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重力女5

「女1人で殴り込みってすごいねえ~。うちの若い衆が壊滅じゃん」

 自分以外が全滅したというのに余裕綽綽といった感じだ。

「いや~こっちも良いリハビリになったっすよ。あんたとやる前のねえ」

「元気だなあ。にしてもこいつらも大したことねえなあ。あんたもそう思うだろう?わしなあ、教えるの下手なんだよ。偉そうにするのも苦手でよう。堅気に迷惑かけない範囲なら好きにさせてたんだが結局は口だけだったなあ」

 黒田はそう言ってコツンと近くに倒れている門下生の頭を軽く小突いた。

 この無責任さは何だろうか?こいつと話すとイライラしてくる。

「あんた大将なんだろ?下の者の手綱ぐらいしっかり握っとけやボケが!こんな社会不適合者共を好きにさせて堅気に迷惑かけないわけないでしょ!」

「全くその通りだぜ。暴力衝動に身を任せりゃちょっとはわしの相手になるくらいの強い奴が出てくれるかと思ったんじゃが全然駄目だわ。やっぱ教えるのむいてねえ」

 話の食い違いが余計に千代吉を苛立たせた。

「なんだよ、暴力衝動って。じゃああんたは自分より強い奴が出てくれると思って放し飼いにしてたってのか?自分の弟子が何人いるのかも分かってねえだろ?」

「そんなもん知らんよ。わしは相手になる奴の顔と名前しか覚えんのよ。年取ったら脳細胞が衰えるだろう?要らんことに脳のキャパ使いたくないんじゃ」

 理解した。こいつは自分がくそだという自覚が全くないんだ。それで話がかみ合わないんだ。

「分かった分かった。つまりあんたは自分と釣り合う人間を探していてその他のことは一切興味ないと。弟子が私らみたいなパンピー襲ってもそれ自体は特になんも考えてないと」

「まあそういうことじゃな」

「ちったあ反省してりゃあ四肢欠損くらいで許してやろうと思ったが腹は決まったわ。先いいぜ。かかってこい。安心しろよ。私ならあんたの相手に不足はねえと思うよ」

 黒田はにんまりと笑った。

「そのようじゃの」

 千代吉はわずかに足を下げ、半身に構える。手は下ろした状態でできるだけ脱力した。どこからでもどうぞといった状態である。

 対して黒田は右手を腰の方に引き左足を前にどっしりと構える。今から右の突きを打つと宣言しているようだ。2人の距離はおよそ10メートル、だが距離は関係ない。千代吉にとってはこの部屋全体がすでに間合いに入っている。

 瞬きの刹那、目にも止まらぬ速さで黒田が距離を詰める。千代吉の顔面にまっすぐ放たれた右正拳突きは他の門下生と速さの質が根本から違っていた。

 次の瞬間雷が落ちたかのような炸裂音が響きわたる。信じられないことに核ミサイルかのような黒田の一撃を千代吉は額で受け止めたのである。

 でこから血がほとばしった。だが痛みはそれほど感じなかった。噴き出した血と同時にアドレナリンが全身にみなぎる。

「こんなもんっすかねえ!!がっかりさせないでもらえます?」

 ドゴッ!!

 今度は鈍い音がこだまする。千代吉の前蹴りが黒田の腹を貫く。重さをこめた一撃である。すでに倒れている連中が食らえば腹を貫通し臓器がこぼれ出ていたであろう。

 しかし黒田の腹筋を貫くことはかなわない。鍛え方が違う。久方ぶりの好敵手相手に心の底から楽しそうな表情を浮かべる。

 挨拶はすませた。今度は互いに雨あられの攻撃を繰り出しては交わしていく。

 単純な格闘能力では明らかに黒田に軍配が上がる。だが千代吉の超能力は黒田のような圧倒的とされる力をも粉砕する。

 重さのコントロールの感覚を完璧に取り戻した今の千代吉に攻撃を当てるのはカイリキーでも不可能である。(2秒間に1000発)

 だが攻めあぐねているのは千代吉も同じであった。自分の体重を操作し、最速の攻撃を最小の動作で放っても黒田にかすりもしない。

 黒田には何十年もかけて培ってきた戦闘経験が蓄積されている。相手に攻撃する際の気の起こりを察知することなど造作もない。

 このままでは埒が明かないと判断したか、手を休めたのは黒田の方であった。打つ手を考えるために間を置きたかったのは千代吉も同じだったので、軽々しくラッキーなどと思ったがすぐさま後悔することになる。攻めの手段が少ない千代吉に対して黒田は次にやるべきことを見定めていた。

