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電気女2

「……だから………と……ゅう………す」

「いや………や……ぞ」

「…………だ」

 雑が多いが何とか聞き取れる。どうもSATは我慢できそうにないらしい。六本木のオフィスビルの屋上で無線を盗聴する聖子の耳にはイヤホンがついていない。夜だというのに生暖かい風がなびいていた。

 これが芝崎聖子にとって公安四課特殊テロ対策班班長としての初の任務だった。

 本日2034年5月8日の時1345、六本木に立ち並ぶオフィスビルの一角、20階の高層ビルの12階、唐川商事の事務所が中にいた数十名の人質とともに占拠された。

 テロリストの人数は10名前後とされ要求は現金500億と逃走用のヘリコプターとのことであった。

 テロリストはリストラされた唐川商事の元社員であり法外な身代金も唐川商事の去年の年商と同額だった。

 本来ならエスパーの関わっていないテロにわざわざ聖子が出張ったりしない。だがテロリストの一部にパスカルのメンバーが紛れているとのことからから四課が出動した。

 しかも警察の突入よりも早く制圧しパスカルを回収する任務だ。

 SATに合わせていた無線を壮太に切り替える。

「01こちら00おくれ」

 返答がない。壮太は無線に1回で出た試しがない。

 特殊テロ対策班は聖子を含めてなんと2名しか所属していない。聖子の相棒である狭山壮太は20歳の2年目であり配属されて1か月のぺーぺーである。

「01!01!こちら00!00!おくれ」

「こちら01です。すいません。芝崎さん」

「あんたねえいい加減1回で出なさいよ」

「すいません。まだこの無線に慣れなくて。声が直接頭に響いて気持ち悪いんですよ」

「どういういいわけなのよ。さっさと慣れなさい。まあいいわ。今から1分後、時2055に突入するから壮太は外からビルの監視。もし誰か出てくるようならそいつの捕獲、無理なら追跡よろしく」

「えっ!1人で制圧するつもりですか?俺も行きますよ。危険です」

「いた方が邪魔だから。班長命令よ。分かった?」

「分かりました。でもなんかあったら俺も行くんで」

「はいはい。じゃあ切るわね」

 新人なのもあるがお世辞にも仕事ができるとはいえなかった。だが自分を犠牲に人のために動くという意味では警察官に向いているのであろう。公安に向いているかは定かではないが。

 そう思いながら聖子は腰に据えた武器を点検する。獲物は2本のマチェットナイフと足首に備えたハンドガンだ。

 琵琶と最後に会ったあの日から聖子は言いつけ通り自分のダイナと向き合ってきた。できることはどんどん増やしてきた。さっきの無線もその1つである。

 自身から微弱な電波を飛ばし近くの無線をキャッチし盗聴したりそのまま無線を行うことも可能である。現状は半径1キロが限界だが逆探知の心配がなく機材もいらない。

 点検を終える。聖子は息を吸い集中する。SATの突入は5分後だ。5分で制圧を完了しなければならない。

 時間だ。聖子はふわりと空中に身を投げ出す。体から一瞬重力が抜ける。力は入れていない。ちょっと段差を飛び降りるように高さ60メートルの高層ビルから飛び降りた。

 落下しながら階を数える。占拠されているのは12階、階だけは絶対に間違えてはならない。それだけで余計な時間を食う。

 15、14、13、ここ!

 カーテンがかかっていた。予定通り左の窓を割って突入する手筈だ。電磁波を飛ばし建物の金属にくっつく勢いで窓を突き破り部屋に飛び込んだ。

 窓ガラスがオフィスに散らばる。

 オフィスの左の壁際に人質が膝をついて並んでいる。人質を監視するかのように拳銃3人、小銃7人で武装しており、右奥に武器を持たず全体を見ている男が1人いた。年は40前といったところか。瘦せ型で弱そうだが場慣れしている感が見て取れる。こいつがボスかと当たりをつける。

 概ね人と物の位置は電磁波で確認したとおりとなっていた。敵も面食らっている。すぐには動けない。聖子にとってはこの一瞬のタイムラグがあれば充分だった。

 体に電気を通す。神経伝達を経て操作される聖子の肉体速度は稲妻と同速になる。

 反応できる人間などいない。武装したテロリストを2本のマチェットナイフで無力化していく。(もちろん峰打ち)

