが、アイの攻撃は人間のそれとは思えないほどに素早く、ハルカは何度か腹部に刃を受けてしまう。

「これも痛く、ない⁉」

「え、マジ?」

 きょとんとするハルカとアイ。

 アイには悪いが、レプティリアンの筋肉は鋼のように固く、しかも要所には金属製のアーマーを装着している。たとえ刃物であろうと通しはしない。

「なんだよクソ本部! 全然対抗できないじゃねぇかよォ!」

(あい)、聞いて! いろいろあって、わたし今、エイリアンと入れ替わってるの!」

 と、低く響く俺の声で、ハルカが言う。

「そこにいるわたしは、見た目がわたしでも、精神が違う。この大きな身体をしたエイリアンの精神が、わたしの身体に入ってるの」

「は⁉」

 攻撃の構えを緩めて、アイが溢す。

「入れ替わってるってまさか、精神交換(マインドエクスチェンジ)? 第一種超過技術(ファーストオーバーテクノロジー)……⁉」

 ハルカの姿をした俺を凝視しながら、アイは何やらつぶやいた。

「なんで、そんなことになってるの?」

「ナーデルっていうエイリアンがいて、そいつにやられたの」

「はるちゃん、私が去年のお誕生日にあげたプレゼント言ってみて?」

 アイはハルカに質問しているのに、まだ俺を見ている!

「デパートで売ってた、ブランド物の化粧品……」

 アイが凄い剣幕で、ズバッと、レプティリアン姿のハルカに振り向いた。

「なんでおまえが答えるんだよォ! それじゃホントに入れ替わってるって事じゃねぇかァ!」

「だから、中身はわたしなんだってば!」

 ハルカがアーマーに覆われた胸に手を当てて訴える。

「そ、それじゃあ、私がさっきまで一緒だったのは、はるちゃんであって、はるちゃんじゃなかったってこと⁉」

 ワナワナと震える声で、アイは頭を抱える。

「そうか、だから今日のはるちゃん、朝からおかしかったんだ……」

「あ、逢?」

 ハルカが片手を前に伸ばし掛けたまま、一歩踏み出す。

 突然アイに怒鳴られてビクリとしていたが、それでも友人のことを心配しているのだろう。

「そりゃあ、ちょっとは偽物の線も考えたよ? 偽物なら首へし折るつもりだったし……」

 アイという人間は、どうしてこうも、背筋に怖気が走るようなことを言うのだろうか?

「でも、希望的観測もしたいじゃん? はるちゃんと私が結ばれる未来をさ。私、はるちゃんに受け入れてもらえたわけじゃなかったんだ……」

 アイの手から、ナイフが落下。

「ねぇ、教えて? どうしたら元に戻るの?」

「ナーデルというエイリアンを見つけ出し、入れ替わりを解除させる。それしかない」

 アイのその問いには俺が答えた。

「そっか! じゃあ、そのナーデルってエイリアンぶち殺せばいいんだね!」

 ちがう、そうじゃない。


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