「避けるの上手いな嬢ちゃん!こいつらにも見習ってもらいたいもんだ」

「うるせえぞ、くそジジイ!」

「褒めたのにひでえ言い草だ。でも本当に強いなあんた。名前はなんて言うんだ?」

「話聞いとけや馬鹿が!聞いてなかったんなら知らなくていいよ。私はあんたをきっちり殺すつもりだからなあ」

「だったらなおさら聞いとこう。殺られるなんざあ万に一つも思っちゃいねえが、ただの道場破りじゃなくて命の取り合いに来てるんならこっちも相応の敬意を払うぞ」

 腐っても武道家なのだろう。自分を殺しに来た相手に敬意などという言葉を使うのはテロリストを囲う男の口から出る言葉ではない。それでも責任は取ってもらう。

 千代吉はより殺意を高めた。建物の天井を見上げ意識を少し黒田の頭上に向ける。

「海田千代吉だ。お前がこの世で視認する最後の人間だよ」

 カハハ!乾いた笑いが響きわたる。

「千代吉!これは交わせるか?」

 黒田が右の手のひらをこちらに向けてきた。その瞬間、何かに押し出されたような衝撃を体全体でくらった。後ろに吹っ飛ばされる。壁に衝突した。息が止まる。何が起こったかしばらく理解できなかった。

「もういっちょ行くぞ!」

 再び黒田が手のひらを向ける。今度は認識できた。千代吉が見えたもの、それは奈良の大仏の如く拡大された手のひらがこちらに向かってくるものだった。エネルギー体と表現すればよいだろうか。

 なんてことはない千代吉も見たことがある能力だ。身体能力を向上させる能力と同じくらい全国で確認されている超能力の一つだ。

 自身の内側をコントロールするのとは対称的に超能力を体外に放出する能力である。

 何をイメージして放出するかは人によって様々だが基本的には手や足などの人体が一般的である。

 だがここまで大きくさらに威力のある手を見たのは千代吉も初めてだった。学生時代の友達が落ちた消しゴムを拾うのに使っていたぐらいである。

 千代吉もこの能力は身につけていなかった。ここまで広範囲と威力を持ち合わせたものは千代吉自身の経験と合致しなかったので何が起きたか理解できなかったのである。

「ほらどんどん行くぞ」

 左右から両手が襲ってくる。

「くそが!両方できんのかよ」

 捕まれば千代吉の華奢な体を引き裂くことなど容易であろう。捕まるわけにはいかなかった。

 エネルギー体の手に攻撃を仕掛ける。超能力のぶつかり合いだ。千代吉の攻撃で手のエネルギー体は消えはするが、黒田はすぐに新たな手を作り出し襲い掛かってくる。本体を叩かなければ埒が明かない。

「手だけじゃねえぞ」

 黒田が床に激しく足を叩きつけた。千代吉の頭上から巨人の足が降ってきた。

 間に合わない。身体能力を一気に上げてガードした。床が支えきれず下に落下する。

「痛ってえ」

 辺りを見渡すと最初に制圧した男たちが気絶している。

「下まで落ちたのか」

 上を見上げる。集中力はまだ切れていない。

「もう少し時間がかかるか」

 立ち上がる。あちこち擦りむいた。打撲も多いが大したことはない。

 千代吉は先ほど落ちた穴からジャンプして2階に戻った。

「おおっ!帰ってきたね。ちょっと遅いから逃げたと思ったぞ」

「化け物ジジイが。勝負はまだまだこれからだよ」

 千代吉は黒田が自分より強いことを明確に認めた。戦闘経験が違いすぎる。手数の多さにどうしても後手を踏んでしまう。かろうじてついていけているがそれでもジリ貧だ。

「第2ラウンドだ。私はいつだってKO勝ちを狙っていくぞ」

「そうこなくっちゃな」

 千代吉はクラウチングスタートで構えた。作戦は単純明快。まっすぐタックル。

 最高速度で走り出したが黒田の2本の大きな手がそれを防ぐ。止められた。振り切って何とか近づこうとするがなかなか近づけない。体内から出ておりゆらゆらと黒田の周りを漂うように動いている。

 かと思えばこちらが様子を伺うとそれをさせないかのように攻撃してくる。追跡してきて逃げ場がない。体も疲れてきた。

 千代吉はあっちこっちに逃げ回りながら黒田の開けた穴にスッと入った。

 千代吉の姿が消える。黒田はすぐさま穴に近づいて下の様子を確認する。

 確認したが千代吉の姿はなかった。無様にも弟子たちが転がっているだけである。

 あまり見すぎるのはよくない。そう思った黒田は自分の周りを2本の手で覆った。

 重力の攻撃は厄介だが今の千代吉の練度では自分に当てるまではできないと判断した。それよりも黒田には先ほどから引っかかることがあったが千代吉の攻撃に集中した。

 格下ではあるが舐めてかかって勝てる相手ではない。自分が敗北することもあり得ると黒田は重々承知していた。

 下からわずかに気配がする。来るか、そう感じた矢先後ろの床が破壊される音がした。

 やはり下からの不意打ちだ。振り向きざまに黒田は正拳突きをお見舞いした。

 ドゴッ!!