 武器を持ったテロリストは情報どおり素人のようだった。いつクビになったか知らないが少し前までは真面目に働いていたサラリーマンなのだろう。

 相手に銃を構える暇など与えない。淡々と作業のようにテロリストは制圧されていく。今部屋の外で待機しているSATには窓の割れた音しか聞こえていないだろう。

 元サラリーマン現テロリストを全て仕留めると聖子は右奥のリーダー格の男に目を向けた。

 聖子は自分の敵ではないと判断した。聖子と目があったのは聖子が動きを止めた後のことだったからだ。動きに反応できていない。

「警察か?の割には荒っぽいな。外の間抜け共は友達じゃないのか?」

 どうやらSATの突入はバレバレのようだった。

「大人しくしてたら悪いようにはしないわ。外の彼らはどうか知らないけど」

 バババババババババババババン!!!!!

 突然銃声が聞こえた。撃たれたらしい。どうやったのか。目の前の男は銃どころか何も持っていない。

 周りを見渡すと聖子を囲むようにして数十丁の拳銃が浮いていた。何もないところからどうやって拳銃をだして、撃つ人間無しにどうやって引き金を引けたか知らないが間違いなくこいつのダイナだろう。

 だが聖子には弾丸は1発も届かず当たる直前でバチバチと静電気を帯びながら静止していた。

「私常に仕事中は電磁バリアを纏ってるから拳銃の弾ぐらいじゃダメージにならないの。ごめんね」

「反則だろ!」

 叩くなら本体だ。敵のダイナを解明している時間がもったいない。拳銃なんかどうせ効かないから本体叩いてダイナを解除させた方が早い。

 琵琶の教えである。

 聖子は正面から突っ込んだ。男は反応できていない。やれる!

 次の瞬間、下から突如として現れた大きな口に包まれた。食われる。およそ人間の口の大きさではあり得ないが聖子は今、紛れもなく人の口の中だった。

 口が閉じる前に危機一発で脱出する。

(死ぬかと思った)

 大男がこちらを見据えていた。どこから現れたのだろうか?一言も言葉を発さない。口の大きさも今は普通だ。いきなり現れたことといい、体の大きさを操作できるダイナだろうか?

「今のを避けるのか。当てれる気がしないな。さすが公安」

「褒めてもらってありがたいけど私は上澄みだから安心して」

「だよな。あんたみたいな人間がごろごろいたんじゃ商売あがったりだ」

 まだ余裕があるのが気になった。まだ手はあるのか?さっきから無言の大男と2人で挑めば勝てると思っているのか。

「もしかして逃げれるとか考えてないわよね?今の不意打ちで、もうネタ切れだと思うんだけど」

「そのまさかだよ」

 瘦せ型の男から閃光弾が急に出てきた。さっきの拳銃といいこいつは物体を自由に出現させるダイナか。

 閃光弾をもろに食らい、目と耳を塞がれた聖子だったが視界が遮されたまま一目散に窓へ向かい飛び降りた。

 何かに飛び乗った感触が足元に伝わる。

「お前!見えてるのか?落ちる!!」

「目と耳塞がれても電磁波飛ばせば動きは大体わかるのよ。やっぱでかいのは身体操作ができるのね。まさか飛べるまでは思ってなかったけど」

「落とす気か?」

「死にはしないから大丈夫」

 聖子は死なない程度の電気を一気に流した。

「壮太!!キャッチして!」

 無線かつ大声で伝える。落ちる直前でビルに張り付いた。だんだん目が見えてくる。地面に降りると大の男を2人ともしっかりと受け止める壮太がいた。

「お疲れ様です。お怪我はないですか?」

「大丈夫よ。あんた自分の心配しなさいよ。重いでしょ?」

「全然余裕です。それよりこいつらどうしますか?」

「もちろん持って帰るわよ。私が見てるから車回してきて」

「了解です。でも勝手に連れて行ったら小西さんに怒られるんじゃないですか?」

「ちんたらしてるのが悪いのよ。後、ネズミに気づかないザルな無線もね。おっと。噂をすれば」

 ビル内から聖子が倒したテロリストと人質を連れて操作一課の小西が出てきた。小西はこちらに気が付くと鬼の形相で近づいてきた。

「芝崎!お前らまた勝手に横取りしやがって!」

「遅いのが悪いんでしょ。それにあんたらの練度で突入したら人質の命がいくつあっても足りないわ」

「ため口やめろ!お前24とか5だろ。いくつ上だと思ってんだ。ったく琵琶の時からそうなんだ。お前ら公安四課は頼んでもねえのに来やがって犯人パクっちまう!いい加減にしろ!」

