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電気女1

 芝崎聖子はどこにでもいる普通の美少女だった。都内の小児科の医者である父と教師だった母の一人娘として生まれ何不自由なく暮らしてきた。

 幼少期の聖子は大人しくそして大人びており艶っぽく気遣いに長けていた。容姿も端麗で目は欧米人のようにクリクリとしており、鮮やかな黒髪を肩までなびかせ町を歩けばたちまち大勢の人が振り返るほど美しかった。

 友達は少なかったが聖子は人生に不満を持ったことなどなく優しい父と母に育てられ幸せを感じていた。この日もいつもと同じように家族でキャンプに来ていた。聖子が12歳の時である。

 当日は晴れておりキャンプ日和だった。車で神奈川のキャンプ場まで足を運びキャンプをするのはアウトドア好きの両親の共通の趣味だった。

 聖子もキャンプは嫌いではなく、移動の車内がめんどくさいとは思っていたが到着してしまえば豊かな自然を全身に浴び、この上ない幸福を感じることができた。

 両親がテントを設営している間、聖子は周りをぶらぶらと散策していた。するといつの間にか空に雲がかかる。範囲は狭いが分厚い積乱雲だ。さっきまで晴れていたのに。なぜか聖子の頭上にのしかかるようにして雲がどんどん分厚く成長していく。

 聖子は不思議に思った。と同時に底知れない不安に襲われる。とりあえず両親のもとへ帰ろう。足を踏み出したその時世界が光に満ち溢れた。

 物語の世界で見た。天使が住むならこんな場所だろうなと。

 聖子は突如異世界へ飛ばされたのかと思った。

 次に目を覚ました時は病院のベッドの上だった。両親は良かった良かったと泣き崩れ、聖子を抱きしめようとしたその時、なんと父が感電したのだった。

 その時の聖子の周りには肉眼でプラズマが確認できるほど帯電していたのだという。

 話を聞くと聖子は落雷にあったのだそうだ。奇跡的に体に外傷はなく命に別状はなかったが、体内におよそ10億ボルトもの電気を宿してしまったらしい。

 母は医者にどうにかならないんですかと聞いた。現代医学ではどうにもならないらしい。とにかく放電し続け体内の10億ボルトもの電気を空にするしかないのだそうだ。

 医者によると落雷1発で大体家庭の2か月分の電力なのだそうでまあ3か月長くて半年で放電しきるだろうとのことだった。

 無事退院した聖子に待っていたのはとにかく不便な生活だった。人に触れない。物に触ると静電気が走る。日中は常に電化製品を握り稼働し続け、体内の電気を放出する。

 家の電気代はかからなくなった。

 美しかった聖子のストレートな黒髪は静電気によりウェーブがかかったババアのダサいパーマみたいになった。

 学校生活はもっと不便だった。誰も近づけないため机は離された。学校生活でも常に電化製品を持って稼働させた。元々学校では孤立していたがもっと孤立した。そりゃそうである。関わるのがめんどくさいと思うだろう。

 一度だけクラスの女子にニタニタした顔で「携帯の充電なくなったから充電させてよ。充電し放題じゃん。便利でいいよね~」と言われた時は本気で殺意が湧いた。実際少し漏れていたのだろう。

 電流がほとばしりそいつは感電した。事故だったためお咎めなしだったが、その日からいよいよ学校で一言も話さなくなった。

 そんな生活を続けていた聖子に転機が訪れる。中学2年生の時だった。落雷にあってから2年近く経つというのに一向に帯電体質が改善しなかった。

 電気が減っている実感は聖子の中でもあったので当初の想定より大幅に遅れているのは特に気にしていなかった。月に一度は病院に通い定期的に検診を受け順調に放電しているとの診察も受けた。

 だがここ最近1か月は減るどころかむしろ増えている気さえするのである。

 聖子自身人様に迷惑をかけないよう放電するだけでなく我流で電気を抑える練習をしていた。

 その甲斐あってか日常生活は中学2年になる頃にはギリギリ送れるようになっていたのである。

 次の検診の時に聞いてみよう。その時の返答が聖子を絶望へと導く。

「結論から言います。今100億ボルト溜まってます」

「はあっ!」

「芝崎さん。あなたはもうエスパーの定義に該当します。おそらくですが長く帯電した結果、体が帯電体質に目覚めたのだと思われます」

「それはつまり一生この体ということですか?」

「体外へ一気に放出すれば現状の電気はなくなりますが、もはやあなたはエスパーです。再び体が自然界の電気を溜めるでしょう」

 そこから先はあまり覚えていなかった。ただただ絶望したのである。このまま一生不便な体で生きていくのか。常に誰かに気を使いながら怯えながら生きていくのか。

 いつの間にか近所の河原に来ていた。

(全部ぶっ放そうか)

