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口頭試問は5人の試験官により行われた。
二人同時の試問のため、問題は同じではなく、
一方の設問から派生する形で他方への設問が組まれた。
第一問は自然科学についての設問。
リリーは淀みなく質問に答え、
トレインはその問題は答えが曖昧な部分があり不適切だと主張した。
第二問は我が国の歴史についての設問。
リリーは学んだことと疑問に思っていることを併せて述べ、
トレインは過去の出来事にいつまでもこだわるのはナンセンスだと批判した。
第三問は名作と言われる文学に関する設問。
リリーは主要な名文をそらんじ、その時代背景を添えて考察した。
トレインはその本は思想的に試験にふさわしくないと断じた。
第四問は出題から解答まですべて外国語で行われた。
リリーは一度聞き返して流暢な外国語で解答し、
トレインはついにその口を開くことはなかった。
「…最後に」
学園長が静かに語った。
「この試験で最も重要視しているのは、
過去の試験結果や学習態度である。
リリー・コニーズ。
貴殿は常に優秀な成績を修め、
課題提出も迅速かつ良質であった。
トレイン・ホーク。
貴殿の試験成績は常に悪く、
また出された課題にも誠実に取り組んでいない」
「そんなばかな!」
ホーク子爵は叫んだ。
「ホーク子爵、静粛に」
「しかし、我が息子が劣等生であるはずがない!」
「いいや、今日の試問を聞いたろう。
一度でも適切に質問に答えたか?
君の息子は一事が万事この調子で、
他人を批判することを知性だと履き違えている」
一度も好成績を取ったことはないよ、
再度学園長に念を押され、
ホーク子爵は黙った。
「では、学園長先生は私よりリリーが優れていると?」
震える声でトレインがつぶやく。
「ああ」
「リリーには国外留学推薦を与えると?」
「試験はまだ続いている。その質問には答えない。
しかし確実に言えることがある。
彼女にはその資格がある。少なくとも君よりは」
は、はは、とトレインは笑う。
「まさかの事態に備えていたかいがありました」
「とは?」
学園長が問う。
「これを見てください」
ずいと学園長に差し出したその用紙は、
「婚姻証明書?」
それは、トレインとリリーが既に結婚していることを示す証書であった。
妻の欄には間違いなく、リリー・コニーズ、と署名がある。
「そんな!私はサインしていません!」
リリーは悲痛な声で叫んだ。
「もう申請は通っている。
私とお前はすでに夫婦だ。
妻は夫に尽くし、全てを捧げるのが常識だ。
それがたとえ、国外留学推薦であっても」
そうだな?私に差し出すのが当然だな?
なあに、妻なのだから連れて行ってやる。
にやりと口角を歪めて笑うトレインに、
リリーは本気で吐き気がした。
「嫌です!
私はサインしていません!
婚姻は無効です!」
「お前自身がサインすることになど意味はない。
お父君がサインしたらそれに従うのが淑女の常識だ」
「ほう、このサインはコニーズ男爵によるものと」
「ええ、そうです」
「トレイン!!」
叫んだのはホーク子爵だ。
「…筆跡鑑定を」
学園長は証明書を奥の部屋へ移させる。
「…さて。
ホーク子爵、弁明はあるか」
「何を弁明することがありましょう。
私達は正式な手続きをもって婚姻している」
「トレイン!それ以上喋るな」
「では教えて差し上げよう、トレイン君。
我が国の現法では、婚姻時の代理署名を許可していない。
例外は身体の不自由がある場合のみだ。
リリー嬢はどうだ」
「私は健康です」
「そうだな。
この法の主目的は、望まぬ婚姻を強制させられることを防ぐためだ。
ちょうどこのケースのようにな」
「法など関係ない!
女は主人に付き従うのが常識だ!」
「ああ、君はその『常識』という言葉を頻用するが、
君の言う『常識』は君の中でしか通用しないよ」
私達の中の常識ではね、
君はすこぶる非常識なんだよ。
「君たちの身柄は留め置く必要がある」
気づくと学園の警備兵が複数集まっている。
「少々ご滞在いただこう」
その言葉を合図に、ホーク子爵親子と父は連行されていった。
「さて、リリー・コニーズ嬢」
「はい」
「よくぞ立ち向かった」
「ありがとう…存じます」
まだしばらくゴタゴタするかもしれないがね、
と前置きし、学園長は告げた。
「異国の空を楽しむがいい。
そして、君自身の良き人生を」
その言葉で、試験は締めくくられたのだった。