「年功序列ってあんたいつの時代の人よ。階級は同じなんだから気にするだけ損だわ。まあとにかくあの2人はもらっていくね」

「おい!待て!ゴラア!」

 キレる小西を無視して壮太に車の準備を急がせた。その時大柄の男が目を覚ます。捕まったことが分かると悔しそうに聖子に話しかけてきた。

「お前ら本当に今の世の中でいいと思っているのか?あいつらは今まで真面目に働き会社のために尽くしてきたんだぞ。それを家族もいるのに急にリストラされたんだ。お前らは何も感じないのか!ただ職務に準ずるだけのマシーンなのか!そこに正義はあるのか!」

「いいかテロリスト君。お前と正義だ悪だと議論する気はない。私は警察官でお前らは国民の生活を脅かすテロリストだ。私たちが争うのにそれ以上の議論が必要か?」

 テロリストは黙った。

 聖子には警察官としてご立派な大義など持ち合わせていない。別にテロリストに個人的な憎しみを持っているわけでもない。ただ立場が違うだけだ。立場の違いで争うのならそれはもう強さを競うしかないと考えている。勝つことでしか自分の道理は通せない。

「壮太。さっさと車持ってこい」

「くっくっく」

 痩せ型の男も気が付いていたようだ。聖子と大男のやり取りを聞いていたらしい。

「確かに議論は必要ないな。警察のくそ女と話すことなど何もない」

「そう。友達になれると思ったんだけど」

「ところで話は変わるが俺のダイナはなんだと思う?」

「お前!静かにしろ」

 訳の分からないといった様子で壮太がなだめた。聖子はこの男が何か仕掛けてくる気配を感じ身構える。

「何だろう?物を自由に出せたり隠したりできるとか。でもあなた私と戦って分かったでしょ。何をしてきても私の方が早いわ」

「まあそうだな。あんたにはお手上げだ。俺もこいつもな。でもなあ、あいつらはまだ負けてねえぞ」

「あいつら?」

「がああああああああああ!!!!!」

 突然後ろから奇声が発せられた。目を向けると小西らに連れていかれたテロリストの1人が叫びながらのたうち回っている。体内は何故か発光しており目や口のあらゆる穴から光が漏れていた。まるで体内にでかいライトをぶち込まれているようである。

「おい!どうした。暴れるな!」

 小西ら数名で男を抑える。テロリストには見えないくたびれた非力な男だったが屈強なSAT隊員数名でも抑え込めていない。

 聖子はなお笑い続ける男の胸倉をつかんでつるし上げた。

「お前、何をした!」

「まあ見てろよ。慌てるあんたの顔は見ものだなあ」

 聖子が男をぶん殴ろうとしたその時、辺りに爆音と爆風が響いた。

「壮太!逃がしてないわよね!」

「大丈夫です。2人とも確保してます」

 爆発に生じて逃げるつもりではないらしい。2人とも大人しいものだった。

「芝崎さん!後ろ後ろ」

 慌てる壮太の声を聞き振り返るとそこには巨大な竜がいた。巨大な銀の竜が先ほどの高層ビルに巻き付き上に昇ろうとしているように見えた。

「負傷者を避難させろ。なんだあれは」

 爆風に巻き込まれた人間が何人かいるらしい。小西が怪我をしながらも指揮を執っていた。

「初めてにしては成功だな」

 後ろで男が何かほざいていたが後回しだ。

 銀の竜はこちらに目もくれずビルを絞めつけながらゆっくりと昇っていく。

「あれもダイナなんですか?琵琶師範」

 聖子のつぶやきが春の夜空にむなしく響いた。



 

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