 普段抑えている電気を解放してみた。どんどん電力が溜まっていく。抑えるのは苦労するのに出すのはこんなにも簡単なんだ。

 プラズマが肉眼で観測できる。抑えきれない電気が時折飛び出て周りに飛び散った。

(気持ちいいだろうなあ)

 本気でそう思った。この時は本当にここら一帯を更地に変えようと考えていたのである。

「あんたいいなあ。それアタシにぶつけてくれよ」

 誰かに話しかけられた。夢中になりすぎて気づかなかった。

 声は後ろから聞こえてきた。見ると土手に若い女が1人立っている。

「いいダイナ持ってんじゃん。天下とれるぜ。くるくるの美少女や」

「本当にぶつけるけどいいんですか?多分死にますよ。まあどっちにしろこれだけ溜めちゃったら出すしかないんですけど」

「全然いいよ。アタシが全部受け止めるから」

 なぜかこの人は死なないと聖子は思った。根拠はない。死んだらその時だ。この威力なら骨も残らないだろう。死体がなかったら事件にならないのではないか?そんなことまで考えるほどやさぐれていた。

「じゃあ遠慮なく」

 聖子は溜めた電気を思いっきりぶつけた。電気が擦れる音がする。放たれると一直線に向かっていった。速すぎて炸裂音が大分遅れて聞こえた。

(死んだかな?)

 煙で分からない。

「うおーっ!気持ちいい!いい攻撃だったぞ。おい雷少女!あんたも気持ちよかっただろう?」

 それが西之森琵琶との出合いだった。


 河原での出会いから1年、聖子は琵琶が開く古流剣術道場に通っていた。と言っても門下生は聖子1人だそうだ。

 琵琶の本業は公安の警察官であり、道場は趣味とのことだった。

 通い始めて1年、卒業式を終えた中学3年の春休みのこと、稽古の休憩中に聖子は琵琶に自分の進路について伝えてみたのである。

「私は警察官になります。琵琶師範みたいに公安に入って超能力犯罪の撲滅に努めます」

 そう言うと琵琶は微妙そうな顔をしながらも「まあ聖子はそうなるだろうな」と言った。

 それだけ?と思ったが稽古が終わると河原に連れていかれエスパーについて教えてくれた。

「いいか?聖子。一口にエスパーと言ってもその種類は様々だ。あんなもんは人間の特徴の1つに過ぎない。だから本来はカテゴリー分けする必要はないんだ。一般社会で生きていくだけならな。だがお前がまだ高校も出ていない中坊の身でありながら警察官であるアタシに弟子入りしてあまつさえ公安に入りたいなどとのたまう。それなら知っておかなければならない。エスパーと戦うことがどれだけ危険かということをだ。分かるか?」

「はい!分かります。琵琶師範」

「よろしい。じゃあ早速解説していくぞ。ちょっと中学生には難しい内容だから分からなかったら自分で勉強しろ」

 面倒見てくれそうな流れで最後は突き放すのが琵琶流だった。

「そもそも超能力は大きく分けて3つに分類される。アポロ、ギガント、ダイナだ。ざっくり言うとアポロは超能力を外的に放出すること、ギガントは逆に内的にとどめて身体能力の向上に使うこと。イメージできる?」

