プロローグ
ワープ航行中、船の異常を知らせるアラートが赤く明滅した。
俺はすぐに事態を察し、制御パネルを操作する。
左舷に重大な損傷が発生したらしい。
データログを確認。小天体に衝突と記録されている!
この船には、障害物が接近した場合、コンピューターが感知し、防御シールドを展開する機構が備わっている。
だが、システムトラブルによって機構がうまく動作せず、防御シールドが発動しなかったようだ。
エンジン出力も低下している。これでは仲間の船団と同じ速度が出せず、置いていかれてしまう!
「兄者! クロウだ。問題が起きた!」
俺はすぐさま通信システムを起動。俺を含めた若き戦士たちが挑む【成人の儀】――その監督官を務める我が兄に連絡する。
『お前の船だけ遅れているぞ。何があった?』
深く響く厳格な声がした。兄者のものだ。
「小天体とぶつかった! シールドが展開しなかったようだ」
『なんだと⁉』
兄者の声が、狼狽えたかのように揺らいだ。我が種族の中でもトップクラスの実力を持つと謳われる、何者にも動じないあの兄者が……。
船が大きく揺れ始めた。操縦をマニュアルモードに切り替え、操縦桿を両手でつかむ。
「兄者、ダメだ! 制御が利かない!」
『修復モジュールは試したか?』
修復モジュールは、流体金属を損傷部に流し込むことで、形状を回復させる技術。
さきほどから試してはいるが反応しない。
「恐らく、修復モジュールも破壊されている」
俺は覚悟を決めた。
「レプティリアンの戦士は、自分のことは何事も自力でやるのが常。つまり、この状況を打破できないのは俺の落ち度。兄者は構わず、皆を率いていってくれ」
『く、クロウッ!』
兄者が苦しげに沈黙した。
『……わかった。若き戦士を試練の場へと導くのが俺の務め。クロウよ、成人になることは叶わぬが、せめて貴様に降りかかる死には背を向けるな。恐れず、堂々と散って見せよ!』
数瞬の後、兄者の声の揺らぎは消えていた。あらゆる困難に恐れず向き合い、動じずに使命を全うしてこそ【強き者】。
兄者は俺の死を受け入れ、己の務めを果たすことを優先したのだ。天晴れ!
であればこの俺も、せめて己の死を堂々と迎える様を兄者に見せるのだ。
「さらばだ、兄者!」
俺は腹の底から叫び、操縦桿を思いきり切った。
俺を乗せた船が船団の軌道から外れ、ワープ航行スペースから飛び出す。そのとたん、凄まじい衝撃が襲い、船体が悲鳴を上げつつ揺れ動く。
「俺は! レプティリアンの! 誇り高き戦士!」
俺は口部から大きく突き出した牙を食い縛り、意識が途切れるそのときまで、恐れず目を開け続けた。