 人の体が確かに壊れた。だがそれは千代吉の体ではなかった。弟子の内の1人だ。名前は覚えていない。

 おそらく千代吉が下から囮として放り投げたのであろう。

 その時急に首に圧力がかかった。がっちりホールドされた見事なチョークスリーパーである。

「意外とこういう手に引っかかるんだな。もう2、3個用意してたんだけどしっかり決まって良かったよ」

 絞める腕をさらに強める。黒田の顔は真っ赤でしゃべることはもちろん、息をすることもままならない。頸動脈が決まっている。

 勝負は決したかに見えた。

「惜しかったのう。死んだと思ったよ」

 手応えがおかしい。ブヨブヨした喉を絞める感触から大木に絞め技をかけているような感触に変わった。まさに暖簾に腕押しである。

「どうなってんだ、これは」

 見ると黒田の喉が赤黒色に変色していた。

 千代吉の腕を振りほどく。すぐに体制を立て直した千代吉に連打を打ち込む。その1つを千代吉は肘で受けた。だが受けたはずの肘に壮絶な痛みが走る。

(折れたか?なんで?)

 怯んだ千代吉に怒涛の連打が叩き込まれた。これを受けきる体力は千代吉に残っていなかった。

 黒田は倒れこむ千代吉の髪をつかみ持ち上げた。

 ぱんぱんに膨れ上がった瞼から見えるわずかな視界、薄れゆく意識の中、黒田を見ると上半身が真っ黒に染まっていた。

「見えるか?あんまこの姿にはなりたくないんじゃけどな。わしは体内の血を固めて鉄に変えることができるんじゃよ。じゃから絞めは特にきかん。お前さんがあの時打撃を打っていたらわしは死んでたかもしれん。惜しかったな」

「く…そ……が」

「わしからも聞きたいことがあるんだがいいか?」

 千代吉の返答など聞けないだろう。

「なんで途中から重力を使わなかったんじゃ?お前さんは身体強化も化け物じみておるから分かりにくかったが違和感はあった。さっき打撃を選ばずに絞めを選択したことで確信に変わったがの」

「の前に……離せや」

 わずかに残った体力で髪を掴んでいる黒田の腕に手刀を叩き込む。

 おっとと言って手を離した。

 立っているのもやっとだ。顔も腫れて美人が台無しである。

「重力……使ってなかったのは……別のことに使ってたからだよ。完成まで……ちょっと時間が……かかるから。まあでももう完成だ。ばれなくて良かったよ。上見てみろ」

「上?」

 黒田は上を見上げる。がらがらと何かが崩れるような音がする。何の音か分からない。続いて不思議な現象が起きる。天井が捲れたのである。しかも捲れた壁や天井がなぜか下に落ちずに上昇するのだ。理解できなかった。どんどんと天井がめくれ上がっていく。まるで地面が上にあるかのように。

 あっ!!

 捲れた天井から見えたものに黒田は思わず目を見開いた。そこには小さな惑星があった。いや惑星なんていうほど綺麗なものではない。かろうじて円形は保っているが歪な形の惑星だ。よく見るとコンクリや畳、テレビや洗濯機などいろいろなものが集まっている。7階建てのビルがいつの間にか2階になっており大きさもちょうどビルを覆いつくすものだった。

「お前!マジか!」

「じゃあなじじい!ビル5階分の小惑星だ。弟子と一緒に地獄に行ってこい」

 千代吉は最後の力を振り絞りもはや青空教室となったビルから外に出た。

「ちょっと待て!話し合おう」

 千代吉は重力を解放した。ものすごいスピードで落下する。黒田に逃げる暇など微塵もなかった。

「ぐおわあああああ!頼む!やめてく」

 ドシャーーーーーン!!!

 地面が揺れ動き破片が飛び散る。もう防ぐ気力も起きない。飛び散る破片に当たらなかったのは奇跡としか言いようがなかった。

「私の勝ちだ」

 千代吉は前のめりに倒れこんだ。

 これが後の国際S級テロリスト海田千代吉が初めて確認された事例である。


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