「すいません。あまりピンときません」

 正直に答えた。

「こんな感じ」

 琵琶が右腕を天にかかげた。するとうっすらと右腕から剣のようなものが生えてきた。しかも大きい。ちょうどここから川の向こう岸に届きそうなぐらいには長かった。

 琵琶は創った剣を振り下ろし地形を両断した。

 地面が少し揺れる。近くの住人は地震だと思うんじゃないだろうか。

「急にやらないでくださいよ!びっくりするじゃないですか!」

「聖子が分からないって言うから見せてやったんだろう」

「それはありがたいですけど。これ大丈夫なんですか?」

 深さ2メートルはえぐれていた。川の水が流れてきている。上から見れば十字架の形に見えるだろう。

「とにかくこれがアポロだ。何を創るかは人それぞれ。アタシの場合は見ての通り剣だな。自分がイメージしやすいものでやったらいい。そんでこれが」

 話を切り上げて琵琶は聖子を殴り飛ばした。聖子は琵琶の動きが速すぎて全く反応できなかった。

「ギガントだ。かわいい顔傷つけて悪かったな。でもどこも痛くないだろ?」

 歯が折れたし、口の中もズタズタ、おまけに軽く浮いて背中から落ちたので背骨も痛めたと思ったがどこも痛めてなかった。

「痛くないから何をしてもいいというのはいじめっ子の理屈だと思いますが」

「違うぜ聖子。強者の理論だ。まあとにかくだ。超能力を体にとどめて身体能力を向上させる。これも練習したら誰でもできる。つーかアポロは最悪覚えなくていいけどギガントは公安に入ったら必須だから絶対覚えろ」

「分かりました。割とイメージはできました」

「殴って悪かったな聖子。こういうのは体で覚えた方が手っ取り早いんだよ」

 琵琶は剣術指南でもいつもこんな感じだった。ざっくり説明したら後はひたすら体に叩き込む。令和の世にこんな昭和のような教え方をしているから門下生は聖子1人だけなのだろう。

「私の傷が治っているのもギガントなんですか?」

「そうだけどあれは誰でもはできないよ。相手の身体能力も上げて傷を早く治す。まあ応用だな。アタシがすごいだけだから気にすんな」

「はあ」

「そして最後にダイナだ。ダイナに関しては定義がはっきりしてないんだが簡潔に言うと、アポロ、ギガント以外だ」

「それだけですか?」

 説明が雑すぎる。そんなローランドみたいなこと言われても全然理解できなかった。

「強いて言うなら自然現象に影響を及ぼすものって言ったらいいかな。トレーニングで身につくアポロやギガントと違ってダイナは急に目覚めるんだよ。それか聖子みたいに外的影響がきっかけで目覚めるとかね。だから自分のダイナは大事にしなよ。聖子は選ばれたんだから」

 本当に自分は選ばれたのだろうか?聖子は甚だ疑問だった。琵琶と出会って以来、聖子は剣術だけでなく電気のコントロールも琵琶と一緒に訓練していた。

 今ではほとんど日常生活に支障がないほどである。だがコントロールできるようになればなるほど改めて自分の超能力がくその役にも立たないと感じていた。

「自分が選ばれたなんて全く思えません。むしろ罰ゲームだと思います。くそ不便です」

「いいか聖子。お前が自分のダイナを不便だと思っているのはお前がまだ自分のダイナと向き合いきれていないからだ。大切なのは自分に必要かどうか。ピッチャーなら球を速くするために肩や腰を鍛えるし、ワキガな奴はワキガ対策をするだろう?それと一緒だ。始めに言ったろ?超能力なんざ人間の特徴の1つだ。公安に入るならダイナは必要だ。だから今のうちに磨いておけ。電気でできることなんて無限にあるぞ」

「まあ分かりました」

 渋々納得した。

「琵琶師範はダイナが使えるんですか?」

「もちろん使える。だがダイナはあまり人様に見せるなよ。戦闘においては手の内は知られない方がいい。自分の手数はこっそり増やせ。分かったか?」

 見せてくれないのだろうか?琵琶がどのように自分のダイナと向き合ったか知りたかった。

「あんま見せたくないけど聖子には特別に見せてあげるよ」

 そう言って琵琶は静かになった。口を閉じたという意味ではない。もちろんそれもあるが、琵琶の体、細胞全てが静止しているように感じられた。まるで琵琶が消えたみたいだった。

 すると先ほどまで晴れていた上空に雲が集まりだした。一瞬で太陽を覆い隠す。しばらくすると今度は風が強くなった。急に台風が現れたようだった。

 だがなぜか琵琶と聖子の周りには一切風が吹いていなかった。雨も降らず風の音だけがビュービューと一生懸命なびいている。

 琵琶を中心とした半径100メートルくらいに台風が発生し真ん中は台風の目となっていた。この現象を人間が操っているのなら果たしてそれは同じ人間といえるのだろうか?

「師範!これは琵琶師範が起こしたものなのでしょうか?」

「当たり前だろ!聖子もこれくらいできるようになるよ」

 この時聖子は改めて思った。一生この人について行こうと。

 しかしこの日を境に琵琶の行方は今日に至るまで分かっていない。突如として姿を消したのである。


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